第9話:放課後は図書室まで[4/16(月)]

 制服に袖を通す。

(学校行くのは1週間ぶりくらいだな……)

一階に降りて玄関に向かう。

太樹たいじ、学校行く前にお線香あげていきなさい」

「うん。わかったよ父さん」

和室の座卓に、桐の箱に収まった骨壷が置かれている。小さな写真立てには泰樹しんじの写真が入っている。中学校の入学式で撮った写真を拡大したものだろう。ロウソクにライターで火をつけて、ロウソクの火に線香をかざす。

「学校、行ってくるよ」

手を合わせてつぶやいた。


 足をペダルに置く。自転車が坂道を下っていく。家から駅までの道のりは、ほとんど田んぼと山の間を走っているようなものだ。ガラガラの道を風を切って走り抜けても心は暗く沈んでいる。

(まだ1週間しか経ってないのに。そんなすぐに切り替えられるわけないだろ)

泰樹の冷たい手。灰と遺骨の熱。みんなのすすり泣く声。動かなくなった泰樹と会った時の光景は毎晩のように夢に出てくる。にじむ視界を手でぬぐった。


 教室に着いた。どうやら俺の席はまだ残っているみたいだ。

「お久しぶりですね」

「あ、手奈土てなづちさん……」

「授業、付いてこれはります?良かったら、うちのメモ送りますけど」

「あ、いや。授業の内容とかはタブレットに転送されてきてたし。家で自習してたから、だいたいは大丈夫だよ」

「そうやったんですね」

本当は、勉強も何も手につかなかったけど。

「太樹くん、おひさ〜。てかクマやばくない⁉︎大丈夫⁉︎」

「大丈夫、です……」

斜め前の席の……確か、手戸てどくんだったかな。心配してくれるのはすごくうれしいんだけど、ちょっと声が大きくて頭が痛い。


 お昼休み。机を合わせてお弁当を広げたり、何人かで集まって教室の外に行ったり。もう友達のグループができているんだろうか。

 机の上にお弁当を広げる。小さなトートバッグの中には弁当箱と小さなおにぎりが2つ。弁当箱の中には色々な冷凍食品のおかずがカップに詰めてある。

(食欲ないな……。でも、残したら母さん心配するよな……)

箸でおかずをつつく。

「あっ……、あの……」

真路まじさん」

「こ、こ、これ……」

真路さんが何かの書類を差し出す。

「『入部届』?」

部活名の欄には小さな字で『伝承研究会』と書かれている。

「あの。新しい部活、を、作りたくて。『3人いれば作れる』って言われて、集めたんだけど。『部長除いて3人』らしくて、それで、一人足りなくて」

「……入部しろって?」

「うん。く、クラスのみんなに、お願いしたんだけど。ほら、もりの高校ウチ兼部けんぶできないから。だから、もう、李下りのしたさんしか……。なっ、名前だけ!名前だけ貸してくれれば、あとは何もしなくても……!」

「いいよ」

「えっ!ありがとうマジ感謝……!」

真路さんが俺の手を握った。

「じゃ、じゃあ、これ!預かるから!活動場所は図書室だから!ね!」

そう言って彼女は走って行った。


 放課後。

(活動場所、図書室だっけ。顔だけで出していこうかな)

図書室のドアを開ける。

「新入部員の方ですね!どうぞお座りください!」

「わっ!」

「驚かせてしまいましたか?申し訳ございません。自分は内房うちぼう けんといいます」

「ど……どうも。李下 太樹、です」

「ささ、どうぞお座りください。とはいえ、自分も新入部員なのですけどね!」

ものすごく声が通る人だ。

「じゃあ、ここで……」

窓際の席に座る。

「あの……。『伝承研究会』って、何する部活なんですか?」

「はい。真路部長いわく、『都市伝説や怪談などの民間伝承を調査する』のが主な活動らしいですよ!」

「なるほど」

部活にしてはずいぶんスケールが大きい気がする。

「こんにちは」

ドアが開いて、誰かが入ってきた。

「あっ、手奈土さん」

「どうも。李下さんも伝承研究会に入らはったんですか?」

「はい。その、真路さんに頼まれて」

「そうやったんですか?実は、うちもなんです」

「自分は、自由時間が確保できる部活を探していたからですね。もりの高校は部活が強制参加なので、起業するにあたっての情報収集と両立できそうな部活がなかったから不安でした。そこに部長からの勧誘がありましたので、もう『渡りに船』といったところです!」

おしゃべりをしているところに真路さんが入ってきた。

「あっ、あのう……。話をしても、よろしいですか……?」

「部長!お疲れ様です!」

内房くんが立ち上がって深々とおじぎする。

「う、うん。とりあえず、す、座って?ね?」

「これはこれは、大変失礼いたしました」

内房くんと手奈土さん、それから俺が席につく。

「えと、きょっ、今日は、軽く活動紹介をば……」

タブレットに資料が転送される。

「一応、怪談や都市伝説の調査が基本の活動。友達のウワサとか、SNSでバズってる心霊映像とか。そういうのにはアンテナ張っててもらえると、とてもたすかり、ます」

それくらいだったらできるかもしれない。

「でね。フィールドワーク――実際に行って確かめてみなきゃ、なんだけど。長距離の移動になるし、どうしても土日がメインにはなると思う。だから、平日は特にすることないんだよね……」

タブレットを持っていた真路さんがこちらを向く。

「なのでっ。今日は、これで解散!です!」

「解散なんですか」

「うん。何かあったら連絡するから、グループ入ってもらっても?」

真路さんが端末を差し出す。

「唄羽ちゃんと内房くんはもういるから」

「そうなの?確か前に、こういうアプリ持ってないって……」

「この前、たけさ……、じゃなくて。知り合いの人にロック解除してもろたんです」

「そうなんだ……」

(俺が休んでる間に、いろんな事から置いてけぼりにされちゃったな……)

「では、自分は起業セミナーがありますので!失礼致します!」

内房くんが席を立った。

「じゃあ、俺も帰ろうかな」

「迎えが来はるんですか?」

「いや、電車で」

「それやったら、一緒に帰ります?」

「え?」

「うちとレンちゃんも帰るんは一緒ですし」

「いや、でも……」

「い、一緒に帰ろ!」

迷っている所で真路さんが言った。

「まあ、そこまで言うなら」

「やった!3人一緒に帰ろっ!」


 結局、帰るのは夕方4時過ぎくらいになった。

「唄羽ちゃんの知り合いが、東京の大学に通ってるんだって」

「じゃあ、その送り迎えのついでなんだ」

校門前で待っていると、ゴツい車が走ってきた。

「あんれまあ、ずいぶんと大所帯になりやしたねぇ」

運転席の窓から顔を出して声をかけてきた。

「えっ、お面?」

運転手さんはおじいちゃんのお面を付けていた。

「さあさあお乗りなすって。ちょっと窮屈かもしれやせんけど」

真路さん、手奈土さんが乗って最後に俺が乗る。

「お願いします」

「はいよー」

助手席に誰かが乗っている。

「あの人は……」

「うちの知り合いです」

「どーも、唄羽の知り合いです」

「あ、どうも」

この人がさっき言っていた、手奈土さんの知り合いだろうか。

木戸きどさん、大学通いながら書道パフォーマーやってるんだって」

真路さんが小声で教えてくれた。

「そうそう、『画竜がりょう』って名前でやってんだ。調べたら俺のインピクが出てくると思うぜ」

「インピク」

俺には縁のないオシャレなSNSだ。

「ほら、出発しますよ」

車が走り出した。久々に家族以外と話した気がする。

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