【年越しSS】ツンギレなテレーゼのために
こんにちは〜作者です!
2023年も終わりに近付いてきましたね。
冬場のコンクールから物語が始まる本作は、3月に公開されて以降、読者の皆さまに支えられながらなんとか連載を続けてきました。
いつも応援してくださり、本当にありがとうございます。
今回は、本編では描かれなかった吹雪(高校三年)たちの「お正月」の様子を少しのぞいてみましょう。
皆さまもどうか最後まで、良いお年をお過ごしくださいませ!
(なお本エピソードに「現代音楽」要素はありません)
♫
〈は? なんで? 嫌だけど?〉
よもや、これを幼なじみの口から聞かされるとは、
「い……良いだろ今年くらい! 受験の願掛けとかもするんじゃないのか?」
〈推薦組の余裕うっざ。あんたはもう願掛けいらないでしょ〉
吹雪はすでに睦ヶ峰への入学を決めているが、ピアノ科での進学を目指す秋音は今も毎朝毎晩のように、練習室でこもる日々を送っている。
将来を左右する音大受験まで残り三ヶ月。秋音が根詰めるのは当たり前だ。
が、吹雪に言わせれば、彼女がとち狂ったようにピアノを弾くのはなにも受験シーズンに限った話ではない。
ピアノ教室で知り合った二人は、ずっと違う学校に通っていて、お互いが音楽をしている時間、その外側で過ごす姿をほとんど知らないでいる。かつて一度は音楽の道を放り投げた吹雪に対し、秋音は暇さえあればピアノに向かう生活を続けてきた。
家の前を通り過ぎるたびに、大抵聞こえてくるのはショパンやベートーヴェンだ。
自分が書いた楽譜と睨めっこし続けている菜穂子。
誰かが書いた楽譜と睨めっこし続けている秋音。
こういう人が順当にプロの音楽家となっていくんだろうなとは思いつつ、それでも吹雪は秋音が気がかりで仕方がない。
中学で初めて出来た彼氏には音高が落ちたことがきっかけでフラれ、高校では吹奏楽部を引退してしまった今や、秋音は本当にピアノとしかまともに会話していないという謎の確信があった。
自分は一足先に受験を終えたからこそ、彼女をやや強引にでも外へ引っ張り出し、息抜きのひとつくらいはさせてあげたいという、お節介な感情が働いたのである。
そして、年は明けた。
JR
かねてより、大晦日も正月も愛知県は大雪という予報が出ていたが、人々がそれでも初詣を欠かすことはない。
道端や鳥居にも雪が積もっていて、自転車を降りた吹雪は、ソロコンの地区大会を思い出して白い息を吐く。
「秋音、お前さては雪女なんじゃね?」
「あんたが雪男なんでしょ、ふ・ぶ・き。……あたしより、向先輩誘いなさいよ」
わざわざ吹雪自ら明かしたことはないはずだが、秋音は吹雪の抱く特別な感情にはとうに見当を付けていたらしい。
吹雪も特段隠し立てしているつもりはない。口を尖らせ、あからさまに拗ねる。
「その菜穂子先輩に断られたから誘ったんだろ」
「あたしが代役かよ。貴重な練習時間を奪っておいてなんつう言い草?」
「他にもいっぱい誘ったんだって! 学校の友だちとか部活の後輩とか……でも、なんかみ〜んな断るんだよ。今年は家族も、寒過ぎて外出たくないとか言うし」
「だっさ。志望校受かってるのにモテないのねえ」
「クリスマスはモテてたんだよ!? めっちゃくちゃモテたんだ、僕!」
もちろん、音楽方面でという意味合いである。
そもそも吹雪はクリスマスコンサートにだって、ドタキャンした睦ヶ峰生の代役として呼ばれたのだという経緯を、くれぐれも忘れてはならない。
ともかく、住んでいる町からして違う菜穂子に断られるのは仕方ないにせよ、吹雪が機嫌を損ねている原因は、その付き合いが悪い友人家族たちにあった。
中本含む部活の面々に関しては、それとなく「お前はうちらより菜穂子を誘え」という静かなアピールもあったように感じたのだが。その菜穂子にフラれてしまったのだ、お前らまでフるなよという恨み言のひとつふたつは言ってやりたくなる。
「ったく、受験生こそみんなで集まって初詣行こうよ……神様にお願いするだろ? 志望校受かりますようにって」
「神頼みで合格できるならみんなそうするでしょ。あたし、その昔元カレと初詣行って、
──うわ、しまった。地雷を掘り起こしてしまった。
秋音がおもむろに出してくる、こういったネガティヴな話題は聞き流すに限る。なんなら聞かなかったことにしてもバチが当たらないくらいに。
「はー、新年一発目に見るのが先輩に見向きもされない吹雪の顔とか縁起わるぅ」
すたすたと本殿へ進んでいく秋音の声色は明るい。
散々嫌味をこぼしているものの、彼女は彼女なりに、練習の気分転換を求めて神社に赴いたのだと、吹雪はそのリアクションで感じ取っていた。本気で嫌がっているなら、秋音だってにべもなく断るだろう。
(ふん。ツンデレめ)
本殿には行列ができている。
「入試、なに弾くんだ?」
さりげなく探りを入れても、コートの両ポケットに手を突っ込んでいる秋音の返事はそっけない。
「バッハとショパンとベートーヴェン、あと『映像』」
「『映像』……? 誰だっけそれ」
「ドビュッシーだっつの。よくその程度の知識で推薦通ったわね」
──うぐ、耳が痛い。
サクソフォンを始めるまでは長らくクラシック音楽との距離を置いていた吹雪は、ピアニストなら誰もがレパートリーに加えるような有名どころも、ピンとこないことが度々ある。
