第29話 賢者の家へ

 リリーシャが森の奥へと案内をしてくれる。その光景に、サーヤ達は目をみはった。彼女が道のない茂みの前に立つ。すると、茂みが彼女を避けて、道が出来ていくのだ。外部の人間は受け入れず、かたくなに動かない草木も、リリーシャには道を譲るようだ。森は、北側の森と比べて日光が差し込み、明るい。大型の太古の獣が住む森は、彼らの気配で空気が重く、張り詰めていたように思えた。ここは、鳥も気持ちよさそうに鳴き、小動物も多く住んでいるようだ。



(賢者も、結婚するんだ……)


 サーヤはリリーシャの後ろ姿を眺めながら、後ろを着いて行く。彼女が認めてくれたので、サーヤ達にも道を開けてくれる茂み達。サーヤは茂みに、「ありがとう」と礼を言った。



「ここです」


 さほど歩いていない距離。すぐに賢者の家があった。先程の広場よりも大きく開けた場所に、二階建てのかわいらしいレンガの家が建っている。煙突からは煙が。隣には小屋、井戸、畑があった。花壇には色とりどりの花が咲き、畑は広く、小麦や、様々な野菜が鈴なりだ。町に買い出しに行かなくても、ここで十分、自給自足の生活を可能にしている。


「すごい。キレイ……」

 雑草も刈り取られ、丁寧に手入れされている庭。サーヤはアルゴスとの家を思い出さずにはいられなかった。

「さぁ、入ってください。ディルンムットを呼び――」

「リリーシャ!!」

 いきなり家の扉が開き、男性が飛び出してきた。そしてリリーシャをぎゅう、と力いっぱい抱きしめ顔を覗き込む。

「ごめんよ。僕が不甲斐ないばっかりに……。あぁっ、頬が赤くなってる! ジル殿に叩かれたんだね……」

「大丈夫よ。これくらい、すぐに治るわ。お父さんがここに乗り込んで来る前に、広場で対応できたから良かったし、皆さんに助けてもらったから」

「え?」

 リリーシャがサーヤ達の方を向いた。男性は、サーヤ達と目が合うと、顔を真っ赤にさせてリリーシャから離れ、ペコペコと頭を下げた。

「そ、そうだった! 森に入ったのを監視レンズで見てたのに。お恥ずかしい所を見せてしまった……」

 ふふ、とリリーシャは笑いながら、彼を紹介してくれる。


「彼が、金の柱の賢者、ディルンムットです」



 サーヤ達は自己紹介をすると、ディルンムットは目を輝かせて一人ひとりと握手をした。

「アルゴスには、本当に世話になってるんだ。娘の君の事も、聞いていたよ。会えて本当に嬉しい。エクレーとコルだね。影の力による個の形成、人格もしっかりとある。とても興味深い。それから、君は――」

 マットウェルと握手をしたディルンムットは、厳しい表情をする。

「魔族の気配がするが、どういう事なんだい?」

 ガイヤと敵対する者の気配をまとうマットウェルは、しっかりと賢者の目を見て言った。

「マットウェルです。セレティアの里出身です。元の年齢は二十歳ですが、この体は、魔族に封印されたせいで小さくなりました。あなたに封印を解いて欲しいと思っています」

「っ!」

 ディルンムットは小さく息を飲んだ。

「あの里の生き残りがいたなんて……」

「全て話します。セレティアで何があったのか。ここに来るまでの事を。それから、アルゴス様からの頼まれ事を」

 言いながらマットウェルはサーヤを見た。彼女も肩掛けのカバンの紐をぎゅっと握り、頷く。

 そんな彼らの様子を見て、ディルンムットも理解を示した。

「分かった。話を聞こう。中に入って」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 ぱたん。


 皆が家の中に招かれ、リリーシャが最後に扉を閉めた。

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