第8話:さよならだけが人生、らしい[4/9(月)]

 泰樹しんじのこと、『悪魔の胎児』のこと、バケモノのこと。時々声が出なくなったりしたけど、俺は今に至るまでの事を全て話した。

「話してくれてありがとう。ところで、こんな物を見ていないか?」

火村ほむらさんが端末を差し出す。

「『悪魔の胎児』……の、中身抜き?」

写真に写っているそれは、泰樹に見せてもらったものとは少し違っていた。

「中身?こん中に何か入ってはったんですか?」

俺はタブレットのメモ帳に、泰樹に見せてもらった『悪魔の胎児』を描いた。

「俺が見せてもらったのは、こんな感じでした」

火村さんと手奈土てなづちさんがタブレットを覗き込む。

「なるほど。この中に胎児が入っていたのか」

「せやったら、こん中に入っとったもんは一体どこに……?」

「いや、わからない、です」

「そうか。なら、これが今どこにあるかはわかるか?」

「俺と泰樹の部屋にあるかもしれません。探してみないとわからないですけど」

「わかった。もし見つけたら教えてくれ」

「はい。でも、どうやって?」

「できれば直接屋敷に来て欲しい。火村うちの屋敷の場所はわかる?」

「一応は」

確か、山に向かう坂道をひたすら登っていけば着くはずだ。

「じゃあ大丈夫だな。よろしく」


 「もう2時か。これ以上長居してもご迷惑でしょうし、そろそろおいとまさせていただきますね」

「いえいえ、迷惑だなんて。話し相手になってくださってありがとうございました」

3時間くらいぶっ通しでしゃべってたのか。なんかちょっと申し訳ない。

「すいません。長々と付き合わせちゃって」

「気にしないで。じゃあ、よろしく頼む」

火村さんと手奈土さんが席を立つ。

「ほな、また学校で」

手奈土さんが手を振った。

「気をつけて」

「ありがとう。お邪魔しました」

玄関の扉が閉まる。リビングには俺と父さんと、それから泰樹だけになった。


 夜が明けて、みんなが起きてきた。

「じゃあ、アタシ一回帰るわね。レンちゃんを学校に送ってきたらまた来るから」

「すいません、お邪魔しました……」

「ありがとうございました、真路まじさん。レンちゃんもありがとうね」

「いいのいいの気にしないで!どうせうちにいたってヒマなんだからアタシは。あ、帰る前にお線香だけ上げちゃうわね」

二人が和室に来る。

「じゃ。また、学校で……」

真路さんのお孫さんが小さくおじぎした。

「うん、ありがとう。これ返すよ」

俺は彼女に借りていたタブレットを渡した。

「あっ、気をつけて、ね」

 真路さんたちが帰っていった。

「兄さん。お葬式、あの制服で出るの?」

「うーん、スーツか中学の制服の方いいんじゃないかな」

「太樹と泰樹の制服はあげちゃったからもうないけど」

「なら父さんのスーツを貸すよ。一樹かずきは自分のあるよな」

「うん」

みんなが話している後ろで、こっそりと二階に向かう。

「太樹、どうしたの?」

「ちょっと、二階片付けてくる」

「そう。気をつけてね」


 俺たちの部屋に戻ってきた。日差しがさしているから昨日よりは見通しがきく。

「よし。やるぞ」

本棚に本を戻す。棚の上から落ちてきたトロフィーを上げ直す。

(『悪魔の胎児』、きっとこの中にあるはず……!)

床に散らばっているものを片付けてみたけど、それらしいものは見つからない。

「引き出しの中は?」

片っ端から開けてみた。どこにも入っていない。

「ベッドの下……?」

ほうきを持ってベッドの下を探す。固いものが当たる感覚があった。

「これか」

確かに、前見せてもらった時には入っていたデブのしらすのような物が消えている。

「これを渡せばいいんだな」

たいちゃーん‼︎ご飯食べよー‼︎」

下から樹花じゅかの呼ぶ声が聞こえる。

「今行く!」

落として失くさないよう、袋に入れてポケットにしまう。

「ちょっと、聞こえてんのー⁉︎」

あんまり待たせると機嫌を悪くする。俺は急いで階段をかけ下りた。


 3時頃にお坊さんが来てお経を上げていった。俺たち家族の他に、父さんと母さんの知り合いもたくさん来ていた。

「それでは、ご出棺させていただきます」

家の前に霊柩車れいきゅうしゃが来ている。父さんは霊柩車の助手席に乗って、俺たちは真路さんの車に乗せてもらった。

「疲れてるのに運転なんて危ないよ。事故起こしたりなんかしたらシャレにもならないでしょ」

長いクラクションが鳴った。

「40分くらいかかるから、途中で具合悪くなったら言ってね」

「ありがとうございます」

大きな遺影が膝で揺れる。みんなうつむいて黙っていた。


 火葬場はがらんとして、変に静かな場所だった。

「それでは、最後のお別れを」

目の前に見えるのが遺体を焼く所なのだろうか。スチールの担架に棺が乗せられる。

「やめて!」

母さんが叫ぶ。

「焼かないで!お願いだから……。あぁ……」

棺にすがりついて泣き叫ぶ。父さんが母さんに寄り添っている。

「うわーん!」

樹花も泣きだした。後ろにいる参列者もすすり泣いているのが見えた。

「っ……」

「待って」とは言えなかった。重い扉が閉じた。


 火葬が終わるまでの間は待合室で待っているように言われた。

「太樹くん」

イスに座って待っていると、誰かに声をかけられた。

「覚えているかな。生活安全部の雷谷らいやです」

「あ、泰樹が学校で暴れた時の」

「うん。宍戸ししど先生から泰樹くんが亡くなったと聞いて来たんだ」

「シシド先生?」

「泰樹くんの執刀医。太樹くんの事を話したら、ずいぶん気にかけてたよ」

「俺を?」

「うん。体調崩してないかって」

なんで会った事もない人が俺の体調を気にかけるんだろう。

「じゃあ、次会ったらお礼しておいてもらえますか」

「わかった」

雷谷さんは玄関の方に歩いていった。

「父さんと母さんには、あいさつしないんですか」

「ちょっと面倒な事件を預かっててね。今日来たのも、上司に無理言って時間作ってもらったんだ」

「そうだったんですね」

「落ち着いたらまた会いに行くから。ごめんね」

そう言い残して、慌ただしく帰ってしまった。刑事さんって忙しいんだな。


 骨だけになった泰樹をみんなで袋に入れる。カサカサになった骨は作り物みたいに見えた。手が震えて何度も箸から骨がこぼれる。拾いきれなかった小さな骨は、ちりとりで集めて袋に入れられた。

「死んじゃったんだな、ホントに」

俺はそうつぶやいた。返事は返ってこなかった。

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