第五章:変異型怪異『コインロッカーベイビー』調伏の記録

其の十八:夜廻徒然昔話[6/2(土)]

 夜遅く、時計の針は天井を指そうという時間。

「なんで小学生ガキ呪具じゅぐなんか持ってんだよ!」

清森きよもりを始めとした言霊師ことだましたちにとってはゴールデンタイムである。

「だって、ミーチューブじゃ魚まで変形させたらどうなるかわかんなかったんだもん」

「そんな興味本位で呪具を作るな!」

「作ったんじゃないよ、ウルカイで買ったんだよ」

「なお悪いわ!そんなもんフリマアプリで買うな!」

調伏装束ちょうふくしょうぞく姿の清森が、開いたまどにしゃがみ込んでいる。

「とにかく、これは没収!払った分のお金は立て替えてやるから。あと厄除やくよけのおふだも渡しとくから、1週間置いたら燃えるゴミに出して捨てるんだぞ」

「はぁーい」

少年はしょぼくれた声で返事をした。


 深夜の住宅街。清森は家路いえじに着きながら頭をいた。

「イマドキは呪具もネット通販か……。買う方も買う方だが、売る方も売る方だわな」

体育祭での騒ぎから2週間。火村ほむら屋敷の人たちも日常生活を取り戻しつつあった。

「しかしまあ、こんな緻密ちみつな呪具を作れる言霊師ヤツがその辺にいるとはねぇ……。末恐ろしいな、全く」

清森とスーツの男がすれ違う。お互いの肩が軽くぶつかった。

「あっ、すいません」

(こんな夜更けにスーツの男……?仕事帰りかな)

そう思ったが、清森は自分が調伏装束を着ている事を思い出した。

(いや、装束着てたら普通の人には見えないんだよ!)

「おい、アンタいったい……⁉︎」

男の姿はいつの間にか消えていた。

「何なんだよ、いったい」

清森のはかま短冊たんざくが差し込まれている。

「ん?なんだこりゃ」

短冊に墨字すみじで何か書かれている。

垂乳根たらちねの 母の背中を 追い求め わらべ泣きけし 日曜のいち

「5・7・5・7・7……。短歌たんかか、これ」

短冊にはわずかにモクの気が宿っている。

「……リンか」

清森は短冊をふところにしまう。

「よし、直帰ちょっきするか」


 火村屋敷に戻ってきた清森。

薬研やげんさん、ちょっとくら行ってくる」

「ああ、筆化物ふでばけもののお使いに行ってきたんでしたっけ。どうぞどうぞ。終わったらかぎは閉めて下せぇね」

「了解」

 山沿いの蔵には、ぎっしりと和綴わとじの本が収められている。

「右手さーん。これ、言われてたやつ」

蔵の中央に奇妙なモノがいる。筆に異形いぎょうの右手首から下が癒着ゆちゃくしているような何かだ。

『ああ、ありがとうございます』

文机ふづくえに置かれた半紙に、『右手さん』と呼ばれた異形が筆を走らせる。

「ここに置いとくぜ」

右手さんが正二十面体の木工細工もっこうざいくを手にとる。

『おおー、これが噂の「リンフォン」ですか』

右手さんが半紙にスラスラと文字を書く。

「これも元ネタは『洒落怖しゃれこわ』ってやつだっけ?」

『はい。たける君からお話を伺ってから、もう気になって気になってしょうがなくて。実物を見られて嬉しいです』

「つっても本物じゃないんだろ?元々が作り話なんだし」

『しかし、ここ最近はその「作り話」が次々とモノノケになっているわけですから。全てのモノノケを把握はあくするためには、やはり原典げんてんを押さえておかないと』

「ふーん。勉強熱心なんだな、右手さん」

右手さんを後目しりめに、清森は先ほどの短冊を手にとる。

『おや、お手紙ですか?』

「うん、リンから」

『リン。木戸きど分家、岡山の猿山えんざん家のりん君ですね』

「ん」

清森が短冊を握りしめると、脳裏のうりに林の声が聞こえてくる。

御本家ごほんけ様、お久しゅう御座います。

「サバイバーズ・ギルド」構成員の一人が都内の地下に拠点きょてんを作り、呪具「悪魔の胎児Diaboli Foetus」の「材料集め」と称して婦女ふじょかどわかしております。

23区内、竹下通りの廃ビルに拠点があるようです。

然しながら、何かの結界けっかいがある様で現地に行っても見つける事は叶いませんでした。

特殊な方法をもって行かなければならない様ですが、その方法は依然いぜんとして不明です。

以上』

「うーん、なるほどな……」

清森が頭を掻く。

『いつもの定期報告ですか』

「うん。メンバーの刻印こくいんで会話も念話ねんわ傍受ぼうじゅされるから、わざわざ短歌に言霊ことだまを込めてメッセージを送ってくれてるんだよ」

短冊がボロボロと崩れ、跡形もなく消えた。

『林君、ずいぶんと清森君に懐いていますよね。年が近いからですか?』

「うーん、それもあるんだけどさ……」

清森が言葉に詰まる。

『何かエピソードが?ぜひ聞かせて下さい』

「右手さん、めっちゃ前のめりだな。こういうゴシップとか好きなの?」

『いいえ。言霊師のエピソードを蒐集しゅうしゅうするのも私の役目ですから』

「ハア……。少し長くなるし、グロい話だけど大丈夫?」

『構いませんよ。そもそも、言霊師のエピソードなんて大概たいがいがそんなものですから』

それを聞いた清森が、静かに話し始めた。


 「俺は木戸家……中国・四国地方の言霊師をまとめる家の跡取りなんだけどさ。千秋ちあきっていう同い年の従姉妹いとこがいて、しかもそいつと俺はほとんど同じスペックなんだよ。

