第22話:中間テストがやってくる[6/4(月)]

 雨がうっすら降る月曜日。教室、いや、学校全体がピリピリしている。

「そろそろタブレットしまったら?」

「いや、まだ5分あるし」

そう、中間テストだ。高校生も付属中生も、一斉に自分の頭の出来を強制的に突きつけられる。テストが好きなやつなんてこの世にいないだろう。

「いやー、高校最初のテスト!中学より難化なんかするとは聞いていますが、一体どれほどまでなのか。ワクワクしてきました!」

「ちょっ、ボーケン声デカいって……!」

……まあ、何事も例外はあるよな、うん。

「お勉強、してきはりました?」

「まあ、一応。そういう手奈土さんは?1週間休んでたわけだし」

「家でできるくらいの事は」

「そっか。なら良かった」

教室に先生が入ってくる。

「テストを始めるぞ。タブレットの画面がロックされたら、ペンと計算用紙以外は机に出さないように」

泣いても叫んでもテストは待ってくれない。みんな諦めて勉強道具を机の中にしまった。


 テスト期間中は部活動が停止になる。

「公園でランニングするってさ」

「えー、ダル」

「ゲーセン行こうぜー」

「カラオケのがよくね?」

学校の外で集まって自主的に部活をする人たちもいれば、遊び歩く人たちもいる。

「じゃあ俺、ユースの練習行ってくるから。太樹たいじは先帰ってていいよ」

「うん。気をつけてね、兄さん」

たいちゃーん、アタシ空手部のみんなと自主練しに行ってくるから」

「気をつけて帰ってこいよ、樹花じゅか

そうでない人たちは、帰って勉強するかゲームするかだ。

「あっ、う、唄羽うたはちゃん。ここ、この後、って……」

レンさんが話しかけてくる。

「なんも。どないしようかなとは思てましたけど」

「じゃ、じゃあ。駅前のシャンゼでテスト勉強、しない?家に一人でいると、全然進まないだろうし」

「ええですよ。李下さんも来ます?」

「俺もついて行こうかな。家にいても気が散るし」


 店内に入る。

「注文を記入してお待ちください」

遠目から見ても、深い赤色のブレザーが目立つ。

「みんな考える事はいっしょか」

順番を待っていると、後ろから肩を叩かれた。

「やっほ〜。お疲れ〜」

「お疲れ様です!」

手戸てどくん。それに内房うちぼうくんも」

「テス勉しにきたの?」

「うん。二人も?」

そんな話をしていると、店員さんが駆け寄ってきた。

「申し訳ございません。ただいま混み合っておりまして、53番のお客様とご一緒のご案内でもよろしいでしょうか?」

「53番?」

「ボクたちだよ〜」

後ろで手戸くんがヒラヒラと手を振った。

「レンちゃん、どないしよ」

「うーん……」

レンさんが手戸くんたちの方を見る。

「まあ。あの二人なら、いっかな」

「ほな、相席でお願いします」

「かしこまりました。それでは5名様ご案内しますね」


 ソファーの角のテーブル席に案内される。

「じゃあボクお水とってくるね〜」

「ドリンクバーは頼みますか?」

「あ、俺もドリンクバー」

「私も……」

「ほな、うちも」

「ドリンクバー4つですね、了解です。すいませーん!」

店員さんが注文票を持っていく。

(飲み物取ってきたら、料理くるまで軽く勉強しようかな)

