其の十七:秋桜、一閃[5/20(日)]

 「ゔう、うえっ」

唄羽うたはが苦しそうにうめく。

(たすけに、いかんと、はよう)

視界がゆらぐ。脈打つ痛みのせいでうまく立てない。

「ん?まァだ生きてたのか」

男の派手な黄色いスーツが唄羽の視界をさえぎる。

「次で殺してやっから……なァ!」

男が脚を振りかぶる。しかし、その足が唄羽に届く事はなかった。

「やめろ、香車きょうしゃ!」

「……李下りのした、さん」

太樹たいじが香車の脚にしがみついている。

「ジャマだ!」

香車が自由になる方の脚で太樹を蹴り落とそうとする。

「死ね!死ね!死ね!」

「イヤだ!離さない!」

「お前から殺してやるぞ!」

「やってみせろ!」

太樹の声は震えている。

「て、手奈土てなづちさんを殺させたりなんかしない!俺は!絶対に!」

唄羽が、はっと顔を上げた。

(なんの力もない人が、うちを助けようとしてくれてはる)

「なら!お望み通り!殺してやるよ!」

(ここで守られてるだけでええんか、手奈土唄羽!)

唄羽が立ち上がる。

「『お願い』、『秋桜コスモス』」

手に握りしめた守護刀まもりがたなが、白と金のチャクラムに変わる。

「『みんなを助けて』!」

少女は高らかに叫ぶ。少女の体を金色こんじきの光が包んだ。


 一方その頃。

「ほーヂっ!ほしーっ!」

校庭ではモノノケ『七人ミサキ』が観客を取り込もうとしていた。

流石さすが不味まずいな……)

桂馬けいまが組んだ腕を強く握る。

(助けるか?いや、然し)

風を切る音が聞こえる。

「何だ?」

顔を上げると、丸ノコ状の巨大な光が飛んでいた。

「あの光輪こうりん霊力れいりょくで形作られているな。手奈土の当主か!」

光輪がモノノケの腕を切り落としていく。捕えられた観客たちが次々と地面に落ちる。

桜子さくらこさん!」

落ちていく桜子を唄羽が受け止める。

「唄羽……。無事?」

「はい、おかげさんで」

唄羽と桜子がモノノケの前に立つ。

「モノノケに直接触らないで。取り込まれるから」

「わかりました」

桜子が守護刀まもりがたなを拾い上げる。

「やるよ、唄羽!」

「はい。やりましょう桜子さん」

唄羽と桜子が目線めせんを交わす。

「テメェーッ!オレをムシすんじゃあねェー!」

その唄羽の後ろから香車が殴りかかる。

「ブチ殺してやっ……⁉︎」

光輪が香車の正中線せいちゅうせんをえぐる。

「うぎゃーーっ!」

(なんなんだよ、なんなんだよ!さっきまで死にかけだったくせに!なんで立って歩いてんだよ!あんなヤベー攻撃できてんだよ!)

「わっかんねェよぉ……!」

香車は力尽きて崩れ落ちた。

「全く……。モノノケが使役しえき出来ない貴方あなたは、霊力れいりょくが無い一般人も同然なんですから」

桂馬けいまが香車を回収する。

(霊力量に対して攻撃の規模が大きすぎる……?いや、違う。常に霊力を吸い上げながら攻撃を繰り出しているのか!)

「形勢逆転は厳しそうですね。撤退しますか」

助太刀すけだちの必要もなさそうだしな)

桂馬は空中に開いたスキマに香車を放り込んだ。


 唄羽の手元にチャクラムが戻ってくる。

(『触るな』言うても、一体どないしたら……)

考え込んでいる間にもモノノケの攻撃は飛んでくる。

「ほじー!ほーヂー!」

「きゃっ……!」

伸びてきた腕をチャクラムが弾く。

「唄羽!戦うの!」

「た、戦うって……」

「叫んで!」

「叫ぶ……」

唄羽がモノノケを見つめる。

「……『秋桜』!」

チャクラムが応えるように光った。

「『救って』、……『あのモノノケの魂を』!」

唄羽の手の中で、チャクラムが再び光をまとう。

「『お願い』、『秋桜』!」

光輪がモノノケに向かって飛ぶ。

「いーやー!」

モノノケが腕を振り回す。

「やばっ、『金気ごんき障壁しょうへきとなれ』!」

鉄扇てっせんの先端にシールドが展開される。

(防御が追いつかない……なら!)

「『金気ごんきよ。手奈土唄羽と金崎かんざき桜子を、彼らを害するものより守り給え』!」

「じゃ、マァー!」

空中にシールドが浮かび、モノノケの腕を阻む。

「オート防御システム、いっちょ上がりっと。唄羽、思い切りやっちゃって!」

唄羽の手にチャクラムが戻る。

「はい!」

唄羽の周りに再び金色の光が集まる。

「『秋桜よ、かのモノノケの魂を解き放ち給え』!」

唄羽はそう叫んでチャクラムを投げた。

 チャクラムは飛びながら光をまとい、巨大な光輪になる。

「あァーーっ!」

モノノケが何本も腕を伸ばし、観客を取り込もうとする。

「『させない』!」

光輪が飛び回り、腕を全て切り落とした。

「いや、いーヤー……!」

光輪がモノノケに切り込む。

「い、ァ……!」

光輪は回転しながらモノノケを切り裂く。

「ぎっ」

秋桜の刃がモノノケの核を砕いた。

「あ……ああ……」

モノノケが黒いちりになってボロボロと崩れていく。

「……どうか、安らかに」

唄羽はうつむいて、モノノケだったものに手を合わせた。


 結界が破れた。

「あれ?もしかして寝てた?」

「もう1時じゃん、やばー」

人々は何事もなかったように話している。

「犠牲者はいないみたいだね。良かった良かった」

「……助けられへんかった」

唄羽がつぶやいた。

「うん?どうして?」

「『悪魔の胎児』。持ってはった人、助けられへんかった……」

唄羽が崩れ落ちる。

「ちょっと唄羽、大丈夫⁉︎」

返事は無い。倒れ込んだ唄羽は苦しそうに目を閉じている。

「唄羽!唄羽!唄羽ーっ!」

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