其の十九:夜半駅構内[6/4(月)]

 それは、静かな夜の事だった。

[あれ?あんチャンどうしたの〜?]

[た……助けてくれ!姉貴が、姉貴が……!]

ビデオ通話の画面が大きく揺れていることから、杏の動揺どうようが伝わってくる。

「お姉さんが、どないしはったんです?」

唄羽うたはが問いかける。

[消えちまったんだよ!アタシ見たんだ、間違いねえ!]

「消えた……?杏さん、今どこにおりますか?うちもそっちに行きます」

[新宿駅西口……。早く来てくれ!]

「わかりました。通話は切らんでおきますね」

(玄関から出たら家の人らに心配されるかも)

唄羽は部屋の窓を開けて外に飛び出した。

『モノノケに喰われた人はね、はたから見ると突然消えたように見えるんですって』

唄羽は師匠ししょうであり叔母おばれんの言葉を思い出す。昔、修行しゅぎょうの合間に教わった事だ。

「無事でいてください……!」

唄羽は祈るように言った。


 新宿駅で杏と合流する。

「大丈夫ですか!」

杏は、床に座って泣き叫ぶリョウに寄り添っている。

「大丈夫なように見えるか⁉︎」

「いいえ。まず、何があったか教えてもろてもええですか」

杏は少し考えてから話し始めた。

「アタシと姉貴とで、リョウちゃん先輩を家まで送ってたんだ。そしたら姉貴が急にあそこの壁の方にフラって歩いてってさ。なんかブツブツ話してんなーと思って見てたら、急に……」

杏が指差した方を見てみると、そこにはびついたコインロッカーがあった。

「なるほど……」

(あたりにモノノケの気配はないから、避難ひなんさせへんでも良さそうやな)

「二人とも、ここで待っててください」

そう言って唄羽はコインロッカーに向かって歩き始めた。


 一方その頃、火村ほむら屋敷。

「唄羽がいない‼︎‼︎‼︎‼︎」

たけるの叫び声が屋敷中に響き渡った。

「うるさいぞ、たける」

居間にいたかおる不機嫌ふきげんそうに言う。

「よるのみまわりじゃないのか?」

「いや、見回りにはまだ早……」

話をさえぎるように半鐘はんしょうがけたたましく鳴った。

『モノノケです!』

蔵から半紙はんしが飛んでくる。

「右手さん。場所は?」

『新宿です。一瞬強い反応があったのですが、その後は弱まっています』

「どういう事だ?」

『わかりません。ただ……』

「なんだって⁉︎」

その続きを読んで、武は矢の如く家を飛び出した。

「おい、何があったんだ⁉︎」

「きよもり!さっさとあいつをおっかけろ、かおるではむりだ」

「おう!あねさん、モノノケだ。俺らも行こう」

「わかってるって」

清森きよもり桜子さくらこが走る。二人が切った風で半紙がヒラヒラと舞った。

『モノノケの近くに唄羽さんの気配があります』


 新宿駅構内。

「何やろ、これ」

唄羽は錆びついたロッカーに近づいた。

『えーん、えん、えーん』

ロッカーのそばで小さな子供が泣いている。

「ボク、どうしたん?」

唄羽が子供に声をかける。

『えーん、えーん』

子供は答えない。ずっと泣いている。

親御おやごさんは?一緒やないん?」

『えーん、えーん、えんえん』

子供は泣きながら首を横に振った。

「おい、オマエ誰と話してんだよ⁉︎」

杏が呼びかけるが、唄羽の耳には届いていないようだ。

「お父さんは?」

『えーん、えん、えーん』

子供が首を横に振る。

「ほな……お母さんは一緒やないの?」

泣き声が止まる。

『ヲ、かあ、さン?』

「そう。お母さんは?」

子供が顔を上げた。

『お前だぁーっ!』

子供が叫ぶ。それと同時にロッカーの扉が一斉に開いた。

「えっ⁉︎」

ロッカーからたくさんの小さな手が伸びる。

『お母さん』『おかあさん』『おカあサン』

小さな手が唄羽の服をつかむ。

(ロッカーにひきずりこまれる!いや、これは……)

壁一面に赤黒い血のかたまりが張り付いている。

(さっきまでロッカーしかなかったのに、なんで)

小さな手が、ものすごい力で引っ張ってくる。

「だめ、『離して』!」

引き剥がそうとしても、びくともしない。

「ああーっ!」

唄羽の体が赤黒い塊に飲み込まれる。

「……!」

誰かが唄羽の足を掴んだ。しかし小さな手の力には敵わない。足を掴んだ手も、唄羽と一緒に壁に引き摺り込まれていった。


 ようやく武たちが新宿駅に駆けつけた。

「ああ、ああーっ……」

「落ち着いて。もう大丈夫だからね」

調伏ちょうふく装束しょうぞく姿の桜子が少女たちをなだめる。

「モノノケの気配は……消えたようだな」

守ノ神もりのしんが苦々しく吐き捨てた。

「武、は辿れそうか?」

武は雑面ぞうめんの下で目を閉じて気を辿っている。

「うん。だいぶ複雑ふくざつなルートになりそうだけど、なんとか」

「頼むぜ武、お前だけが頼りなんだからな」

清森が武の背中を叩く。

「あの子たちは人のいる所に避難ひなんさせたよ」

桜子が小走りで戻ってきた。

「よし行こう」

武が目を開く。

「守ノ神、頼む」

「ああ」

守ノ神が紙のヒトガタを持って膝をつく。

「『東京に満ちたるスイの気よ。火村ほむら武、水面みなも守ノ神、木戸きど清森、金崎かんざき桜子を手奈土てなづち唄羽のもとへ送り届けたまえ』」

ヒトガタから光があふれ、転送陣が形作られる。

「さあ、拠点攻撃カチコミだ!」

武が叫ぶ。戦いの始まりだ。

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