第31話 三年前の真実

「密猟者?」


 ディルンムットが三年前、何があったのかを話した。


「あの森は、太古の獣が多く住む特殊な土地なんだ。だから国の法令で、あの森には何人なんぴとも立ちってはならないと決められている。反対に、獣達も森から出ないように取り決めを交わした。管理者は僕が務めているよ。禁則地という場所に宝が眠っていると考えるやからがいてね、無断で入ってしまうんだ」

 はぁ、とため息をついた。サーヤ達は顔を見合わせる。

「私達、そんな場所に降りちゃったんだ」

「法令違反を犯したのか?」

 まずい、と顔をしかめると、ディルンムットは優しく言った。

「君達は柱の使いだ。術に正確なアルゴスが、座標を間違えるとは思えないけど、今は不安定な世界だ。不可抗力だろう。君達を罰する事はしないよ」

「よかった」

 ほっと安堵の息を吐く。

「話を戻そうか。あの森には、アウィスという鳥類の種族がいる。彼らは大きく、白い羽が炎のように揺らいでいてね」

 食事処のマスターから聞いた、町を襲った鳥と特徴が一致している。

「そして、ひたいに石が付いている。太陽の光を受けると輝いて、美しいんだよ。普段は森の奥に住んでいて、家族思いの穏やかな性格なんだが……」

 サーヤ達は、静かに聞いている。

「彼らの骨や体の一部というのは貴重な物で、闇のルートで高値で取引されているらしい。滅多に見られない生き物だからね。付加価値が付いているようなんだ。その中でも一番高値が付けられるのが、アウィスの卵だと聞いた」

「聞いたって……」

「昔、捕まえた密猟者に直接ね。その時に初めて、森に住む彼らをおびやかす者がいる事を知ったよ。そいつは保安局に連れて行って、事情も話した。闇取引なんてものを、一日も早く潰さなくてはと、調査を頼んだ上でね。だが、密猟者は後からいくらでも出て来る出て来る……」

 ディルンムットは、はぁ、とまたため息をついた。

「森の獣達は大きく強い。自分の身は自分で守るすべを持っている。あの森に立ち入るなら自己責任。何人もの無残な姿を見つけたよ」

 襲われた密猟者の最期さいごを想像して、サーヤはゾッとした。

「密猟者は獣には敵わないと知っているから、卵や骨を狙うようになったんだ。アウィスの卵の価値は変わっていないらしい。本来は、卵を狙う他の獣の目をくらませる自己防衛の機能なんだが、宝石のように輝く事が知られ、人間にも狙われるようになってしまった」

 ディルンムットは視線を落とした。

「僕の見回りにも限界があった。だから監視レンズを開発して、森に置き、見張りをする事にした。棚に鏡がいくつもあるだろう? 森に人間が近付いたらここに映し出され、すぐ分かるように。そうして見張る中、三年前も密猟者が現れたんだ」


 リリーシャが入れてくれたお茶を一口飲む。


「とてもすばしっこい奴だった。監視レンズに姿が映って、すぐに向かった。獣達も侵入者には容赦ないから、僕が駆けつけるまでの時間稼ぎが出来るはずだった。でも奴は、そんな彼らから逃げ切り、アウィスの卵を一つ、盗む事に成功してしまったんだ……」

 サーヤ達はラフィの事を思い出していた。あれほどの巨大な獣が何頭もいる中、その爪をかいくぐるなど、並の人間ではない。

「アウィスは家族思いの獣だ。卵一つでも怒り狂う。執念深いと言っても良い。普通の家庭でも、子供が誘拐されれば怒るだろう。人間も獣も同じだよ。アウィスはその密猟者を追って、森から出てしまってね。匂いが町に続いていたから、犯人を探して町の中を飛び回ったんだよ。他の人間には危害を加えないつもりだったが、体が大きい為に、建物に羽が当たって、いくつか崩壊させてしまった」


「僕も追いついて、落ち着くように言ったんだ。僕が探すから森に帰るようにって。僕は、すぐに犯人が町の外に出ていないか見に行った。……僕はここで間違ったんだよ。アウィスが帰ったかちゃんと確認すべきだった。おびえている町の人達が僕を見ていた事を知っていたのに、彼らの事をほったらかしにして。説明の一つでもすべきだった。卵を取り返そうと焦ったばかりに、全て中途半端だったから、アウィスが町中を飛び回り、町の人を恐怖におとしいれた」

