閑話:言霊師について

 グラスを手元に置いて、二人の真ん中に本を広げる。

「とりあえず、言霊師の章から読んでみる?」

「そうですね」

ページをパラパラとめくった。


『第四章:五行家―火村ほむら手奈土てなづち金崎かんざき水面みなも木戸きど


 元々は四神しじん家の分家であったほむら(のちの火村)・金崎・水面・木戸の4家。そして金崎から独立した手奈槌てなづち(のちの手奈土)家。大地から霊力を吸い上げる所までは瑞獣・四神家と共通している。言葉にその霊力を込めて様々な現象を引き起こすのが、五行家特有の技術だ。そのため彼らは自分たちを『言霊師ことだまし』と呼称する。霊力の伝導率が高い黒鋼こっこうから作られた短刀『守護刀まもりがたな』が言霊師の一般的な武器だ。高位こういの言霊師になると守護刀に別の武器状の霊力をまとわせて戦う事も出来るようになる。

 四神家からの独立と手奈土家の成立と同時に、基幹となる考え方が四神相応から五行思想に変化した。五行思想とは、万物が『火・土・金・水・木』の5つの元素からなるという古代中国に由来する哲学思想だ。

[図1](近況ノート『挿絵「閑話:言霊師について」』を参照してください)

中世に日本に持ち込まれたこの考え方は儒学者たちの間で広まった。五行思想を元に5つの家を5つの元素に振り分け、さらに個人の霊力の傾向も5元素に基づいて振り分けられた。

 江戸時代初頭、徳川幕府の成立―すなわち戦乱の時代の終息―をきっかけに彼らは全国に散らばって民を守るようになった。

 水面家は東北地方。火村家は関東地方。手奈土家は近畿地方。木戸家は四国・中国地方。金崎家は九州地方。ただし、蝦夷地えぞち(現在の北海道)と琉球りゅうきゅう(現在の沖縄県)は当時独立した国家であったために言霊師が配属されなかった。現在でもこの2か所には言霊師の拠点はなく、五行家の分家や一般出身の霊者れいじゃたちが自治組織を結成して活動している。

[図2](近況ノート『挿絵「閑話:言霊師について」』を参照してください)

 では、各家の特色を簡単に説明しよう。

 水面家は仙台近郊を拠点としている。『すい』の特色を強く持つ家だ。物質としての水を操る事に長けているのはもちろん、胎内たいないれいに関する事柄にもひいでている。具体的には降霊術こうれいじゅつ呪術じゅじゅつ、あるいは妊娠・出産の補助の才能を持つ言霊師が多い。異なる意見に耳を傾けてまとめ上げる、いわゆる学級委員タイプの気質の人間が多い。そのため水面の血を引く政治家や経営者も少なくないという。銃や弓などの飛び道具と相性が良い。

 火村家は東京郊外を拠点としている。『』の特色を強く持つ家だ。燃え盛る炎のような霊力の発露はつろが最大の特長で、モノノケ調伏において火村の言霊師の右に出るものはいないだろう。戦闘に特化した言霊師が多く、高位のものは立っているだけで周囲を浄化する事も出来るという。その性質から感情の起伏が激しく人付き合いが苦手な傾向がある。一度怒らせると烈火れっかの如く怒り狂うが、恋人にすれば燃え上がるような愛を注いでくれるだろう。アーティストやミュージシャンなどクリエイティブな才能を発揮する人間も少なくない。刀剣とうけんと相性が良い。

 手奈土家は京都市街地を拠点としている。『』の特色を強く持つ家だ。新芽しんめを育む土のような霊力の発露は育成・保護に長けている。障壁しょうへきを張ったり他の言霊師の力を底上げしたりというような補助的な術を得意とする。中立的な性質を持つため、良くも悪くも普通の人間が多い。言霊師の才覚さいかくの振れ幅が大きく、同じ兄弟の中でも突出した才能を持つ者と人並み程度にとどまる者に分かれる事も少なくない。教師や保育士など未熟なものを導く仕事に就く事が多いようだ。これと言った武器の傾向はないが、手裏剣しゅりけんなどの小型の投擲とうてき武器と比較的相性が良い。

 木戸家は高知県沿岸を拠点としている。『もく』の特色を強く持つ家だ。こけつたに覆われた大樹たいじゅのような強い生命力が特長。傷や疲労の回復、成長促進そくしんなど肉体的な成長・発育に関わる術に秀でている。漁業などで遠出をする事が多かったためか、五行家の中では珍しく「筆記での言霊の行使」を得意としている。紙などのキャンバスに文字を書き、そこに長時間言霊を留めておけるのが木戸家の強みだ。明るく快活な人柄で、内輪うちわ喧嘩けんかをしてもいつの間にか仲直りしている。農業・漁業・畜産業などの一次産業に従事する事が多い。槍や薙刀なぎなたなどの長物ちょうぶつ武器と相性が良い。

 金崎家は福岡市内を拠点としている。『ごん』の特色を強く持つ家だ。金属のように冷徹れいてつ堅固けんこであり、金属そのものを操る力にも秀でている。肉体や物体の一時的な強化を得意としており、自身に強化をかけて一撃で決める戦法を好む。この戦法は元々「チェスト」などに代表されるように、示現流じげんりゅうの剣術を取り入れた薩摩さつま(現在の鹿児島県)の言霊師が好んで使っていた。それが九州北部の金崎家に伝来したのが由来だ。芯が強くどっしりと構えた人柄が特徴的だが、一度決めた事は滅多めったに曲げないガンコな人柄とも言える。職人や資格の必要な専門職など、その道のエキスパート的な職種に就く人が多い。鉄扇てっせんや鉤爪などの近接武器と相性が良い。

 この他にも一般家庭出身の言霊師を保護・育成する組織などもあるが、ここでは割愛する。』


 そこまで読んで、一度本を閉じた。

「お待たせしました」

「ありがとうございます」

注文した料理が届いたからだ。恋天使れんじぇるの前にブロッコリーの小皿、唄羽うたはの前にはモッツァレラチーズとフォカッチャが置かれている。

「なんというか……ものすごい、ね」

恋天使がうなだれた。

「ものすごい?」

「だって。五行とか色々難しい事書いてあってさぁ」

「さいですか?言霊師の性質はともかく、五行思想は一般常識やないですか」

「いや一般常識じゃないし!これが一般常識とかハードル高すぎでしょ!」

「そ、そうなんですね……」

唄羽がしょんぼりとする。

「あっ……。そそそそうだ、ここに書いてある事って、どのくらい合ってるの?ぶっちゃけ」

恋天使が慌てて話題を変えた。

「うちが教わった事と、大体おんなじですね」

「そっか。じゃあ、割と信憑性エビデンスはしっかりしてる本なんだ」

恋天使はカップを口につける。気づけば飲み物は空になっていた。

「コーヒー補充ほじゅうしてくる。唄羽ちゃんは?」

「ほな、うちも」

二人で席を立ちドリンクバーに向かう。

「レンはん」

「はいっ⁉︎」

「あの本、他にどこか気になる所はあらへんですか?」

「うーん。後半にあった『モノノケとは何か』って所が気になるかも」

「ほな、戻ったらそちらからですね」

恋天使はさっきと同じくコーヒー。唄羽は少し悩んでぶどうジュースをグラスに注いだ。

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