 そのせいで、俺と千秋のどっちが木戸家を継ぐかで揉めてたんだよ。それこそ、俺らが高校卒業するまでは毎年のように当主の座を賭けて二人で決闘けっとうしてた訳だし。

 そんな感じで、本家の人らが内輪もめしてたらさ。野心のある分家が漁夫ぎょふを狙いにくるじゃん。リンはそういう手の家の子だったんだよ。

 猿山えんざん家は岡山の分家。そこの爺さん婆さんがめちゃくちゃ野心家でさ。大金を積んで、強い血筋のオッサンと自分の娘の子供を無理やり作らせたんだって。その子供がリン。

 強い言霊師の血を引いてるってのもあるけど、リンはめちゃくちゃ強い力を持って生まれてきた。正直、俺なんかよりもずっと強い。……まあ、さすがに武には負けるけど。

 リンは、物心ついた頃から猿山の爺さん婆さんにしごかれまくってたらしい。血を吐くまで鍛錬たんれんしまくって、そうしてリンは特別な術を編み出した。それが『歌詠うたよみ』。言霊を込めた短歌を紙に書いて、それを使って攻撃したり回復をしたりする。一番すごいのは、巻物に短歌を百個書いて作る『一人百首いちにんひゃくしゅ』。一本作るのに1年くらいかかるんだってさ。

 ごめんごめん、話が逸れた。……まあ、そんな強い孫息子が育てば、下剋上げこくじょうくらい考えるよな。実際、リンは爺さん婆さんに命令されて俺を殺しにきた。俺が15歳、アイツはまだ12歳の正月だったっけ。

 その時のリンは、爺さん婆さんの操り人形みたいなもんだった。巻物持って宴会えんかいに乱入してきた。……まあ、すぐに大人たちに取り押さえられたんだけどな。

 そこで俺は聞いたんだ。

『何しに来たの?』

アイツは答えた。

『木戸のすえを殺しに来た』

それで、リンがあんまりガリガリだったからさ。俺、リンを宴会の席に座らせたんだって。

『どうして私を宴席えんせきに招くのですか?私は貴方あなたを殺しに来たのですよ』

『そんなの関係ないよ。メシ食わないと死んじゃうんだぞ』

後でリンに聞いたら、あの時に俺にれたんだってさ。『一生この人について行こう』って」

『しかし、謀反むほんは原則族滅ぞくめつですよね?どうして林君は生きているのですか?』

右手さんが問いかける。

「俺が頭下げて頼み込んだんだよ。『リンは爺さん婆さんに洗脳されてただけだ。こいつは俺が責任持って更生こうせいさせるから』って」

『何か、助命じょめいする条件があるのでしょう?』

「うん。

謀反人むほんにんの祖父母を自らの手で殺す事

・今後一生木戸家に仕える事

・常に木戸家の監視のもとにいる事

・木戸家のためにその命全てを捧げる事

……だったっけ。しばりをかけたのはうちのじいちゃんだから、細かい事は覚えてないんだよな」

『なるほど。林君が斥候せっこうを務めているのは、そういう経緯けいいだったのですね』

「うん。なんでも、助命の条件で爺さん婆さんを殺したのがきっかけで『サバイバーズ・ギルド』に招かれたって言ってたよ」

『「サバイバーズ・ギルド」の加入条件は親殺し、という事ですか?』

「らしいな」

清森が立ち上がる。

「そろそろ戻るよ。長話してたら腹減っちゃった」

『お疲れ様でございました。おかげで、言霊師エピソードがうるおいました』


 庭に出て、道場を通って台所に向かう。

「おはようございます」

「お、唄羽うたは。おはよう」

唄羽をバックハグするような体勢で、大柄おおがらの男がくっついている。

「武……。もう唄羽は回復したんだし、霊力れいりょくを流してやらなくてもいいんじゃないの?」

「唄羽は……唄羽は俺が守護まもるんだ……。俺が目を離したからあんな事になったから、俺が……」

武の目の下のクマは、いつもより一段と濃くなっている。

「たけさん、落ち込んではるから。気ぃ済むまでやらしてやってください」

「年下に気ぃ遣わせるなって……。唄羽ももうすぐ期末テストだろうし、ちゃんとテスト勉強させてやれよ」

「うん……。良いんだよ、俺の自己満じこまんなんだから……」

「えへへ……」

清森と唄羽は少し困ったように笑う。早朝の光が青年たちを照らしていた。

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