 ディルンムットは、はぁ、と息を吐いた。

「結局、犯人は見つからず、卵も取り返せなかった。そして、獣達と人々の信頼も失ってしまったよ」


 あの、とマットウェルが声を出した。

「ディルンムット様の家は、昔からここにあったのですか?」

「ああ」

「失礼を承知で言わせてもらいます。あの森までけっこう距離がありますよね。侵入者を発見して、ここから駆けつけるまで時間がかかるのでは?」

「その疑問は正しいね。君の言う通りだよ。でも実はね、三年前までは、あそことここは繋がっていて、一つの大きな森だったんだ。獣達はすぐ側にいたんだよ」

「え!?」

 驚くサーヤ達の隣で、リリーシャがうつむいた。悲しそうな表情だ。

「密猟者の騒動の後、町の人々が森に火を付けたんだ。焼き払って、獣達を追い出そうとした。森を出た所の地面が、草木も生えずにごつごつした表面なのは、その時の名残りだよ」


 北の森と東の森。一つだったと言う森を分断してしまうほどの炎は、人々の怒りを思わずにはいられなかった。住処すみかを追われて北へと逃れるしかなかった獣達も、同じ気持ちだっただろう。

「賢者を頼るしかなかった人達の気持ちも、分かります。家族を奪われて黙っていられなかったアウィスの気持ちも分かります。どちらも間違ってない。だから……やるせないと言うか……、悲しいですね……」

 サーヤはぽつりと言った。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。狼のラフィが、ディルンムットの事を聞いた時、言葉に詰まった事も、納得できる。人間との橋渡しは賢者の彼だけ。森を焼かれた怒りはまだ消えていないのだろう。ディルンムットに対する落胆の気持ちも恐らく。

「森の管理は、ディルンムットさんだけに任せていたんですか? 国は、法律だけ決めて、自分達は何もしていない?」

 サーヤが気になる事を聞いた。ディルンムットとリリーシャが顔を見合わせる。

「全てを僕に一任すると……」

「それって、全部丸投げして、何かあっても自分達は関係ないって逃げの口実にする算段にしか聞こえないな」

 マットウェルも腕を組んで眉を寄せた。

「そうよね! 獣達は言葉が分かってる。それこそディルンムットさんを間に置いて、対話する事も可能だったはず。密猟者の件があるなら、人間の問題じゃない。国や保安局が森の保護に動かないのはおかしいわよ」


「君達はすごいな……」


 ディルンムットの言葉に、サーヤとマットウェルは首をかしげる。

「問題点をすぐに見つけてしまうんだね。そうだ。役人達は、森を恐れているんだ。自分達は決して触れようとしない。まるで、腫れ物に触るかのようにね。獣と人間は、交わる事がないように、それぞれの世界で生きて来た。それが、密猟者のせいで乱されてしまったんだ」

「その問題が解決しないと、獣達は安心して暮らせないですね」

 マットウェルの言葉に、ディルンムットは頷いた。

「ああ。町の人にも謝りたいんだが、僕は毛嫌いされているから聞く耳を持ってくれなくてね……」

「彼をここから追い出そうとする動きもあって……。私の父も……」


「リリーシャさんは、ディルンムットさんの奥さんなんですよね?」


 サーヤの問いに、ディルンムットが顔を赤くした。

「おっ、奥さんだなんて! ……彼女のお父さんに認めてもらっていないから、正式ではないよ」

「私はもうそのつもりです!」

 彼女の方が意思が強い。

「私は小さい頃から仲良くしてもらっていたの。少し不器用な所も、優しい所も分かってるつもり。だから、三年前のあの事件の時も、この人は町の皆を見捨てたわけじゃないって分かったわ。不器用な所が、最悪の方に出てしまったんだって。よく話を聞けば分かる事よ。でも、皆は彼を悪人にしてしまった……。父も、彼と会う事を禁止するとまで言いだしてね。だから家出したの」

「とにかく、全てを解決するには、町と森の信頼を回復しないとダメだって事ですね……」

「すげぇ難しそう……」

 大きすぎる問題に、サーヤ達は頭が痛くなる思いだった。



「まぁ、これは僕の問題だ。ずっと家に閉じこもってるわけにもいかない事は承知してる。時間はかかるけど、がんばるよ。君達に真実を話せてよかった。次は、君達の話を聞かせてもらおうかな」



 サーヤはカバンから本を取り出し、そこから柱の力を増幅する装置を呼び出した。



「私達は、この装置をガイヤの柱に取り付けてもらう為に、各地の賢者の所を訪ねて動いています」






 カランカラン。

 町の宿屋にて。扉が開くとカウベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

「一泊二日で部屋を取りたいのだが」

「承知しました。この町は初めて?」

「ああ。商談があってね。キレイな町だから、やる気も上がるというものだ」

「そうですか。うまくまとまると良いですね」

「ありがとう」

 口ひげを生やし、人の良い笑みを浮かべるキレイな身なりの紳士が、宿の鍵を受け取り奥へと進んでいった。

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