其の十五:体育祭支度[5/17(木)]

教室前の教卓に大きな段ボールが置かれている。

『クラスTシャツ届きました。取った人は名前の欄にチェックしてください。』

ダンボールにはそんな風に書かれたプリントが貼ってある。名簿めいぼの名前は希望したサイズごとに並んでいる。

「けっこうシッカリしてるね」

「着てみちゃう?」

「いいねー!」

放課後、あとは帰るだけの時間。生徒のお喋りは止まる事を知らない。

「また2年の先輩消えたんだって?」

「この前いなくなった先輩とおなクラだったんでしょ?なんか怖いよね」

そんな中、唄羽うたはは周りをキョロキョロと見回していた。

「どうかしたか?」

唄羽の斜め前からあんが問いかける。

「あ、えっと……。李下りのしたさんおらへんな、って」

唄羽の隣席は誰もいない。

「アイツだったら、クラTの箱置いてソッコーで出てったけど。一緒に車で帰ってるんじゃねーの?」

「いえ。最近は一人で電車使つこうて帰ってはるみたいで」

「ふーん。じゃあ分かんねーな。ごめん」

「いえ、こちらこそすんません」

茶髪の少年が杏と唄羽の会話を気まずそうに聞いている。

手戸てどさん、何か知ってはるんです?」

「ギクっ!あー、いや、ちょっと……」

「とっとと話した方が身のためだぜ?」

口ごもる手戸に杏が詰め寄る。

「お、おととい……」

「一昨日……。李下さんが病院に行かはったのも一昨日でしたよね」

「うん。そのちょっと前にさ。ボク、話しちゃったんだよね」

「話したって、何をだよ」

「だから、その……」

手戸が口ごもる。

「付き合ってるって。唄羽ちゃんと、太樹くんのお兄さんが」

唄羽と杏が顔を見合わせる。

「はあー⁉︎どっから出てきたんだよそんな話?」

「うちも、何のことやらさっぱりです」

「えっ⁉︎じゃああの話、ウソってコト⁉︎」

手戸が愕然がくぜんとする。

「太樹くんもしかして、ウソの話を信じちゃって『俺が先に好きだったのに……』って凹んでるのかな。それで気まずくなって……って感じかも」

「えー?そんなことあるか?」

「あるかもよ?」

太樹の名誉のために弁解しておくが、これはとんでもなく的外れな推理だ。事実とはかけ離れている。

「うちが、勘違いさせるような事するせいで……」

唄羽は見るからに落ち込んでいる。

「あっ……。違うよ、唄羽ちゃんが悪いんじゃないって」

「そうそう、変なウワサ立てるようなヤツらが悪ぃんだって!」

杏と手戸がフォローするが、唄羽は落ち込んだままだ。

「そ、そうだ!『RIENリーンわらし』っていうのが出たんだってさ」

『RIEN』は有名な無料トークアプリの事。端末を持っている人なら大抵はインストールしている、もはやインフラにも近いアプリだ。

「『RIENわらし』?」

唄羽が顔を上げる。

「そう。例えばグループに20人いるとしてさ。自分以外の人が読むから、既読きどくは19個つくはずだろ?でも、既読が20つくことがあるんだって」

「一人増えるって事ですか?」

「うん。その増えた分が『RIENわらし』なんだってよ」

「それって、どこに出たとかって」

「おーい、そろそろ帰れよー」

廊下から先生が呼びかける。いつの間にか教室に残っているのは唄羽たち三人だけになっていた。

「ヤベっ、そろそろ帰んねーと。じゃあな!」

「ボクも帰ろっかな。唄羽ちゃんも気をつけて帰ってね」

「おおきに。ほな、さいなら」

「うん、さよなら」


 火村屋敷の近くを通るハイキングコース。唄羽はベンチに座って電話をかけている。

[はい、もしもし]

壮年の女性が電話口に出る。

れんさん?うちです、唄羽です」

[ハア……。何の用?]

蓮の声が露骨ろこつにトーンダウンする。

「その、あの、今週の日曜日……」

[無理。あたしその日予定入ってるの。……その気色悪い京都なまり、直しなさいって何回も言ってるでしょう?なんで私の言う事が聞けないの?そんなに私が憎い?]

「いえ……」

[部活にも入らずに遊び歩いているって聞いたわよ。学生の本分は勉強でしょう?美卯みうさんはあなたを遊ばせるために東京の学校に入れたわけではないと思うんですけど、私は]

「はい、すいません……」

[切るわよ。全く、私はあなたと違ってヒマじゃないんだから]

通話終了音が無情に鳴る。

「体育祭……」

唄羽はRIENを開く。

『5月20日に学校で体育祭があります。都合が良かったら来てください。』

母に宛てたメッセージはいまだに既読がついていない。

「忙しいんやな、みんな」

唄羽は誰に言うでもなく呟いた。


 屋敷に戻る。

「あら唄羽。浮かない顔だね」

「あ……。桜子さくらこさん」

「何かあったの?」

唄羽は端末に映し出された案内を桜子に見せる。

「『体育祭開催のお知らせ』」

桜子は書類PDFを読み進める。

「『体育祭当日は学校を解放いたします。ぜひお越しください。』ねえ。これって、家族じゃなくてもいいの?」

「はい。クラスの人らは、家族とか中学のお友達とか呼んでて、それで……」

唄羽が口ごもる。

「いいよ。お弁当、何食べたい?」

「えっ?」

「動画もいっぱい撮らなきゃ。それで、みんなに送って見せよう!ああ、なんかドキドキしてきた!」

「なんで、そんな。うちなんか、ただの他人やないですか」

「他人じゃないよ」

桜子が返す。

「私のいとこで、一緒にモノノケと戦う仲間。その上、唄羽が赤ちゃんの時から知ってるし。家は違うけど、私から見たらみんな弟や妹みたいなものだよ」

桜子は27歳。他の当主たちよりは一回り年上だ。

清森きよもり守ノ神もりのしんは用事あるし、たけるは夜行性だから出てこないだろうし。私と、あとはお手伝いさんたちにも声かけてみようかな。唄羽応援団作っちゃうからね」

ふと桜子が唄羽を見ると、彼女は静かに泣いていた。

「ごめん、応援団はさすがに恥ずかしいよね……」

「いえ、違うんです。うち、嬉しゅうて」

唄羽は笑っていた。

「ありがとう。うち、頑張りますから」

「うん。唄羽が好きなおかず、いっぱい詰めていくからね」

各々おのおの思惑おもわくを抱えて動いている。日曜日はすぐそこだ。

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