第4話:登校初日[4/8(日)]

 正門の前で降りると、もうかなりの人だかりができていた。

「太樹。あの看板と並んで写真撮ろう」

『私立もりの高校 入学式』と書かれた看板がある。看板の前には新入生が山のようにいる。

「いいね!超カワイイぞー!」

「お母さーん、終わったらカラオケ行ってもいい?」

親子の楽しそうな会話が聞こえてくる。

「太樹ー!ほら、笑って笑って!」

俺は少しだけ口角を上げた。作り笑いはブサイクになるから嫌いだ。


 入学式なんてちっとも面白くない。

「新入生挨拶。新入生代表として、内房うちぼう けん

「はい!」

四角いメガネに校則のお手本みたいな髪。いかにも優等生な感じのやつが壇上に上がる。

「春の日差しが暖かく、桜が咲き誇る今日、私たちは……」

いろんな人が壇上で話す。その話も全然頭に入ってこない。

(まだ父さんと母さんは泰樹しんじの事探しているのかな。ちゃんとご飯食べたかな)

「祝電披露。代読させていただきます……」

(泰樹はお腹空かせてないかな。おにぎり一個で一晩中歩き回るなんて無茶だよ。それとも何か買って食べたのかな。アイツの財布と端末、部屋に残ってたっけ……?)

考え事をしているうちに、入学式は何事もなく終わった。


 先生に案内されて教室に向かう。

「1年1組の生徒は私に付いてきてくださいね」

定員80名で一学年4クラス。だいたい一クラスに20人だから、教室はかなりスカスカだ。机にそれぞれの名前が書かれたふせんが貼られていた。

(教室の一番後ろ、ドアの近く……。まあ、悪くはないか)

「お隣、いいですか?」

隣の席の人に声をかけられる。

「あっ」

昨日の女の子だった。

「うち、手奈土てなづち 唄羽うたはです」

「り、李下りのした 太樹たいじです。よろしく」

「こちらこそ、これからよろしゅ……、じゃなくて。よろしくお願い、します」

関西弁を無理に直しているような話し方だ。

「あの」

「はい?」

「昨日の夜、奥多摩の方で……」

「なになにー?ここ二人って知り合いなの?」

斜め前の席から声をかけられた。

「あ、自己紹介してなかったね。ボク、手戸てど 牙央がお!さっき代表挨拶してた子、ボクの幼馴染なんだ。すごくない?」

「あ、はい。そうですね」

「で。キミとキミって知り合いなの?」

手戸は俺と手奈土さんを指差す。

「俺、『キミ』なんて名前じゃないです」

「あはは、ゴメンゴメン!なんていうの?」

「え?」

「だから!キミの名前、教えてよ!」

爽やかな声なのに妙にイライラする。そんなにイケメンでもないのに茶髪ロングでイケメンぶってるのも腹立つ。

「……はい」

俺は机に貼られていた紙をひっぺがして手戸に渡した。

「ふむふむ。スモモシタ タイジュくんっていうんだー」

「『りのした たいじ』です」

「で?そっちのキミはなんていうの?」

「あっ。手奈土 唄羽、です」

「ウタハちゃん!カワイイ名前だね!やっぱカワイイ子って名前からカワイイのかなー」

「あ、あはは……」

手奈土さんが苦笑している。

「おい、アンタ」

手戸の左肩がわしづかみにされる。

「アタシ、ラカム あんって言ういうんだけどさ。アタシはどう?カワイイ?」

「わっ、めっちゃカワイイじゃーん!」

「でしょー!でも、姉貴のが断然カワイイから!」

「えーマジで⁉︎紹介してよ!」

前の席にいる二人の話し声が頭に響く。

「あ、それでさ……。アレ?タイジくんは?」

「さあ?トイレじゃねーの?」

吐き気がしてきた。耐えきれなくなって廊下に出た。

「李下さん、大丈夫?」

先生に声をかけられた。

「大丈夫です」

「顔が真っ白だよ」

「そうですか?」

「うん。少し保健室で休んだほうがいい」

「はい、ありがとうございます」

先生に保健室に連れていってもらった。


 保健室はがらんとしていた。

「それでは、よろしく頼みます」

(はあ……。まさか入学早々体調不良なんて)

「緊張が緩んで体調悪くなっちゃったのかもね。今日はお父さんかお母さんと一緒に来たの?」

保健室の先生に聞かれた。おばちゃん先生だった。

「いいえ。きょうだいが来てくれてます」

「うーん。お父さんかお母さん、迎えに来れそう?」

「あ、いや……」

泰樹が見つかったら迎えに来てくれるのだろうか。一体いつになるのか見当もつかない。

「わからない、です」

「そっか。じゃあ、しばらくゆっくりしてなよ」


 しばらく休んでから保健室を出た。みんな帰る準備をしていた。

「ねえねえ、ちょっといい?」

手戸が話しかけてきた。

「クラスのグループ作ったんだ。入る?」

手戸が持っている端末を見せる。

[もりの1-1(12)]

もうクラスの半分近くが参加している。

「今はいいや」

落ち着いてはきたけど、まだ少し具合が悪い。例えテキスト上でも誰かと話せる気分じゃない。

「じゃ、入りたくなったら声かけてね!あ、そういえば、さっき教室でこんな事があってさ……」

そう切り出して彼は話し始めた。

「ボク、ウタハちゃんにも声かけたんだよ。

『クラスのグループ作ったんだ。唄羽ちゃんもグループ入る?』

『あ、いや……』

そしたら彼女、なんか口ごもっちゃってさ。

『もしかして、こういう端末持ってない?』

『いいえ、持ってはいるんですけど。新しいアプリ入れようとすると、ロックが』

ざっと見ただけでもデフォルトのアプリしか入ってなくてさ。それでアンちゃん、さっき廊下で会ったら

『もう高校生なのに、さすがにちょっとカホゴだろ!ドクオヤだぜ、ドクオヤ!』

って。もう激おこだよ」

「なんで、その話を俺に?」

「いや、明日話す時にタイジくんだけ置いてけぼりはかわいそうだなーって思って」

たしかに、学校を休んだ日に起こった事で周りが盛り上がってるのはなんかイヤだ。

「手戸さん、意外といい人なんですね」

「エヘヘ、ほめてもなんにも出ないよ〜?」

チャラい見た目に反してすごく気づかいの出来る人だ。


 ホームルームが終わった。明日が始業式で、本格的に授業が始まるのは明後日からだ。

「父さんに連絡しよう」

エントランスではたくさんの生徒が端末を手に取っている。トークアプリでメッセージを送っている人。通話をしている人。俺も端末の電源を入れた。

[不在着信(9)]

発信者は父さんだった。

「もしもし」

「太樹!今どこだ⁉︎」

「どこって……学校だけど」

「そうか。正門前にいるから来てくれ」

「うん。わかった」


 門の前に父さんの車が止まっていた。

「乗りなさい」

「うん」

後部座席にバッグを投げる。シートベルトを閉めるとすぐさま車が走り出した。

「どうしたの?なんか焦ってたけど」

エンジンの音がうるさく感じる。

「……泰樹しんじが、見つかった」

フロントミラーに父さんの顔が映る。暗く沈んだ顔だった。

「どこに行くの?」

「……」

「兄さんと樹花がいないけど。先に帰ったの?」

「……」

「ねえ、泰樹に何かあったの?」

父さんは何も答えてくれない。なんだか嫌な予感がしてきた。


 車が止まった。永遠に走り続けるような気持ちだった。

『奥多摩警察署』

「さあ、降りなさい」

もしかしたら、嫌な予感が的中したかもしれない。車から降りる足がとてつもなく重く感じた。

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