第7話:眠れない夜[4/8(日)]
「お
「はい、よろしくお願いします」
木の箱に詰められて、泰樹は帰ってきた。
「よかったね……。こんなにキレイにしてもらってね……」
母さんが泰樹の頭をなでる。眠っているみたいにきれいな、いつも通りの顔になっていた。
「とりあえず、今晩中はお線香切らさないようにするのよ。誰か一人は起きてて、なくなりそうになったら線香あげ直してね」
「真路さんが仕切ってくれてありがたいね」
「気を使わなくていいのよ
「いや、俺たちもここに来てもう2年になりますから」
棺はリビングの奥の和室に置かれていた。みんな泰樹に寄り添っている。
「り、
俺は首を横に振った。
「そ、そっか。うん」
照明の光が耐えられないほどまぶしくて目を閉じた。
「じゃ。わ、私、お夕飯の支度。お手伝いしてくるから」
足音が遠ざかる。
(泰樹、焼いたら全部なくなっちゃうのかな)
頭の中でいろいろな考えがぐるぐると回っている。あまりにもいろいろなことが急に起きすぎて具合が悪くなってきた。
(起きたら、何もかも元通りになってたらいいのに)
普通に戻りたい。平凡でいい。脇役でいい。家族みんなで暮らしていければ、それだけでよかったんだ。
目が覚めた。いつの間にか眠っていたみたいだ。
(11時か……)
外はすっかり暗くなっていた。床で眠っているみんなを踏まないように歩く。
「……こんな夜分遅くにご足労いただいて」
「いえ、外の人にはあまり聞かせたくない話もありますし」
玄関で父さんが誰かと話している。
(誰だろう。こんな夜遅くに)
廊下に近い引き戸にもたれかかって聞き耳を立てる。
「立ち話もなんですから。線香だけでもあげて行ってください」
もたれかかっていた引き戸が開いた。
「お邪魔します」
お客さんが入ってきた。
(
二人が泰樹に手を合わせる。
(俺も、アイツの顔を見ておこうかな)
二人が手を合わせ終わったのを見て和室に行く。
(本当に眠っているみたいだな……。いや、寝てるだけじゃないのか?)
泰樹の体を揺さぶる。
(起きろよ泰樹。タチ悪いぞ、こんなイタズラ)
泰樹の首がガクガクと揺れる。
(頼むから起きてくれよ。いつもみたいに笑ってくれよ。『ドッキリだよ、バーカ』って。なあ、泰樹)
どんなに揺さぶっても、泰樹は表情ひとつ変えない。少しほほ笑んだ顔のままだ。
(いやだよ。置いてかないでよ。俺の知らないところに一人で行かないで。ずっと一緒だったじゃんか。俺も一緒に連れて行ってよ……)
ボロボロと涙がこぼれてくる。俺は泰樹のお腹に突っ伏して泣いた。
リビングから話し声が聞こえてきた。
「
「何でしょう」
「手奈土さん」
「はい?」
「お話の前に少しだけ、僕の身の上話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「構いませんが」
父さんが話し始めた。和室にいても聞こえる声だった。
「
「『でした』ゆうんは……」
「断絶してたんですよ。親に捨てられた僕が施設で育ち、家庭を持つ事を決めた頃には、もう」
「だ、断絶………?」
「はい。身内同士で
知らなかった。父さんは昔の事を話してくれなかったから、元の家族のことは覚えていないものだと思い込んでいた。
「でも、増堰の家で働いていた庭師さんが教えてくれたんです。『アンタは捨てられたんじゃない。逃がされたんだ。せめて
(父さん……)
「子供たちが産まれた時、心配していたんです。言霊師の血筋のせいで良くないことに巻き込まれるんじゃないかと。でも四人とも元気に育ってくれて、普通の暮らしを送っていけると思っていた矢先だったんです。僕が、僕のせいで泰樹は……」
「それは、ちゃいます」
手奈土さんが声を上げた。
「被害に会うた方の情報を見してもらいました。みんな言霊師とは関係のない普通の人でした。せやから、泰樹はんはただ巻き込まれただけです」
細くて、でも良く通る声だった。
「『悪魔の胎児』について、何か知ってはりますか」
「何ですか、それは?」
父さんが聞き返す。
「人間が突如モノノケになる。その現場に必ず残されている物体です」
「さあ。特にこれといった心当たりは……」
(それって)
『それ何?』
『これか?フフフ……『
(昨日、泰樹が見せてくれたアレだ!)
「そうですか。まあ、俺も
(待って‼︎)
引き止めなきゃ。そう思って立ちあがろうとした。
「うっ」
足がもつれて倒れ込む。
「ああ。お前、昨日の」
火村さんがつぶやいた。こっちに歩いてくる。
「『悪魔の胎児』について何か知ってるのか?」
「ぁ……」
言いたいことはたくさんあるのに、せき止められたみたいに出てこない。
「それを日本中にばら撒いたやつがどこかにいる。そいつのせいでたくさんの人がお前と同じように苦しんでる。家族との思い出を唐突に打ち切られて、いっそ死んだ方がマシだと嘆いている」
(そうだよ。泰樹がいないのに俺が生きてるなんて!)
「お前の知っている事が、この事件の黒幕の手がかりになるかもしれない。訳のわからない不幸の尻尾を掴めるかもしれない」
火村さんは正座をして深々と頭を下げた。
「『話してくれ』。この通りだ」
「俺が、知ってることで。泰樹を、アイツをバケモノにしたやつを、見つけられますか……?」
自分でも驚くほどかすれた声が出た。
「必ず見つける」
火村さんが手を差し伸べてくれた。
「だから、もう少し生きてみないか?それでもって、黒幕を一発ぶん殴ろうぜ」
「……はい!」
俺は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で答えた。
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