第19話:日曜日、体育館裏で[5/20(日)]

 日曜日、朝から快晴。たくさんの人が校門前に集まっている。

「お前らー!ぜってー勝つぞ!」

黄組の陣地じんち先頭、台の上で芽亜里めあり団長が叫ぶ。ロングコートくらいの長さの学ランがはためいている。

「おーっ!」

叫び声が響く。どこか普通じゃないような熱狂。イベント独特の空気だ。

(うう……。こういうノリ、苦手なんだよな……)

暑さと日光、それと寝不足。正直、朝からずっと具合が悪い。

(俺の選択一つで人がたくさん死ぬかも、なんて。荷が重すぎるよ)

今日ここに、モノノケが現れて暴れるかもしれない。

『必要無いでしょう?貴方の半身はんしんにも等しい弟を見殺しにした家族も。弟を救わなかった言霊師連中も』

桂馬けいまとかいう男のその言葉が、ずっと頭でぐるぐる回っている。

(アイツらのいう『選別』を止める条件は、俺が家族と手奈土てなづちさんを殺すこと)

グラウンドの向こうを見る。

太樹たいじー!」

父さんが手を振った。父さんと母さん、それと樹花じゅかがビニールシートを敷いて座っている。

「太樹」

兄さんが俺に向かって小さく手を振る。隣の陣地は青組だ。

「頑張りましょうね」

隣に立っている手奈土てなづちさんが、小さくガッツポーズをして言った。

(俺は、どうすれば……?)

[ただいまより、もりの高校体育祭を開会いたします]

スピーカーからアナウンスが響く。

[入場]

ブラスバンドをBGMにして行進が始まる。

「気合い入れてくぞ!」

大きな応援旗を先頭に、それぞれの組がグラウンドに整列する。

[開会あいさつ。実行委員長の李下りのした 一樹かずきさん、お願いします]

体育祭が始まる。俺の胸の中には、どうしようもない焦りが詰まっていた。


 [次は、3年生によるダンスパフォーマンスです。クラスみんなで考えた演出を、どうぞお楽しみください]

太陽が高く上る中、グラウンドにダンスの音楽が鳴り響く。

「腹減ったー」

「はいはい、これ終わったらお昼だからね」

陣地にいる下級生はやる事がない。手戸てどくんとあんさんはダンスを見ながらおしゃべりしている。

「ねえ、ちょっといい?」

「リョウ先輩。どうしたんですか?」

息切れしている。何かあったんだろうか。

「4組の女の子なんだけど。『トイレ行ってくる』ってどこか行って、そのまま帰ってこなくて」

「具合悪くなったとかじゃないんですか?」

「そうかも。最近ずっと具合悪そうにフラフラしてたし。……でも、女子トイレには誰もいなかった。私、さっきまで探してたんだもん」

リョウ先輩は不安そうな顔で言った。

「わかりました。俺も探すの手伝いますよ」

「ありがと。じゃあ、体育館のほう探してもらっていいかな?」

「了解です」


 体育館の方に向かう。

(話し声?誰かいるのかな)

体育館裏、フェンスがある方から声が聞こえてくる。

「……は……です……?」

声のする方に近づいてみる。

「最高!RIENリーンで『消えろ』って送るだけで、ヤなやつみんないなくなるんだもん!」

女の人の声がした。

(あれがリョウ先輩が言ってた人?……ガリガリだし、髪はボサボサだし、『具合悪そう』通り越して今にも死にそうじゃないか)

彼女から何かが流れ出ているのが見える。かなりヤバいんじゃないか。

「それは重畳ちょうじょう貴女あなたに『RIENわらし』の指輪を預けた甲斐かいがありました」

男の声がする。

(あの声は……)

「桂馬!」

二人がこっちを向いた。

(やべっ、つい声が……!)

「おやおや。野次馬やじうまですか」

桂馬が俺の前に立つ。

はらは決まりましたか?」

「お前、あの人に何を……!」

俺の言葉を桂馬がさえぎる。

問答もんどうの前に、貴方あなたの返答をうかがいたいのですが」

胸の音がうるさいくらいに鳴る。

「お、俺は」

桂馬が薄気味悪く笑っている。

「……お、お前らの仲間になんて、ならない!」

言っちゃった。もう後戻りはできない。

「それは結構。い選択をなさいました」

「へっ?」

桂馬の後ろで、女の人が苦しみだした。

「彼女は『悪魔の胎児』の宿主しゅくしゅです。どのみち今日羽化うかする見込みでした。貴方の答えがどうであろうとね」

「そんな、なんで」

「た、だすげ……ゔゔーっ!」

白目をむき、口から泡を吹いている。目の前で人が死にそうになっているのに、体がすくんで動けない。

「ええ、善い選択ですよ。仮に『仲間になる』と答えていれば、貴方は裏切りに絶望していたでしょうからね」

黒いもやが彼女を包む。

なんやあったんですか⁉︎」

「手奈土さん」

俺は後ろを振り向いた。

「あかん!『逃げて』!」

手奈土さんが叫んだ。

「危ない!」

桂馬が俺を抱きかかえて跳んだ。

「ここなら安全でしょう」

茂みの中に置かれた。

「……あの時『仲間になる』と答えていたものなら、私は貴方を殺していました」

桂馬が俺に耳打ちした。

「はあ⁉︎」

聞き返す前に彼は姿を消していた。

 にぶい衝撃音しょうげきおんがした。

「うわっ!」

俺は驚いて思わず伏せた。地面が揺れる。

(この揺れ方、あの夜の……)

今から一月ちょっと前、泰樹しんじがいなくなったあの夜。

(ああ、そうか。あれは、『悪魔の胎児』の)

「ぁ、がアー‼︎」

さっきまで女の人がいた場所に、モノノケがいた。それが、すべての答えだった。

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