閑話:モノノケとは何か

 『第八章:モノノケとは何か


 五行ごぎょう家を筆頭とした霊者れいじゃたちの仕事は主に二つある。一つは加持祈祷かじきとう地鎮じちんなど、土地や人の霊力れいりょくを制御する事。そしてもう一つが『モノノケ』を調伏ちょうふくする事だ。

 一般的にモノノケ――つまり『物の怪』とは霊や妖怪変化の事を指す。『モノノケ』にはこれらに加えて、悪魔や夢魔むま・死神など西洋の怪異も含まれている。つまりモノノケとは『人間に危害を加える人智を超えた存在』の総称なのだ。

 では、なぜモノノケは発生するのだろうか。モノノケの区分ごとに説明していこう。

 まず、怨霊おんりょう生霊いきりょうなどのれいについてだ。これは人間や動物の魂が強い執着を持つことによって生まれる。例えば地縛霊じばくれいは土地に強い執着を持つ魂だし、付喪神つくもがみは道具を愛用する人間の思いが道具に宿って擬似的に魂を持った物だ。生霊は生きている人間が強い執着を持つあまり、魂の一部が分離して人や物などにつきまとう存在だ。良性の霊であれば地霊じれい守護霊しゅごれいと呼ばれ、丁寧に祀れば信仰を得て強い力をつける。これが悪性の執着を持ち人に危害を加えるようになると厄介になる。人々の恐怖を得て強力になる前に調伏する必要がある。

 変化へんげとは歳を経た動植物が化かしたり騙したりする力を得た物で、化生けしょうとも呼ばれる。狸や狐、猫やむじな|(イタチやハクビシンなどの総称)などがメジャーな動物だが、稀に樹齢を重ねた樹木が変化になる事もある。人命を脅かさない限り調伏される事はないが、山野の開発によって近年は存在自体が減りつつある。

 妖怪とは、怪現象に姿を当てはめたものである。例えば鎌鼬かまいたちは『歩いていたら血が出ていないのに切り傷が付いていた』現象に3匹のイタチを当てはめたものである。不可解な現象が起こった時、人間は既存の何かを当てはめたり名前をつける事で不安を払拭ふっしょくする。その当てはめられた『何か』が妖怪として定着し、人々の間で語り継がれて来たのだ。

 また、強い執着を持った人間が生きたままモノノケに変生へんじょうする事もある。道成寺どうじょうじに伝わる清姫きよひめ伝説が代表的だろう。強い霊力れいりょくを持つ人間が強いうらみや憎悪ぞうおなどの負の感情を持つとモノノケに変生すると言われているが、詳しいメカニズムは明らかになっていない。

 その他にも、生きた人間をモノノケに変化させる術などがある。やり方を書き記しただけでも命を狙われる禁術きんじゅつ中の禁術だ。

 妖怪の記録としては鳥山石燕とりやませきえんが記した『図画百鬼夜行ずがひゃっきやこう』が有名であるが、言霊師の中にもモノノケを記録する事に人生をかけた人物がいるという。その執念は凄まじく、死後も愛用の筆に右手の霊体だけを残して記録を続けたというから驚きだ。その人物は……』


 着信音が鳴った。

「はい、もしもし」

唄羽うたはが端末を耳に当てる。

「はい、はい。わかりました」

画面を操作して通話を終了した。

「で、電話?誰から?」

「運転手さんからです。今からこっちに迎えに来てくれはるって」

いつのまにか午後5時を過ぎていた。そろそろ帰らないとまずい時間帯だ。

「じゃ、そろそろお会計だね」

恋天使れんじぇるが席を立つ。本が音を立てて崩れ落ちた。

「うわわっ!すすすすみません……」

見開かれていたページに、恋天使の目は釘付けになった。

『五行家の言霊師は五行相生ごぎょうそうしょうの考えに基づいて、五行家の中で婚姻こんいんを行う。そのため生まれた時から結婚相手が決まっている事がほとんどだ。』

「……」

恋天使が本を拾い上げる。

「ねぇ、唄羽ちゃん」

「どないしたんですか?」

「う、唄羽、ちゃん、ってさ。けけけ、結婚を約束したりしてる人って……」

「いますよ」

唄羽はなんて事ないようなふうに言った。

「えっ……。そ、それって、辛くないの?」

「何がですか?」

「だって、産まれた時から結婚相手決まってるんだよ?好きになった人がいても、結婚できないんだよ?辛くないの?」

「うちは……その……。結婚を約束してはる人が、一番いっちゃん好きな人やから……」

顔を赤らめて恥ずかしそうにつぶやいた。恋する乙女の顔だった。

「あ……、アオハルじゃーん!」

恋天使の叫びが店内に響き渡った。


 車が店の前に止まる。

「はいはい。お待たせしやしたね、お嬢ちゃん方。さ、お乗り下せえ」

運転手の薬研やげんが声をかける。

「ほな、お願いします」

「おっ、お願い、します……」

唄羽と恋天使が後部座席に座る。

「唄羽の友達?」

助手席には若い男が乗っている。垂れ目で鷲鼻わしばな、明るい茶髪をヘアバンドでまとめている。

「ううう唄羽ちゃん!こ、この人が、もももしや……」

「えっ、そんなんやないですって」

恋天使と唄羽が小声で話している。

「あー。期待してるトコ申し訳ないけど、唄羽の婚約者はオレじゃないぜ」

「あっ、そうなんです、ね……」

清森きよもりさんは、そういうのとちゃいますもん」

「そうそう。オレはどっちかっていうと『初恋泥棒の近所の年上のお兄さん』的なポジションだからな!」

「ハハハ。だいぶ大きく出やしたね木戸きどの坊ちゃん」

「ちょ、やめてくださいよ薬研さーん!」

(『運転手さんはどうしておきなの能面を被っているんですか?』とは聞きづらい雰囲気……)

和やかな雰囲気で車は走る。ビルの合間に夕日が沈んでいった。

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