「てか、最後のそれって自由曲だろ? そこはナオコ・ムカイじゃないのかよ」
「誰が音大受験で現代音楽弾くかバーカ。ソロコンで現代音楽やる高校生もぶっちゃけ頭おかしいのよ」
「おぉおい! 謝れよ、菜穂子先輩に!」
「あんたに謝るんじゃないんかい。つーか、あの先輩ピアノソロ書いてんの?」
「え、どーだろ……わかんね……けど、ソロコンの伴奏パートだけでも聞き映えするんじゃないかな?」
ガン無視された。秋音にも、吹雪の菜穂子信者コメントに対するスルースキルは備わっていたらしい。
「冗談、冗談だって。ええっと、ベートーヴェン……てことは、ピアノソナタ?」「そ。二十四番」
いきなり番号だけ言われてもピンとこない。せめて『悲愴』とか『月光』とかにしておいてくれよ、二十四番ってなんだっけ──と、参拝待ちをしている間に吹雪はスマホで演奏動画を漁ってみる。
(……やべ。曲聞いてもピンとこないかも)
二十四番には、一応『テレーゼ』という副題は付いているらしい。『テンペスト』なら吹雪も何度か耳にしたことがあるのだが。
そうこうしているうちに、ようやく吹雪たちの番が回ってくる。
賽銭を投げ、手を合わせながら吹雪がちらと隣りを盗み見れば、秋音はすでにまぶたを下ろしていて、わずかに顔をうつむかせ、静かに両手を合わせ、神様へ懸命に祈りを捧げているようで。
──どこか、苦しそうな表情を浮かべていた。
秋音が周りに見せてきたのは、いつだって必死の形相で鍵盤を叩いている、その丸まった背中だ。
その背中は、グランドピアノの前で腰を下ろしている時よりもさらに丸みを帯びており、自信がなさそうに、神にも仏にも、誰に対しても必死で己が願いを訴えかけているようであった。
本願の石段を降りた先に人だかりを見つける。
どうやら売店のわきでおみくじを売っているようだ。秋音はおもむろに売店へ近付いていく。
(あれっ、おみくじは引くんだ……神頼みしないって言っておきながら……)
吹雪も後に続いて百円を支払う。多角形の筒を振れば、カラン、と乾いた音とともに一本の番号が書かれた棒切れが飛び出す。
番号通りの紙を受け取ると、二人は一斉に畳まれていた紙を広げた。
「あっ、大吉」
思わず吹雪が声を上げる。秋音は何秒経っても黙り込んだままだった。
隣でのぞきこむと、彼女のおみくじには『末吉』と書かれている。
「吉だってさ。悪くないじゃん」
「さいっあく……」
励ましの言葉を受けても、秋音の重たい声が暗く、深く沈み込んでいて。
「名高受けた年も、末吉だった」
「えっ。……あー……」
吹雪は閉口した。
なんだよ、嘘ばっかり。ちゃんと行くとこ行ってるし、やることやってるんじゃないか。
ただ、秋音が早くも受験に失敗したみたいな表情をしたくなるのも理解はできた。彼女はずっと怖がっている。かつて目指していた音楽科の高校に行けなかったみたいに、もし、また志望校に自分のピアノが受け入れてもらえなかったら──。
そんな悪夢を見るのがたまらなく恐ろしくって、秋音はずっと、音の幽霊に取り憑かれたみたいな練習漬けの毎日を過ごしているのだ。
──今度こそ受かるよ。神様やなにかに頼らなくたって。
秋音がピアノ上手いのは僕もよく知っている。
今も、そんなになるまで練習頑張っているんじゃないか。一度諦めた僕が受かるのに、どうして秋音が受からないなんて道理があるんだ。
そんな気休めの言葉を投げかけるのは容易い。
だが──
「はっ?」
吹雪は強引に、秋音が手にしていたおみくじを奪い取った。秋音は戸惑い、素っ頓狂な声を上げる。
「な、なによ」
「じゃー交換しよ、交換!」
「はあ!? ……交換してなんの意味が」
「僕の大吉は秋音にたくす! ま、僕は実力で自分の願いごとを叶えるんで? 神様には、秋音の味方をしてもらえば良いじゃん」
まもなく、秋音の手には『大吉』のおみくじが渡る。
秋音はしばらく呆気に取られていたが、ふんと鼻を鳴らし、唐突にその場で笑い転げた。
「は……あっっっははははははっ! バッカじゃないの!? おみくじはそういうシステムじゃないっつの! 意味わかんない、むかつく! 超むかつく!」
「なにおう? 大吉パワー舐めてっと、まじでバチ当たるぞ」
「ふうん? ああそう! じゃ、これで睦ヶ峰落ちたら吹雪のせいね」
「はあ? いやいやっ、そこまで責任は取れません!」
「はは、あっはは、はははははははっ!」
何度も悪態吐きながら、秋音は駐輪場目掛けて勢いよく石段を駆け下りていく。
滑って転ぶなよ──と吹雪が受験生に言ってはいけないワードを連発してもお構いなしだ。
そんな願掛けも必要ないくらいに、雪をザクンザクンと踏みしめていく秋音の足取りは軽かった。おまけに、鼻歌で『テレーゼ』のフレーズまでうたい始めている。
(ったく。ツンデレ、いやツンギレめ……)
吹雪は秋音の後を追いかけながら、再び白い息をふうっと吐き出す。
自分の周りにはどうも、ベートーヴェン・リスペクトな偏屈女子が多い。
1秒でオトすMUSIC NOTES 仲野ゆらぎ @na_kano
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