参考資料:火村絵凛『語られざる日本の信仰』(岩沼書店、2030)

閑話:古本屋さんに行こう![4/9(月)]

 もりの高校1年1組教室。始業式が終わり、生徒たちは雑談と共に下校の準備を始めている。

「リノシタさんって誰だっけ?なんか家の都合でしばらく休むらしいけど」

「部活って強制なの?だるー」

「帰ったらタブレット充電しなきゃ」

「美術部入りなよ。文化祭展示だけ作ってればいいらしいし」

「一番後ろの席空いてるし、そこじゃないの。知らんけど」

「帰りシャンゼ寄ろうぜー」

唄羽うたはも荷物をまとめ始める。

「あ、あの」

一人の生徒が声をかけてきた。

「確か真路まじさん、でしたよね」

「き、昨日……」

「昨日?」

「聞いてたから。全部。昨日の夜、言ってた事」

「えっ」

昨日の夜、人がいるところで話をしたのは李下りのした家の通夜くらいだ。

「昨日、の夜。み、みんな、寝てたけど。私、起きてて。だ、だから。全部、全部聞いちゃった」

別段聞かれて困る内容ではない。そもそも聞いたところで意味がわかる話ではない。言いふらされるのだけが気がかりだった。

「だ、誰にも言わ、言わないから。聞いたこと。その代わり、頼みがあるの」

「頼み?」

「そう。あのね……」


 電車を乗り継いでおよそ1時間半。真路と唄羽は秋葉原駅に来ていた。

「ここ。まだあるかな……」

やってきたのは全国チェーンの古書店。真路は入り口を抜け、売り場の奥に分け入っていく。

「あ、あったあった。よいしょ、っと……」

脚立を使い、本棚の最上段からハードカバーを抜き出した。『定価5000円+税』と書かれているが、値札が何枚も重ね張りされている。見えているところでは500円まで値下げされていた。

「何ですか、これ。『知られざる日本の信仰』……?」

唄羽が題名を読み上げる。

「うん。これ、ちょっと……、香ばしいというか何というか、独自性の強い本で。コトダマシ?とか、そういう方面に詳しい人に話聞きながら読みたいな、って思って」

「それで、うちを頼ってくれはったんですか?」

「う、うん。こういう、いわゆる、オカルト的な話ってさ。まともにき、聞いてくれる人、ほとんどいなくて……」

真路が本をきつく握りしめる。

「だだだ、だから……。あ、あのっ、そのっ」

真路の視線が泳ぐ。目に見えておびえている。

「『落ち着いて』」

唄羽が真路の目を見上げる。彼女の手に自分の手を重ね、言霊ことだまを込めた言葉で落ち着かせる。

「い……今、何をしたの?催眠術でもない、ツボを押したわけでもない。まるで……、魔法みたい」

「魔法。そやね、魔法みたいなもんやろか」

始めて母が言霊を使っているのを見た時に言われた言葉。唄羽はそれをそのまま引用して答えた。

「え、京都弁?」

「あっ。すみません、つい……」

「カワイイ!」

真路が目を輝かせる。

「はい?」

「方言女子とかいうアドバンテージ!むしろなんで隠してたの、もったいない!」

「いや、その……」

「直さなくていい、むしろ直さない方が『良い』!低身長で美少女ちいかわな上に京都弁とか属性盛り盛り……」

「あのっ、お静かに!」

近くにいた客の視線がこちらに向いている。

「あっ……。ごごごごめんなさい!興奮しちゃって、つい……」

真路が深く頭を下げた。

「とにかく!これ買って帰って。青梅おうめ駅前のシャンゼかどこかで感想戦しつつ読みたいなー、とは思ってたんだけど……」

「何でわざわざそんな遠くまで?」

「だって、電車乗り遅れたりしたら『死』じゃん」

「それやったら、心配しいひんでもええですよ」

「へっ?」

唄羽は天使のような笑みを浮かべた。


 秋葉原駅周辺、イタリアンファミリーレストラン『シャンゼリヤ』。唄羽と真路は四人席のテーブルに隣り合わせで座った。

「ほ、ホントに良いの?こんな遠くまで迎えにきてもらっても」

「はい。連絡したら、ここまで迎えに来てくれはるって」

「そっか。だ、だったら。ここのお代は私が出すよ」

「ええんですか?」

「お、送ってもらうんだし。それくらいはしなきゃ」

二人でメニューをめくる。

「まず、ドリンクバーは確定だよね。て、手奈土さんは何か食べる?」

「ううん。そんなお腹すいてへんし」

「りょ。じゃあドリンクバー×かけ2で」

注文を伝え、ドリンクバーに向かう。真路はホットのブラックコーヒー、唄羽はオレンジジュースをついで手元に置いた。

「ほな」

「じゃあ」

「「読みますか!」」

ページを開くとミシミシと鳴った。時刻は午後二時を指そうというところだ。

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