第二章:特定霊具に関するヒアリング
第5話:再会、そして帰宅[4/8(日)]
「
警察署に入ると、女性の警官さんが案内してくれた。
「こちらです」
部屋の上には『霊安室』と書かれていた。
「父さん」
言葉が詰まる。
「ここで待ってるか?」
首を横に振った。
「俺も、行く」
重いドアを開ける。家族みんなが揃っていた。
「
部屋の中央に泰樹が眠っていた。
「さっきまで司法解剖に行ってて。本当に、太樹がくるほんの少し前に帰ってきて」
母さんは泣きながら声を絞り出していた。
「母さん。落ち着いて、深呼吸して」
兄さんが母さんの背中をさすっている。
「泰樹、泰樹、どうして、どうして……」
「落ち着いて母さん。大丈夫、大丈夫だから」
「
「なんでこんな時に死んでんの!
大声で叫びながら泰樹が寝ている台を蹴飛ばす。
「やめなさい!」
父さんが止めようとする。
「バカ!バカ!勝手に死なないでよ!うわーん!」
俺は泰樹の枕元に立った。
「泰樹」
どす黒くなった顔はミイラみたいに痩せこけていた。
「なあ、泰樹」
泰樹の手を握った。じんわりと冷たかった。手を握った時に伝わる温かさが、そのまま冷たさに置き換わっているような感じだった。
「泰樹……」
涙が止まらなくなっていた。胸がぎりぎりと締め付けられる。
「泰樹、泰樹、聞こえてるんだろ、なあ」
どんなに呼んでも返事は帰ってこない。誰も現実を受け入れることができなかった。
母さんが警察の人に呼ばれた。
「ごめん、ちょっと行ってくるから」
母さんはドアを開けて廊下に出た。
「……そんな、ネグレクトなんて!」
母さんの叫び声がドアの向こうから漏れてきた。
「ちゃんと朝昼晩ご飯を食べさせてました。朝晩は軽食を部屋に持っていってたし、昼ご飯だって用意した分食べてくれてました」
「しかし、ご遺体は極度の飢餓状態でした」
知らない男の人の声が聞こえる。
「とにかく、私はちゃんと泰樹にご飯を食べさせてました。それなのにどうして……」
「疑うような質問をして申し訳ありません。ご協力ありがとうございました」
泣き崩れる母さんに動揺したのだろうか。早々に質問は切り上げられた。
「おかえり母さん」
「どうして私たち家族が疑われなきゃいけないの?大事な我が子がいなくなったと思ったら今度はこんなになって見つかって、その上育児放棄まで疑われて」
「母さん」
「私たちが何をしたっていうの?どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないの?ねえどうして、どうして……」
あんなに取り乱している母さん、今まで見たことがない。
「俺、ちょっとトイレ」
なんだか居心地が悪くて、俺は部屋から逃げ出した。
俺はトイレの個室にこもっていた。
(戻りたくないな……。しばらくここでじっとしていよう)
床に膝を抱えて座り込む。何かをする気も起きなかった。
「お前、捜索隊だったんだろ?どうだった」
「いやー、どうもこうもねぇさ。どうせいつものごとくただの家出だろうと話半分で探してたんだけどさ。ツイてないな、俺死体見つけちまって。そっからはもうてんやわんやだよ」
人の話し声が聞こえる。
「で、どこで見つかったんだよ」
「ホムラ様のお屋敷に行く道あるだろ」
「あるな」
「そこからハイキングコースが出てるだろ?そこの中腹の、ベンチとかあるところの近く」
「あー」
(『ホムラ様』?人の名前かな)
泰樹に関わりのあることかもしれない。もう少し聞いてみよう。
「しっかし、酷かったぜアレは」
「俺もちらっと見たけど、酷かったな。見ててかわいそうになるくらいガリガリで」
「親御さんがいうには、前の日の夜までは普通だったらしい」
「じゃあ一晩であんなになっちまったのか。なんでだろうな」
(警察の人たちでもわからないんだ……)
どちらかの男の人がため息をついた。
「それにしても、なんなんだアイツらは!本庁から出張ってきたと思ったら横からうちのヤマ掻っ攫いやがって!」
「それな。司法解剖も現場検証も全部横取りされたもんなあ」
「あーあ、骨折り損のなんとやらだ」
(『アイツら』……。『本庁』ってことは、都心の方の人かな。なんでわざわざこんな山奥に?)
「さて、戻るか」
「おー。あんまりサボってると課長にカミナリ落とされるからなあ」
ドアが閉じる音がした。
(何かわかるかもしれないと思って聞いてたけど。謎が増えただけだったな)
どうして山奥で見つかったのか。どうして一晩で急激に痩せたのか。都心から来た捜査官――かもしれない人たち。わからないことがどんどん増えていく。
霊安室に戻ると誰もいなかった。
「きみ、李下さんのご家族?」
入り口に立っていた警官さんに声をかけられた。
「はい、そうです」
「ご遺体、お家に返すらしいよ」
「今どこにいるんですか?」
「まだ駐車場にいると思うよ。さすがに自分とこの子を置いて帰っちゃったはしないでしょ」
「ありがとうございます」
走って駐車場に向かう。大丈夫。まだ走れるくらいの気力は残っている。
駐車場についた。
「おっ、おかえりー」
「あんまり帰ってこないから、みんなで心配してたんだぞ」
「あはは、ごめんごめん」
(俺がいない間に、いろんな手続きとかしてたのかな)
申し訳なさで少し胸が痛んだ。
「帰ろっか」
うちの車はワゴン車だ。運転は父さんか母さんで、運転していない方が助手席。兄さんと樹花が前側の席で、俺と泰樹が後ろの席、だった。
「広いな」
車が走り出す。
「後ろの車、なんかずっとついてきてない?」
前にいる兄さんにこっそり話しかけた。
「泰樹が乗ってるんだ、あのワゴン車」
兄さんは振り向かずに答えた。
「……そっ、か」
誰も話そうとしなかった。俺は何をしていいかわからなくて、ただぼんやりと外を見つめていた。
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