「おーい!」

隣のテーブルから声をかけられる。

「オマエらも来てたのかよ。言ってくれりゃ良かったのに」

あんさん」

「おう!姉貴らも来てるぜ」

「団ちょ、じゃなくて、芽亜里めあり先輩と……」

「リョウちゃん先輩だな」

「副団長?」

隣のテーブルを見る。確かに、芽亜里先輩によりそうようにリョウ先輩が座っている。

「勇気出して、テスト受けに学校来れたんだな。えらいよ、リョウは」

「ううっ、ぐすっ……」

リョウ先輩が泣いている。

「……何かあったの?」

おなクラの仲良しのコが死んで?それがショックで学校来れなくなった?んだとさ」

「それって、小上おがみ先輩?」

『君は、被害者ひがいしゃ――小上おがみ ごうさんが亡くなられる瞬間しゅんかん目撃もくげきしたと聞いている』

確か体育祭の日の午後に聞いた話に出てきた人だ。

「うん。けっこー仲良かったらしくて。でも、ウワサじゃ死体がミイラみたいになってたって聞くし……。多分、相当キてると思うぜ」

「そっか」

頭の中に泰樹しんじだったモノのイメージが浮かぶ。

「……わかるよ、その気持ち」

「テメっ、そんな簡単に『わかる』なんて……!」

「俺の、兄弟も、そうだから」

つかみかかろうとした杏さんが動きを止める。

「『そう』って、どういう」

「急にいなくなって、次会った時には、もう……」

話しているうちに声が出なくなる。

「あーあー、泣くんならあっちに行ってろ!席代われ!」

杏さんが俺を芽亜里さんのテーブルに押しのけた。

「……あの、リョウ先輩」

先輩が顔を上げた。

「聞こえてた。……話、聞いてくれる?」

俺は何も言わずにうなずいた。


 「わ、私、ごうが、イジメられたの知ってた。でも、イジメてたのがクラスの大きめのグループだったから。かばったりしたら、豪の次は私だ、って思って。だから、だから私、豪を見捨てて……ううー!」

リョウ先輩は脇目も降らずに泣いている。

「あ〜、これ、太樹クンが頼んだヤツ。置いとくね……」

手戸くんがおそるおそる料理をテーブルに移動させた。

(ごめん、手戸くん……)

「リョウ先輩。俺の兄弟も、同じようになったんです」

「……え?」

「辛い事を思い出させるかもしれません。でも、聞かせてください」

俺はテーブルの下で拳を握りしめる。

「小上先輩、変なお守りみたいなものを持ち歩いてましたよね、どこで手に入れたかわかりますか?」

店内の雑音が耳につく。

「……ウルカイで、買ったって」

リョウ先輩が涙をポロポロとこぼしながら言った。

(ウルカイ……フリマアプリか。泰樹は『スキャッターで配ってた』って言ってたから、別の人かもな)

「……アンタも詮索せんさくがしてぇのか?なら、とっとと失せな」

芽亜里先輩がリョウ先輩を抱き寄せる。

「いえ。……力になれればと思っただけです。もう戻ります」


 料理の皿とグラスを持ってテーブルに戻る。

「んあ?なんだよ、もう帰って来やがったのかよ」

杏さんは壁沿いのソファに足を伸ばしてくつろいでいた。

「あのぅ……りりり李下りのした君も戻ってきたし、も、元の席に……」

レンさんが隅っこに寄っている。かわいそうに。

「んじゃ、アタシ戻るぜ。勉強頑張れよ!」

こうして、壁際のテーブルに再び平穏が訪れた。

「人騒がせな人ですね」

「あんくらい賑やかな方がええんと違います?ほら、よく『暗い美人より明るい……』って言いますし」

「え?聞いたことないけど」

みんな机にタブレットを出している。

「え、ご飯食べてないの俺だけ?」

俺以外の4人がいっせいにうなずいた。


 その日の夜。

[せやから、これがさっきの文にかかってて……]

[今出した値を先程の式に代入すれば良いだけですよ]

グループトークのビデオ通話を使って、オンライン勉強会をしている最中だった。

[「Ann」が通話に参加しました]

杏さんの画面はめちゃくちゃに手ブレしている。

[あれ?杏チャンどうしたの〜?]

手戸くんが聞く。

[た……助けてくれ!姉貴が、姉貴が……!]

この必死な叫びが、俺の人生で二番目に長い夜の始まりだった。

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