其の八:成行小晩餐[5/2(水)]
都内
「悪いな、連休中にやる展示会の準備手伝わせちゃって」
「いいえ。
保護者である
「よし、だいたいOKだな。唄羽がきてくれたおかげで早く終わったよ。ありがとう」
「いえ。……うち、なんもお役に立てへんかったですね」
「そんな事ないって」
ギャラリーのドアが開いた。
「やーやー、お疲れちゃんだね
ギャラリーに男性が入ってきた。アロハシャツとジーンズ、頭にはカンカン帽。帽子が乗った白髪と、アゴと口元に蓄えたヒゲからは想像もつかない活力に満ちあふれた声だ。
「
「お知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、今準備してるのが香炉峰先生の展示会だよ。俺はスペース借りてるだけ」
「へえ」
香炉峰はギャラリーをぐるっと1周する。
「うん!バッチシ。
『画竜』というのは清森の書道パフォーマーとしての芸名だ。
「そんな事ないっすよ」
「バイトちゃんもお疲れ!ガッコー帰りで力仕事はキツかったでしょ」
「いえ、大したお手伝いもできませんで」
「二人ともケンソンしないで!ボクだけでやってたら夜が明けちゃってたところだよ。ハハハ!」
時刻は夜6時過ぎ。まだ夜も早い時間帯だ。
「ほい、これバイト代。課金に突っ込んじゃダメだよ〜?」
香炉峰が清森と唄羽の手に一万円札を握らせる。
「こ、こないにもらえません」
「いいのいいの。若人は万年金欠でしょ?」
「でも」
「それに、こういうのは断る方が失礼なモンなんだよ」
「そうなんですね……。ほな、ちょうだいいたします」
「ハハハ、そんなかしこまんなくたっていいよぉ」
着信音が鳴る。
「もしもしー?うんうん、了解了解。じゃ!」
通話を切った香炉峰は、ギャラリーのドアの方へ振り向いた。
「時間押してるからそろそろ失敬させてもらうよ〜。画竜クン、また明日!寝坊しないでネ?」
「しませんよ!」
香炉峰が去り、ギャラリーはしんと静まり返った。
「あー、バイト代でメシでも食いにいくか?」
清森の端末に着信が入った。
「
[もしもし。唄羽、聞こえるか?]
「はい」
[今いるのは『撥簾看』か?]
「そうそう、香炉峰先生のギャラリー」
[そうか。なら、夕食を食べに来ないか?]
「ええんですか?」
[
「そういう事なら
[六本木の『
「了解。今から行くわ」
ナビアプリの案内を頼りにたどり着いたのは、高級そうな雰囲気のレストランだった。
「ドレスコードとか必要なタイプの店じゃねぇの⁉︎」
2人が困惑している脇でウェイターがドアを開けた。
「
「はい。そうですけど」
「どうぞお入り下さい。本日は貸切となっております」
「か、貸切⁉︎」
ドアを開けると、1テーブルだけのこぢんまりとした店内だった。
「すまない、呼びつけてしまって」
「いいよ別に」
守ノ神の隣にはスーツを着た男が座っている。
「ああ。こちらは
「どうも」
「ど、どうも」
「まあ、座ってくれ」
清森と唄羽が席に着くと、炭酸水とグラスが運ばれてきた。
「ここ、めっちゃ良い店じゃん。守ノ神はいつもこんな所でメシ食ってんのかよ」
「
「あの、これ、お代は……?」
「こちらで持ちますよ。フードロス削減と思って、どうぞ召し上がっちゃって下さい」
「じゃあ、いただきます」
カトラリーがこすれ合う音が静かな店内で際立つ。
「学校ではうまくやれてるか?いじめられたり嫌がらせを受けていたりはしないか?」
「はい。友だちもできましたし、部活も行ってますし」
「そうか。なら良かった」
皿が下げられ、新じゃがのポタージュが出される。
「お前こそ、こんなトコでのんきに飯食ってていいのかよ」
「元々、商談のためにスケジュールは空けていたからな」
「さっきまでバラエティの収録、この後は新曲のレコーディング。スケジュール調整だって楽じゃないんですから」
清水が肩をすくめる。
「お仕事、大変なんですね」
「家族のためだからな。まだ芸歴も浅いし、今はとにかく顔を売らないと」
「これ以上有名になってどうすんだよ守ノ神は」
「今度の連休は何か予定はあるのか?」
「俺はずっと展示会にいるよ」
「そうか。唄羽はどうだ?」
「いや。特には」
「なるほど」
守ノ神がタブレットを差し出す。
「『
「私が所属している事務所が遊園地とコラボするらしくてな。実況者やら配信者やらのグッズがもらえるらしい」
「ふーん」
口直しのレモンソルベを食べながら、清森はイベントの特設ページをスクロールする。
「こら、行儀が悪いぞ」
「ふーん。『デスストリーム』に『ういえんみー』、結構いいメンツじゃん」
どれも有名な配信者ユニットだ。
「おっ、『バーニング⭐︎サムライ』もいるぜ」
「えっ!」
唄羽が身を乗り出したところに、
「あ、すんまへん……」
「失礼いたしました。こちら鹿肉のローストでございます」
唄羽は姿勢を直してカトラリーを手に取った。
(バーニング⭐︎サムライのグッズ……!)
ロースト肉を食べながらも、彼女の頭は連休のイベントでいっぱいだった。
ディナーが終わり、守ノ神は仕事に戻っていった。
「美味かったですね」
「うん。でもさすがに緊張したな」
「さいでっか?」
「そりゃあ、唄羽は慣れてるだろ」
唄羽は小走りで渡り廊下に向かった。手には端末が握られている。
[はい、
「もしもし?」
[どうしたんですか、こんな遅くに]
「その……」
恥じらいを振り払い、彼女は声を上げた。
「うちと、遊園地に来てくれませんか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます