其の十六:残酷暴虐物怪狂宴[5/20(日)]

 昼休憩きゅうけいの時間。校門付近には人だかりができていた。

「おうおう、なんかあったのか?」

道路脇にキッチンカーが止まる。降りてきた板前いたまえの服を着た青年が校門前にいる少女にたずねた。

「学校に入れないんです!」

「門は開いてるのに、何か壁みたいなものがあるみたいで」

「ほーん」

青年が校門に手を伸ばすとバリアー状の光に当たった。

「なるほどなるほど……。なんか知らねえが、とにかく不可思議ふかしぎ事件だな?よし来た!」

青年がどこかに電話をかける。

「オレです、貴島きじまです。たけるいますか?」

「あら、源八げんぱちくん。武くんならまだ寝ていますけど。どうしたんですか?」

たまきさん!もりの高校で事件です。モノノケがらみだと思うんですけど」

「分かりました。家人かじんに伝えておきます。源八くんも気をつけてね」

「はい、お願いします」

通話を切った源八は保冷リュックをかつぎ直した。

たけちゃんに頼まれて出前に来てみりゃあ、ずいぶん大変なことになっちまったな。……唄羽うたはちゃんたち、無事なら良いんだが」


 結界の内側、もりの高校のグラウンドは異様な空気だった。

「みんなうつむいて端末たんまついじってる……。若い子ってみんなこうなのかな」

桜子さくらこはそう呟いたが、周りを見渡しているうちに異変に気がついた。

「こんな、みんなが一斉に示し合わせたように端末を見てるなんて。そんな事ある?」

桜子は隣にいた女性の肩をつかんで揺さぶる。

「ちょっと、大丈夫ですか⁉︎」

頭がぐらぐら揺れるほど強く揺さぶる。それでも女性は手に持ったスマートフォンから目を離さない。

「一体何が……」

画面をのぞき込む。画面は真っ黒だった。

(何も映ってない?……いや、何かいる!)

気配を感じて咄嗟とっさに飛び退く。

『クスクス』

『キャハハ』

画面の中から、小さな子供の笑い声が聞こえる。

「子供の声?」

れは『RIENリーンわらし』です。改良して、画面を注視ちゅうしした人間のたましい掌握しょうあくする事を可能にしています」

遠くから青年の声がした。

「あなたの仕業?」

「否定は致しません。ですが……」

青年――桂馬けいまの背後からモノノケが現れる。

「責任の所在しょざいを追及している場合ではないのではありませんか?」

「オぎゃアアー!」

 そのモノノケはおぞましい姿をしていた。バラバラに切り刻んだ巨大な胎児たいじを、めちゃくちゃに繋ぎ合わせて球体にしたような見た目だ。かろうじて頭が7つあるのは視認しにんできる。

悪趣味あくしゅみ。吐き気がする!」

「私に苦情を寄せられても困ります」

桂馬が苦笑する。

「アンタに言ったんじゃない!」

桜子はそう叫んで守護刀まもりがたなを構えた。

「『われこそは南方なんぽうより来たりし金崎かんざき言霊師ことだまし、授かりし名は桜子なり』!」

桜子の衣装が調伏ちょうふく装束しょうぞくに変わる。

「『我が手にあるは白金しろがねおうぎ一枚、そのめい蝋梅ろうばいとす』!」

手に握った守護刀まもりがたな鉄扇てっせんの形を取る。

邪魔じゃま!」

桜子は桂馬を押しのけてモノノケに向かっていく。

「おやおや」

桂馬はその後ろ姿を微笑ほほえみながら見送った。

加勢かせいですか。しかし、あの得物えものでは……」

桂馬は眉をひそめる。

「まあ良いでしょう。私の仕事は、れで大凡おおよそ終わりましたし。後は彼奴あいつに任せるとしますか」


 一方、少し前。

「あ、ああ……」

唄羽うたは愕然がくぜんとしていた。

(ひ、人が、生きたまま、モノノケに、なんで、一体何が)

「『悪魔の胎児』だ!」

唄羽の後方、しげみの中で太樹たいじが叫ぶ。

「アレにたましいを吸い尽くされたんだ!アレが……先輩を、殺したんだ!」

「そんな……」

(魂をエサに使うてモノノケを?人の命を、一体何やと思って……!)

唄羽の目元が熱くなる。のぼせるほどの怒りが湧き上がった。

『ヴぎゃ、うギャ』

顕現けんげんしたモノノケが歩き出した。

(グラウンドの方に……、あかん、人を襲うつもりや!)

