第18話:汝、復讐を望むなら[5/14(月)]

 「『サバイバーズ・ギルド』……?」

如何いかにも」

俺の言葉にメガネの男が答えた。

「我々は世界から拒絶きょぜつされ、弾圧だんあつされ、理不尽りふじん車輪しゃりんに押し潰された霊者れいじゃを解放するため抵抗者レジスタンス組織です」

息をするだけで激痛げきつうが走る。どこかの骨が折れたかもしれない。

「自己紹介がまだでしたね。私は桂馬けいま

「おい、いつまでグダグダしゃべくってんだよ!」

大きい男が怒鳴どなる。

「後ろでわめいているのが香車きょうしゃ。共に解放の為にたたか同志どうしです。先程は彼がご無礼を致しました」

メガネの男――桂馬がおじぎをした。

「何を……する気だ……俺たちの、学校で……!」

選別せんべつですよ」

「せんべつ……?」

「ええ。我々が拒絶されない、理想の世界に適合てきごうる人類を選別するのです。……最もの思想は我々の同志、金将きんしょうの受け売りですが」

「はぁ……?」

何を言っているのかまるでわからない。

「つまり!モノノケ使ってメチャクチャやるってコトだ!」

デカい男――香車が両手を突き上げた。

「め、メチャクチャやるって」

「おう!人がいっぱい集まってるところにモノノケを放つ!モノノケが見えないやつは死ぬ!見えるやつは生き残る!それがセンベツだ!」

「テロだろそんなの!」

俺は思わず叫んだ。

「なら、止めてみなさい」

桂馬が俺の胸をつかむ。

「決行は来週の日曜日。我々は体育祭の最中さなかにモノノケを放ちます。君が持ち得る知力・体力・人脈の全てをもって我々を止めてみなさい」

「……っ!」

たくさんの足音が近づいてくる。

「おっと、無駄話をしすぎましたかね。それでは我々は退散させて戴きます」

胸ポケットに何か、紙切れを入れられたような感覚。

「大丈夫ですか⁉︎」

「エグい音したんだけど、なんかあった?」

「あそこ、男、二人……」

桂馬と香車の立っていた方を指差す。

「誰もいませんよ?」

「えっ?」

あの二人はいつのまにか消えていた。

「何やあったんですか?」

手奈土てなづちさんが俺の顔をのぞき込む。

「た、体育祭に、モノノケが……、っ!」

大声を上げると胸が痛む。

「大丈夫ですか⁉︎」

「う、うん。さっき、そこのフェンスに、ガーン!って」

集まったみんなの視線が、ぐにゃりと曲がったフェンスに向く。

「ええっ⁉︎いいい一大事では!」

「病院行ってきなよ!」

「いや、いいよ別に。痛み引いてきたし」

「そういう問題じゃないってー!」


 結局、駆けつけてくれたみんなに押し切られて病院に行った。

「ヒビ入ってるけど、ほとんどくっつきかけてるね。だいぶ前にやった感じかな?」

(あの状況で『さっきケガしました』とは言えないよな……)

結局、痛み止めだけもらって帰った。

 そして病院の帰り道。

「おや、先程はどうも」

通り沿いのカフェテラスに、スーツの男が座っていた。

「桂馬さん」

「先程確認を取りました。『選別』を止める方法が一つだけあるようですよ」

「教えてください!お願いします!」

俺は前のめりにテーブルに手をついた。

「貴方が我々の同志となってくれる事です。貴方と、貴方の弟の力は我々にとって大変有用ですから」

「弟……泰樹しんじの事知ってるんですか⁉︎」

「ええ。我々の技術ならば、彼をよみがえらせる事など容易たやすいですから」

泰樹にもう一度会える。話ができる。あの日からずっと望んでいた事だ。

「同志?っていうのになるには……俺は何をしたらいいんですか?」

「そうですね。とりあえず……後顧こうこうれいを断つ為に、家族を殺しましょうか」

「……は?」

「加えて、言霊師ことだまし達もいくらか削れると良いですね。何も火村ほむらやら水面みなもやらの主力でなくても構いません。手奈土の言霊師の首くらいなら貴方でも取れるでしょう」

立ち尽くす俺をよそに、桂馬が言葉を続ける。

「必要無いでしょう?貴方の半身はんしんにも等しい弟を見殺しにした家族も。弟を救わなかった言霊師連中も」

桂馬がうっすらと笑う。細めた目の隙間から見えるひとみと視線が合った。

「……じ」

父さん、母さん、兄さん、樹花、手奈土さん。みんなの顔が頭をよぎる。

「時間を……ください」

「ええ、構いませんよ。先程も申し上げましたが、決行は来週の日曜日。良い返事を期待しております」

桂馬が席を立つ。

「では、私はこれで。失礼致します」

足音が遠ざかっていく。俺は何も考えられなくて立ち尽くしていた。


 食卓に大皿料理が並んでいる。

(5人の命でたくさんの人が救える。どっちを取れば良いって言われたら、間違いなくたくさんの人の方だ)

太樹たいじ、食欲ないのか?」

「あ、うん……。何でもないよ、父さん」

(だけど。殺す?家族を?友達を?)

「疲れてるんでしょう?学校で何かあったみたいだし。早く寝たほうがいいんじゃない?」

「そうしようかな」

(俺は……俺は、どうすれば良いんだろう)

トークアプリの通知音が鳴った。

「練習終わったみたいだな。じゃあ父さん、樹花じゅかの事迎えに行ってくるからな」

そう言って、父さんは車のエンジンをかけに行った。

「……母さん」

「なあに?」

「泰樹に、もう一度会いたい?」

母さんの目に涙が光る。

「当たり前じゃない」

「じゃあ、もし、俺たち3人と父さんを殺して、それで泰樹が帰ってくるとしたら?」

母さんが考え込む。

「それは、イヤ」

「母さんがイヤって言ったら、母さんの知ってる人とかがいっぱい死んじゃっても?それでも?」

「うん。イヤだよ」

母さんが流し台にお皿を持っていく。

「泰樹には帰ってきてほしいけど、他の誰かを犠牲ぎせいにしてまで帰ってきて欲しくはない」

「でも、人がいっぱい死んじゃうんだよ」

「それは、絶対死んじゃうの?」

「それは……」

土砂崩どしゃくずれとかで死んじゃうんだったら、『ここから逃げて!』って呼びかける。病気で死んじゃうんだったら、治す方法を探す。母さんだったら、死んじゃう人を少しでも減らせるように頑張るかな」

何も言えなくなった。

「学校で何かイヤな事でもあった?」

「……ううん、何でもないよ。お風呂入って寝る」

急ぎ足で階段を登る。

「一人で抱え込まないで。ちゃんと相談して」

母さんが言った。

「だって私たち……。世界でたった5だけの、家族じゃない」

(もう4だよ)

のどまで出かかった言葉を、無理やり飲み込んだ。

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