第21話:昼下がりの事情聴取[5/20(日)]

 廊下の突き当たりの広間に案内される。

「今お茶とお菓子持ってきやすからね。お待ち下せぇ」

薬研やげんさんはそう言って部屋を出ていった。

(そこまでしてもらわなくてもいいのに……)

落ち着かない。

「きみ、送ってもらってきたの?」

「ぎゃっ⁉︎」

誰もいないと思っていたから、急に話しかけられてびっくりした。

「い、家から、歩いて」

「えー、すごいねえ。だって、ここの坂けっこうキツいでしょ」

「そうですね」

スーツを着た二人組の男の人。

「俺らは車で来たんだけど、坂がきつすぎて途中で登れなくなっちゃってさあ……」

反田そりた自己紹介じこしょうかいくらいしろ」

奥にいる落ち着いた人が、手前の話しかけてくる人に向かって言った。

「あっ。ごめんね、あいさつもしないで」

反田さんがスーツの内側から何かを取り出す。

「俺ら、こういうもんです」

巡査部長じゅんさぶちょう 反田 吾朗ごろう

『警視庁』

一瞬ちらっと見えた文字を読み取る。俺はこの人たちが誰なのか理解した。

「け……警察……」


 「今日、私立しりつもりの高校でご遺体いたいが見つかった。きみの通っている高校だよね?」

反田さんが言っている『ご遺体』。多分、『悪魔の胎児』に殺されたあの先輩だ。

「こっ、殺してません!俺は!」

「そんな血相けっそう変えて否定しなくても、きみは容疑者ようぎしゃじゃないよ」

「君は、被害者ひがいしゃ――小上おがみ ごうさんが亡くなられる瞬間しゅんかん目撃もくげきしたと聞いている」

北岡きたおかさん!俺が話してんですから……」

後ろにいた人が反田さんと俺の間に割って入る。

非公式ひこうしきではあるが。今ここで、君に対して任意聴取にんいちょうしゅを行いたい」

「北岡さん。非公式って、どういう事ですか?」

俺が質問すると、二人は顔を見合わせた。

「じ、実は……」

「反田、少し離席りせきしてくれ」

「えっ?」

「この件に関しては俺から説明する」

「わかりました」

反田さんが部屋を出ていった。


 「さて……」

北岡さんが俺に向き直る。

「この件は、刑事事件けいじじけんではない。宮内庁くないちょう特定怪異とくていかいい対策室が預かる特定怪異事件――『特怪トッカイ』だ」

「トッカイ……」

「ああ。モノノケや『マルゴン』――言霊ことだま異能いのうを悪用する言霊師ことだましが引き起こす事件だ。常識では考えられない不可解ふかかいな事件であり、法で裁く事はできない」

「法で裁けないって……。じゃあ、悪い事してるヤツがいるのに捕まえられないんですか⁉︎」

「そうだ」

北岡さんが静かに言う。

「……我々に出来るのは、特怪トッカイ調伏ちょうふくする事だけだ」

苦しそうな声だった。

「調伏、って」

「この世から消し去る。悲劇ひげきを再び産まないために」

「なんか良いように言ってますけど。それって人を殺すのと何が違うんですか?」

「……何も、違わない」

「めちゃくちゃだ!じゃあ、アンタらは犯罪者じゃないか!」

「そうだ!」

北岡さんが叫んだ。

倫理りんりそむいているのはわかっている!それでも我々はモノノケを殺す!外道げどうちた言霊師を殺す!」

「何でだよ!」

「そうしなければ、手にかけた命よりも多くの命が奪われるからだ!自らの命を懸けて誰かの命を奪うのが、我々言霊師の責務なんだ!」

「なんで……」

北岡さんの目は、まっすぐに燃えていた。

「なんで、そんな、知らない人を助けるのに一生懸命いっしょうけんめいになれるんですか……」

「さあな」

「『さあな』って、わかんないのにやってるんですか?」

北岡さんが天井を見上げる。

「他の奴らはどうかは知らんが。俺は『出来るからやる』だけだ」

「『出来るからやる』、って……」

「駐車場に放置された買い物かごを置き場に戻す。道端みちばたのゴミを拾ってゴミ箱に捨てる。モノノケを調伏するのも、それと大して変わらない。『出来るからやる』、ただそれだけだ」

(できるから、やる。『ほめられたい』とか『お金がほしい』とかじゃない。それが『当たり前のこと』だから、やる……)

「それって、このお屋敷にいる人たちも同じ気持ちで戦っているんですか?」

北岡さんは少し考え込んだ。

「俺は超能力者エスパーじゃないからな。他人の考えてる事なんかわからん」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「だがな。『出来るからやる』と思っていなければ、とっくに闘いなんか放り出して逃げてるんじゃないか?」

頭に手奈土さんの顔が浮かぶ。

(手奈土さんは戦ってる。俺は、このままずっと逃げ続けるのか?泰樹しんじから、言霊師から、モノノケから……現実から逃げ続けて、本当にそれで良いのか?)