「そんな事させ……」

守護刀まもりがたなを構えて飛び出した唄羽の腹に、強い蹴りが入った。

「へ、げぇ……っ⁉︎」

唄羽の体が宙を舞う。

「ごひゅ、ゲホッ、ゴホッ」

地面に転がり落ちた。唄羽は震えながら咳き込んでいる。

「お前、『黄色い』なぁ」

大柄の青年がいきも絶え絶えな唄羽に歩み寄る。

「『黄色い』オンナはなぁ、みんな殺すって決めてんだ、オレは。みんな殺せば、そん中に赤んぼのオレを捨てた母親オンナもいる。絶対いる。めっちゃカシコいだろ?」

太樹はその声に覚えがあった。

香車きょうしゃ!」

太樹が叫ぶ。

「おん?オレの名前を呼びやがったのは、どこのドイツだぁ?」

香車が振り向いた。


 モノノケはグラウンドの中央に陣取っている。

『ほぢっ、欲しほぢイいィー!』

モノノケが観客に手を伸ばす。

「させない!」

その伸ばした手に、桜子が鉄扇を勢いよく振り下ろす。

「チェストーっ‼︎」

その一閃いっせんでモノノケを叩き切る……はずだった。

「切れない!なら、もう一度……」

鉄扇を振り上げようとしたが、びくともしない。

「くっ、この!」

(踏ん張ったら足が沈むし、引き剥がそうとしたら手が沈む!どうすりゃいいの⁉︎)

もがけばもがくほど身動きがとれなくなる。あっという間に桜子の手足はモノノケの体に埋まってしまった。

「ああもうめんどくさい!『離れ』……あぁっ⁉︎」

言霊ことだまを込めたその瞬間、桜子の頭に無数の声が響く。

『ここから出して』『どうして私が?』『早く出たい!』『代わりがいるの』『一人じゃ足りない』『みんなここから逃げたいんだから』『身代わりが欲しい』『欲しいほしい身代わり欲しい』『出して出して出して』

『『『あなた、代わってよ!』』』

(これは、モノノケを形作る霊力れいりょく?抵抗しないと、取り込まれる……!)

「『嫌』、『嫌』、『嫌』!『身代わりなんてならない』!」

桜子は必死に声を張り上げる。

『一人じゃ足りない』『抜け駆けしないで』『私も出たいよ』

モノノケは何本も腕を伸ばす。その腕でたくさんの人間を掴み、自分の体に押し付ける。

「ゔうーっ⁉︎」

桜子の周りに何人も人間が重ねられる。その人々の体重が、将棋倒しのように桜子の体を圧迫する。

はい、潰れっ……。ヤバい声出ない息できない痛い痛い痛い!)

『身代わり取り込む』『私たちと代わって』『そうしないと出られない』

モノノケの霊力が桜子に流れ込む。装束が霧散むさんし、桜子の服が元に戻る。

(ヤバ、これ、死っ……)

もはや武器や装束を維持いじする事もままならない。桜子の手から守護刀まもりがたなが滑り落ちた。


 桂馬がグラウンドから少し離れたところに立っている。

(『七人ミサキ』。「自分の身代わりを立てるために人間を取り込む」怪異かいいとは聞いていたが、まさかここまでとは)

彼はモノノケが観客を取り込もうとする様子を静観せいかんしていた。

(代わりを見つけるまでやめられないなんて。ブラックバイトかチェーンメールみたいだな)

そんな事を思いながら、自身が張った結界を確認する。

『香車。外に木戸きどの当主と火村ほむらの娘が来ている』

校門のあたりで、清森きよもりかおるが結界を破ろうと試行錯誤しこうさくごしている。

『火村の娘は強い。何《いず》れ力尽くで突破してくるだろう。長くはたないぞ』

『その前に終わらせりゃいいだけだろ!テナヅチとカンザキをぶっ殺せば今日のシゴトはおしまいだもんな!』

香車が答えた。

刻印こくいん越しの念話ねんわでもやかましいのか、此奴こいつ……)

『そうだ。後は手筈てはず通りに』

心の中で悪態あくたいをつき、桂馬は香車との念話を切り上げた。

如何いか五行家ごぎょうけ精鋭せいえいといえど、言霊が使えなければ所詮しょせんただの人か」

(だが、この程度でたおれるような方々ではない筈。……何、仮にここで死ぬとすれば所詮しょせんそこまでの器なのだろう)

唄羽と桜子。桂馬は彼女らを見定めるように目を細めた。

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