第21話:昼下がりの事情聴取[5/20(日)]
廊下の突き当たりの広間に案内される。
「今お茶とお菓子持ってきやすからね。お待ち下せぇ」
(そこまでしてもらわなくてもいいのに……)
落ち着かない。
「きみ、送ってもらってきたの?」
「ぎゃっ⁉︎」
誰もいないと思っていたから、急に話しかけられてびっくりした。
「い、家から、歩いて」
「えー、すごいねえ。だって、ここの坂けっこうキツいでしょ」
「そうですね」
スーツを着た二人組の男の人。
「俺らは車で来たんだけど、坂がきつすぎて途中で登れなくなっちゃってさあ……」
「
奥にいる落ち着いた人が、手前の話しかけてくる人に向かって言った。
「あっ。ごめんね、あいさつもしないで」
反田さんがスーツの内側から何かを取り出す。
「俺ら、こういうもんです」
『
『警視庁』
一瞬ちらっと見えた文字を読み取る。俺はこの人たちが誰なのか理解した。
「け……警察……」
「今日、
反田さんが言っている『ご遺体』。多分、『悪魔の胎児』に殺されたあの先輩だ。
「こっ、殺してません!俺は!」
「そんな
「君は、
「
後ろにいた人が反田さんと俺の間に割って入る。
「
「北岡さん。非公式って、どういう事ですか?」
俺が質問すると、二人は顔を見合わせた。
「じ、実は……」
「反田、少し
「えっ?」
「この件に関しては俺から説明する」
「わかりました」
反田さんが部屋を出ていった。
「さて……」
北岡さんが俺に向き直る。
「この件は、
「トッカイ……」
「ああ。モノノケや『マルゴン』――
「法で裁けないって……。じゃあ、悪い事してるヤツがいるのに捕まえられないんですか⁉︎」
「そうだ」
北岡さんが静かに言う。
「……我々に出来るのは、
苦しそうな声だった。
「調伏、って」
「この世から消し去る。
「なんか良いように言ってますけど。それって人を殺すのと何が違うんですか?」
「……何も、違わない」
「めちゃくちゃだ!じゃあ、アンタらは犯罪者じゃないか!」
「そうだ!」
北岡さんが叫んだ。
「
「何でだよ!」
「そうしなければ、手にかけた命よりも多くの命が奪われるからだ!自らの命を懸けて誰かの命を奪うのが、我々言霊師の責務なんだ!」
「なんで……」
北岡さんの目は、まっすぐに燃えていた。
「なんで、そんな、知らない人を助けるのに
「さあな」
「『さあな』って、わかんないのにやってるんですか?」
北岡さんが天井を見上げる。
「他の奴らはどうかは知らんが。俺は『出来るからやる』だけだ」
「『出来るからやる』、って……」
「駐車場に放置された買い物かごを置き場に戻す。
(できるから、やる。『ほめられたい』とか『お金がほしい』とかじゃない。それが『当たり前のこと』だから、やる……)
「それって、このお屋敷にいる人たちも同じ気持ちで戦っているんですか?」
北岡さんは少し考え込んだ。
「俺は
「いや、そういうことじゃなくて……」
「だがな。『出来るからやる』と思っていなければ、とっくに闘いなんか放り出して逃げてるんじゃないか?」
頭に手奈土さんの顔が浮かぶ。
(手奈土さんは戦ってる。俺は、このままずっと逃げ続けるのか?
「と言っても、巻き込まれた側の人間には関係のない話だな。熱くなってしまって申し訳ない」
「いえ」
覚悟は決まった。
「俺、話します。知ってること、全部」
俺は全てを話した。あの夜から今まで、モノノケとそれを取り巻く色々なものについて。
「『サバイバーズ・ギルド』……?」
北岡さんはその言葉に反応した。
「はい。言霊師の集まりで、普通の人を殺そうとしてるみたいなんですけど……」
「言霊師で組織された
「北岡さん……ていうか、警察の人も知らないんですか?」
「ああ。今まで俺が受け持ってきた『マルゴン』は
北岡さんが畳に手をついて頭を下げる。
「話してくれてありがとう。情報提供に感謝する」
「あ、頭あげてくださいって!」
こんな真剣に話を聞いてもらえるとは思わなかった。
「お話は終わりやしたかい?」
二人が部屋に入ってくる。
「薬研さん」
「反田、待たせてすまない」
「話し通しでくたびれたでしょう。お茶のおかわりと、お茶請けの水まんじゅうですよ」
深い赤のお皿にプルプルのお菓子が置いてある。
「あっ、刑事さんにお茶は
「
刑事さんたちとテーブルを囲む。一生なさそうなシチュエーションだ。
「そういえば、君は『サバイバーズ・ギルド』に
「はい。断りましたけど」
「彼らからの
「どうやって?」
「警視庁に電話してくれば良い。『宮内庁特務課のオオトリさんに繋いでください』と言ってくれれば、特務課と
「110番は使っちゃダメだからね。はいこれ
反田さんから電話番号が書かれた紙をもらった。
「検索すれば普通に出てくるんだけどね。まあ、困ったらここに電話してよ」
「ありがとうございます」
端末が震える。
「あ、電話。すいません、ちょっと離れます」
廊下に出て電話をとる。
「ごめん兄さん、ちょっと話が長引いちゃって」
[そうか。何かに巻き込まれたんじゃないかって、みんな心配してたんだぞ]
「ごめん。すぐ帰るよ」
[うん。気をつけて帰ってこいよ]
通話が切れた。
「すいません、もうそろそろ帰ります」
「んじゃ、おうちの近くまで送っていくよ」
反田さんが立ち上がる。
「い、いや、大丈夫ですよ」
「まあまあ、大人の親切は受け取っておくもんだよ」
確かに、あの急な坂を下るのはちょっと怖い。
「じゃあ、お願いします」
車はゆっくりと坂を下っていく。
(よそのうちの車だ)
家の車とは違う車に乗せてもらう、あの何ともいえない感じ。
「体調、大丈夫?」
反田さんが言った。
「どうしてそんなことを?」
「ショッキングな光景を見ると、心がバランスを崩しちゃうから」
「大丈夫です。……今の所は」
「なら良かった。急に不安になったりするような事があったら、スクールカウンセラーさんとか相談チャットとかに話すんだよ」
「『家族に相談』、じゃなくてですか」
「だってキミ、近くの人には相談しないタイプでしょ。心配かけたくないから」
「えっ⁉︎」
図星だ。
「そういう感じの顔してる」
そんな事を話しているうちに家の近くに来た。
「この辺で降りる?」
「はい。ありがとうございました」
田んぼの真ん中で降ろしてもらう。反田さんの車はお屋敷のほうに引き返していった。
(俺のためにわざわざここまで……)
遠くで誰かが手を振っている。
「太樹ー!」
「兄さん!」
手を振り返して、俺は少し走って家に向かった。
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