「と言っても、巻き込まれた側の人間には関係のない話だな。熱くなってしまって申し訳ない」

「いえ」

覚悟は決まった。

「俺、話します。知ってること、全部」


 俺は全てを話した。あの夜から今まで、モノノケとそれを取り巻く色々なものについて。

「『サバイバーズ・ギルド』……?」

北岡さんはその言葉に反応した。

「はい。言霊師の集まりで、普通の人を殺そうとしてるみたいなんですけど……」

「言霊師で組織された反社会的勢力はんしゃかいてきせいりょくか。そんなものがあったとは……」

「北岡さん……ていうか、警察の人も知らないんですか?」

「ああ。今まで俺が受け持ってきた『マルゴン』は大抵たいてい単独犯たんどくはんだったからな。その手の犯罪組織があるとは考えもしなかった」

北岡さんが畳に手をついて頭を下げる。

「話してくれてありがとう。情報提供に感謝する」

「あ、頭あげてくださいって!」

こんな真剣に話を聞いてもらえるとは思わなかった。

「お話は終わりやしたかい?」

二人が部屋に入ってくる。

「薬研さん」

「反田、待たせてすまない」

「話し通しでくたびれたでしょう。お茶のおかわりと、お茶請けの水まんじゅうですよ」

深い赤のお皿にプルプルのお菓子が置いてある。

「あっ、刑事さんにお茶は賄賂わいろになっちゃいますかね?」

利害関係りがいかんけいじゃないから大丈夫だと思うんすけどね」

刑事さんたちとテーブルを囲む。一生なさそうなシチュエーションだ。

「そういえば、君は『サバイバーズ・ギルド』に勧誘かんゆうされたと言っていたな」

「はい。断りましたけど」

「彼らからの接触せっしょくが再度あった場合には、必ず我々に連絡してくれ」

「どうやって?」

「警視庁に電話してくれば良い。『宮内庁特務課のオオトリさんに繋いでください』と言ってくれれば、特務課と連携れんけいしている者が対応する」

「110番は使っちゃダメだからね。はいこれ本庁うちの番号」

反田さんから電話番号が書かれた紙をもらった。

「検索すれば普通に出てくるんだけどね。まあ、困ったらここに電話してよ」

「ありがとうございます」

端末が震える。

「あ、電話。すいません、ちょっと離れます」

廊下に出て電話をとる。

「ごめん兄さん、ちょっと話が長引いちゃって」

[そうか。何かに巻き込まれたんじゃないかって、みんな心配してたんだぞ]

「ごめん。すぐ帰るよ」

[うん。気をつけて帰ってこいよ]

通話が切れた。

「すいません、もうそろそろ帰ります」

「んじゃ、おうちの近くまで送っていくよ」

反田さんが立ち上がる。

「い、いや、大丈夫ですよ」

「まあまあ、大人の親切は受け取っておくもんだよ」

確かに、あの急な坂を下るのはちょっと怖い。

「じゃあ、お願いします」


 車はゆっくりと坂を下っていく。

(よそのうちの車だ)

家の車とは違う車に乗せてもらう、あの何ともいえない感じ。

「体調、大丈夫?」

反田さんが言った。

「どうしてそんなことを?」

「ショッキングな光景を見ると、心がバランスを崩しちゃうから」

「大丈夫です。……今の所は」

「なら良かった。急に不安になったりするような事があったら、スクールカウンセラーさんとか相談チャットとかに話すんだよ」

「『家族に相談』、じゃなくてですか」

「だってキミ、近くの人には相談しないタイプでしょ。心配かけたくないから」

「えっ⁉︎」

図星だ。

「そういう感じの顔してる」

そんな事を話しているうちに家の近くに来た。

「この辺で降りる?」

「はい。ありがとうございました」

田んぼの真ん中で降ろしてもらう。反田さんの車はお屋敷のほうに引き返していった。

(俺のためにわざわざここまで……)

遠くで誰かが手を振っている。

「太樹ー!」

「兄さん!」

手を振り返して、俺は少し走って家に向かった。

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