菜穂子のクリスマスプレゼント
♫
コンサートが終わると、上機嫌な幼稚園児たちが張り裂けんばかりの笑顔で。
「オニーサン、オネーサン! アリガトーゴザイマシタ!」
つられて笑みがこぼれてしまう音楽家たち。──
最後にクッキーが入った小袋を扉の前で手渡しながら、可愛いお客さんたちが教室へ帰っていくのを見送る。
各クラスを担当している引率の先生たちは帰り際、
「サックスのお兄さん!」
ほぼ全員が、揃って同じコメントを述べていくのだ。
「トナカイん時のムーンウォーク、すごかったねえ! どこで練習したの、それ」
「えっ、あー、はは……文化祭の出し物でちょっと……」
「あたし超カンドーしちゃったあ! ね、お願い。最後にもっかいやって見せてよ!」
ムーンウォークに食いついたのは子どもたちよりむしろ大人の方だ。
ていうか、曲か演奏にカンドーしたんじゃないのか。やっぱり妙な特技は軽はずみにお披露目するものじゃなかったな、と
最後のクラスの見送りが済めば、ようやく吹雪たちの本番は幕引きとなったのだ。
「お疲れ様〜! すっごく面白かったわよお」
サクソフォンを片付けた頃、園長先生が大部屋へ帰ってくる。その両手には白い紙箱を抱えていて、廊下にもお茶らしきトレーが用意されてあった。
「うわっ!」
菜穂子は、紙箱のロゴを見るなり、ムーンウォークを目撃した時並みにぎょっとした顔を浮かべる。
「岡崎で『食べレポ』最高評価のとこじゃないですか!」
声も今日で一番大きい。その声量を本番に発揮してもらいたかったところだ。
しかし園長先生の表情は今まで以上に晴れやかで、
「このくらいしかお礼できないけど。素敵な演奏聴かせてくれたから〜」
広げた子ども用の机へ、ぱかと紙箱の蓋を開ける。クリスマスにぴったりの、苺が詰まったショートケーキが吹雪たちを待っていた。
「うわあっ⁉︎」
疲労困憊だった一同がみるみるうちに元気を取り戻す。真っ先に座り込んだゆりがケーキを一口、フォークですくって運ぶなり、
「……ふわぁあぁあああ……
頬をほころばせ、ゆるゆると唇が溶けていきそうな甘ったるい嬌声を漏らす。
粋なサプライズプレゼントで幸福に包まれたのは吹雪たちも同じだが、コンサートを思い返せば、今日誰よりも頑張っていたのはゆりかもしれない──と吹雪は勝手に決めつけた。
学生たちの暖かな光景をしばらく眺め、ずっと座って微笑んでいた園長先生がおもむろに告げる。
「……良いお友達ができたのね、菜穂子ちゃん」
菜穂子はフォークを止め、怪訝そうに顔を上げた。
「はい?」
「本っっっ当に良かったわ。先生たちもチビたちも、みんなノリノリだった」
一応は用意してあったものの、子どもたちが見向きするはずもなく、先生の大半も軽くしか目を通さなかったであろう演奏曲目のプログラムを広げ、
「『くるみ割り人形』って、あんなに楽しい曲だったのね。子どもたちもすっかり夢中になってたし、私も途中からつい聞き入っちゃったわ」
楽しい……音楽だったろうか?
演奏する側としては、まあ吹き応えがあって楽しいと言えば楽しかったけれど、と吹雪は小さく首を捻る。
ただ、他のどの曲よりも幼稚園児ウケが良かったのは間違いない。単純にゲラゲラ笑って騒ぎ立てるのではなく、下手なクラシック通の大人たちよりも、よっぽど純粋に真摯に、フレーズのひとつひとつを耳で拾い集めていたような気はする。
楽しんでもらえた──という手応えは、確かにあったのだ。
「最後の曲も!
「そうですか?」
菜穂子はつれない態度でそっけなく、
「ぶっちゃけ、ラストはめちゃくちゃでしたけど?」
わざわざ言わなくても良いことを口にする。ストイックな彼女らしいといえば彼女らしいが。それでも、園長先生はとても満足げにしていた。
「菜穂子ちゃんはいつもお外ではなかなか遊ばなくって、ひとりで絵本読んでるかオルガン弾いてるかだったけれど。お友達と連弾して、あんなに情熱的で、楽しそうにしている菜穂子ちゃんを久しぶりに見たって。ピアノ弾いてる時の菜穂子ちゃんが一番生き生きしてるって、光浦先生が。今頃はちょっと泣いてるかも」
「……そうですか」
「素敵なピアノ、聴かせてくれてありがとうね。最高のクリスマスプレゼントだったわ」
感謝の言葉まで告げられると、菜穂子は静かに目を伏せ、ケーキの最後の一口に手を付けず、少しの間考え込んでいるようだった。
光浦先生という人がかつて、彼女へどれほど手を焼いたのか。卒園後の彼女の姿を見て、長らく何を感じていたのか。
それは、吹雪にも菜穂子自身にも、すべては推し測ることができない。
♫
竹の子幼稚園を出たのは、正午を過ぎた頃。
園長先生は菜穂子たちが曲がり角で姿を消すまで、ずっと手を振り見届けてくれた。曲がり角に全員が入った瞬間、
「……うし」
菜穂子はさらりと。
「はいお疲れ。解散」
本番終わりの情緒など知らないと言わんばかりで、本当に自分だけ最寄り駅とは違う方角へ帰って行こうとする。
あの方角を進めば、たぶん彼女の家がある。
「バカやろー! もっと感謝しろよ俺らに」
翼はそれを許さなかった。がしと菜穂子の腕を掴み、
「つうか、ほれ見たことか。ラストだけでもピアノ弾いといて良かったろ?」
「はいはいそうですね。とても感謝してます、ありがとうございます」
むすっとした顔で振り返る菜穂子。
「だからもー解散。お疲れさん。さっさと長久手帰っていいよ……あー、それか名古屋かあんたらは? 別にどっちでも良いけど」
「菜穂子先輩……もしかして、なんか次の用事あります?」
吹雪は不思議になってたずねてしまう。
彼女が無愛想なのはいつものことだけれど、コンサートが朝イチだったおかげで昼のうちに終わったのだ、さほど慌てる必要もないと感じたのだ。
ゆりもこのまま解散とは気持ち的にならなかったらしく、
「えー。まだお昼だし、せっかくならどこかで遊んでこーよお」
翼が掴んでいなかった方の腕をも、がっちりと掴んで離さない。
「世間はクリスマスだよ〜クリスマス! ね、岡崎ってなにがあるの? お城? やっぱり遊び行くなら城かな?」
「むしろそれしか無いわ」
嫌そうな顔で、菜穂子はピシャリと言ってのける。
自分の地元について、城しかないとか悲しいことを言わないでほしい──ちなみに、有名な城があるだけずっとマシなほうで、吹雪の地元たる
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