第27話 パスタ

 森を抜けると、しばらく平原が続いていた。岩がゴロゴロと転がり、地面もでこぼこしている。馬車は通りにくいだろう。舗装などされていない大地だった。その先に、町が見える。


 サーヤ達は、平原を通り過ぎ、町にたどり着く。もうその頃には、太陽は南を既に通り過ぎていた。


「それなりに大きな町ですね」


 エクレーが率直な感想を言った。レンガの家が規則正しく立ち並び、商店も賑わっている。道もキレイに舗装されており、人も多い。サーヤは、森の中の家で育ち、近くにあったのは小さな村。マットウェルは山の中の里だ。自分達の知る以上の人や建物を初めて見た彼らは、周りをキョロキョロ見回していた。



「お腹すいた……」

 サーヤのお腹がぐぅ、と鳴る。つられてマットウェルのお腹も盛大な音を出した。

「俺も」

「先に食事ですね。後で、いろいろ調達しましょう」

「そうね。お店を見て回りたいな」

 サーヤはウキウキしている。

「賢者の話を聞かねぇとダメだぞ」

 マットウェルが釘を刺したので、サーヤは少し顔を赤らめた。

「分かってるよ。でも今はごはんっ」

 空腹は人をイライラさせる。サーヤも限界だった。おいしそうな匂いがどこからかしてくるので、その出所を探し、その場でクルクル回っている。

「サーヤが発狂する前に行こうぜ」

 さすがに心配になってきた。エクレーとコルも頷き、食事処はどこか探そうとした時――。

「あそこから良い匂い! 行こう!!」

「あっ、ちょ……!」

 サーヤがマットウェルの腕をぎゅっと掴んで引っ張っていく。もうすぐ食事にありつける喜びで笑顔のサーヤ。彼女の顔を見て、マットウェルは、くくっと笑みがこぼれた。

「まるで犬だな」

「わんわん!」

「……否定しろよ」



 食事処はピークを過ぎたらしく、混雑も解消されていて、すぐにテーブル席に座る事ができた。

「私、野菜ゴロゴロパスタ♪」

「じゃあ俺も」

「私は紅茶を」

 サーヤとマットウェル、エクレーの注文を通す。マットウェルはエクレーを見た。

「エクレーさんは食事はしないんですよね。飲む事は出来るんですか?」

「私は影なので飲食はしません。ですが、こういう所では私も注文しないと変な顔をされますから。紅茶はサーヤが飲みます」

「なるほど」

 サーヤが二人分を食べなくても良いように、飲み物だけを頼んだエクレー。マットウェルは納得した。

「コルが上空から町の様子を見てくれると良いんだけどな」

「オレ様の羽で、飛べると思ってんのか?」

 サーヤのカバンの中に隠れているコルが、じとりとマットウェルを睨みながら小さな羽をぴっと見せた。

「オレ様達はよそ者だろ。飛んだところで、カラスやハトに追いまわされるだけだ」

 丸い体よりも小さく短い羽だ。巨大化した時と本当に同じ鳥なのかと思えるほどに体格が違う。屋根まで飛ぶのも一苦労だろう。

「ごめん。なんか、俺が間違ってた」

「分かったなら良い」

 再びカバンの中に入ったコル。不貞腐れているのか、ごーごーといびきをかいて寝てしまったらしい。カバンから変な音が聞こえるので、サーヤとエクレーはヒヤヒヤしていた。



 ホカホカと湯気が漂うパスタが到着。サーヤとマットウェルは目を輝かせながらかぶりついた。

「ミートソース、おいしー!」

「野菜がたくさん入ってるのも良いなぁ」

 里は自給自足が基本で、小麦よりも米が主流だった。パスタをあまり食べた事がなかったマットウェルは、すっかりハマってしまったようだ。

「下界ってすごいな。おいしいモンがたくさんある」

「ふふ。良かったね。また別の町にも行くから、ご当地の料理を食べられるよ」

「楽しみだ♪」

 マスターはカウンターでグラスを拭きながら、サーヤ達の会話を耳にすると話しかけて来た。

「あなた達は、旅人かい?」

 マスターはひげを生やし、蝶ネクタイに清潔なワイシャツの腕をまくり、黒いエプロンが似合っている紳士的なおじさんだ。

「ええ、中央から来ました」

「中央の国って先日、大きな地震があっただろう? 不吉な黒い光の柱が天まで届いたのを見たって、他の旅人が言っていたよ。大丈夫だったかい?」

「私達は離れた町にいたので、さいわい被害はありませんでした。他の所は、分かりませんが……」

 エクレーが差し障りのない範囲で返事をする。マットウェルの出身地が、その黒い光の発生場所だとは、口が裂けても言えないが。

「そうかい。何も起こらなければ良いんだがね」

 マスターの口調から、この地域には、まだ魔族の黒いもやは現れていないらしい。サーヤ達はホッとした。

「そうですね。あの、私達は賢者の方に会いに来たのです。この辺りに住むと聞いて来たのですが、どこに住んでおられるのか、教えてもらえませんか?」

「っ!」

 マスターの表情が一変して強張った。店にいた客も、エクレーの言葉が聞こえた者はぴくりと反応し、驚いた顔をしている。サーヤ達こそ、周りの反応に驚いてしまう。


「……あの賢者に会って、どうするのかね?」

「金属の扱いが得意だとうかがいました。相談したい事がありまして」

 マスターは眉間みけんしわをよせ、短く言った。

「この町を東に出ると森が見える。そこにいるよ」

「……マスターさん、賢者の話になると表情が硬くなりました。何かあるのですか?」

 エクレーは、疑問を残さないように尋ねた。暗い表情のマスターは重い口を開く。

「あの者とは、あまり関わらない方が良い。用事が済んだら、すぐに離れなさい」

「それは、どういう事でしょう?」




「あいつは、この町を破壊しようとしたんだ。恐ろしい森の獣を使ってね」




 耳を疑う言葉だった。

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