第57話 黒い狼の魔族
「マットぉ!!」
ディルンムットが叫んだ。マットウェルに大量の泥が落ちて大きな山になっている。黒狼の魔族は半身が倒されたが、影響はゼロのようだ。それぞれが個々の魔族として成立していると、ディルンムットは分析していた。
「実質、二体と戦ってる事になるのか……」
泥の魔族が倒れれば、狼も弱体化するかと思っていたが、そう都合良くはいかないらしい。
ざく……。
「っく……」
黒狼を拘束している鉄の帯を出している手から血が流れていた。拘束し続けるのも限界が近付いていた。マットウェルを助けたいが、拘束を解くわけにもいかない。
『母さんっ、マット!!』
ラフィの息子が泥を必死にかいている。泥はみるみる固まり、石のようになっていた。爪を立てるが、割れてしまい血が滲んでいた。
「母さん……? 母親もマットと一緒に――ぅわっ!?」
黒狼がとうとう暴れ出した。鉄の帯の力が弱まっているのだ。ディルンムットの体が上下に振られ、立っていられない。
「しまっ――!」
帯が解けてしまった。異常なくらいに強い黒狼の力が鉄の帯を吹き飛ばす。ディルンムットは壁に叩きつけられた。壁は瓦礫と化し、彼を巻き込んで崩れてしまった。
「がっは……!!」
グシャッ! と嫌な音が聞こえた。仰向けで倒れたディルンムットは、何とか動く手で自分の上に乗っていた瓦礫を押しのける。
「うっ。早く、行かないと――」
ギギ、ガシャ……。
「へ――?」
足に力が入らない。見れば、左足が普通ではありえない方向に曲がっているのだ。急いでズボンの裾を引き上げた。鉄で出来たその足は、膝がぐにゃりとひしゃげ、
「そんなっ!!」
壁にぶつかった衝撃と瓦礫に押し潰されたせいだ。鉄の体を支える為の大事な足がこうなってしまっては、動く前に立つ事すら出来ない。
グルルル……。
黒狼が捉えたのは、ラフィの息子だ。自分の両目を潰した犯人。見えなくとも、臭いで判別できた。体の大きさがあまりにも違いすぎる。ラフィの息子は、固まった泥をかいていたが、黒狼の気配を感じて向き直り、睨みをきかせた。
『お前に構っている暇はないのだが』
母親とマットが埋まっている泥の固まりから離れる。魔族の力で破壊されるわけにはいかないからだ。黒狼の魔族は上半身だけなので走り回る事は出来ないが、大きすぎる体はその腕と爪も恐ろしいほどに大きく鋭い。
ガアアアアアッ!!
容赦ない魔族の攻撃。目が見えないので、臭いと気配を頼りに向かって来る。噛みちぎろうと牙を向け、切り裂こうと爪を向けて来る。下半身がなくても腕の力で動き回り、見えないせいで、攻撃の動きは滅茶苦茶。先を読み、避けるのも難しい。
「ウルヴ逃げろ! 今の君では勝てない!!」
ディルンムットが精一杯叫ぶ。敵わない相手に立ち向かう必要はないのだと。
『うぐっ!』
魔族の肩を傷付けたが、逆に鋭い爪に横っ腹を裂かれてしまった。
『こいつは敵だ! ここで仕留める!!』
腹から血を流しても、ラフィの息子は魔族に背を向けない。再びぶつかり合う。
「命を粗末にするな! 動ける君は引くんだ! 命さえあれば――」
ざくっ!!
「!!」
ディルンムットの言葉が切れた。彼の視界の中で、ラフィの息子が宙を舞う。そして、そのまま魔族の口の中に――。
ばくんっ!
「やめろおおぉ!!」
ディルンムットは両手を前に出し、鉄の棒を出した。それは太く杭となり、魔族へと一直線に向かって行く。
ギャアッ!
彼が出した杭は魔族の腹に刺さり悲鳴が響いたが、のたうち回るので引きずられ、ディルンムットは道に投げ出されてしまった。杭は抜けてしまっている。力が弱まっている為に、しっかりと食い込ませる事が出来なかったようだ。
ディルンムットは倒れたまま動けない。次はお前だと言うように、黒狼が近付いて来る。
(あぁ……。ここで終わりか……)
もう手にも力が入らない。
(悔しいな……。リリーシャを置いて逝くなんて。悲しませてしまう。アルゴスも、同じ気持ちだったのかな……)
ぼんやりと考える。目の前に迫る牙を見ても、もう恐怖は湧いてこなかった。ここで死ぬのだと、絶望感しかない。
「まだ諦めんなよ」
聞いた事のない声が聞こえた。ディルンムットがはっと我に返ると、一つの影が横切った。
ギャアアアッ!!
魔族の悲鳴が聞こえる。見れば、魔族の首がごろんと転がっているのだ。黒狼の魔族は、首だけになっても声を上げている。
「き、君は……」
「ちっ、来るのが遅すぎたな」
黒い髪の毛をなびかせ、腕を一振りした。すると、魔族の周りに黒い円が現れ、下から上へと黒い煙のようなものが噴き上がった。
「はっ、そいつの中にウルヴがいるんだ! 頼む、彼は消さないでくれ!!」
ディルンムットの言葉に、ちらりと視線を向けると、指を一本立てて横に振る。黒い煙は一瞬にして消え、その場にはラフィの息子だけが残っていた。血まみれで、力なく横たわっている。
黒狼の魔族は、跡形もなく消えてしまった。
「もしかして、君がクロウかい?」
「……そうだ、と言ったら?」
ディルンムットは必死に頼んだ。
「あの泥の固まりの中に、この子の母親とマットがいるんだ。どうか、助けてほしい!」
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