其の二十一:産苦[6/4?域怦?]

 はいビルの最奥、地下の大部屋。

「振り落とされるなよ」

「はいっ!」

たける太樹たいじを背負い、巨大なモノノケと相対あいたいしていた。

『一人で来たの?舐めたマネしてくれちゃって!』

どこからか声が降ってくる。

「一人で十分だよ、お前ぐらいの力量レベルならな」

(本当は俺しか来られなかったんだが……。まあ、馬鹿正直に言う理由もないし)

『ウギぁーーっ‼︎』

声は激昂げきこうしている。武の挑発ちょうはつがクリティカルヒットしたようだ。

『死になさーい‼︎』

黄色くにごったスライム状の塊が、武に襲いかかる。

「燃えろ、『アルティメットハイパーブレード』!」

蛮刀ばんとうが炎をまとう。

(これくらいなら、ブレードで蒸発じょうはつさせられるか……!)

武がアルティメットハイパーブレードを振りかぶる。

『キャハハーっ‼︎アンタにソレが切れるかなぁ⁉︎』

声が武を嘲笑あざわらう。

「はっ、あおりよる」

スライムにブレードが触れた。

「っ……⁉︎」

その瞬間、武は咄嗟とっさに剣を後ろに引いた。

「なんで逃げるんですか!」

背中から太樹の叫びが飛んでくる。

「駄目だ。……あれは、れない」

「どうして!」

武の声が震える。

「あれは……人間のたましいだ」

武はスライムを見つめてつぶやいた。


 「魂?アレが?」

太樹が聞き返す。

『アハハ‼︎だーい正解‼︎この中には女の子材料たちの魂が溶け込んでる‼︎』

声は得意げに言い放つ。

火村ほむら武‼︎アンタがこのコを攻略する時‼︎このコがこの世から消滅した時‼︎囚われた人間は全員……死ぬ‼︎』

「クソっ、人質でもとったつもりか?」

『つもり、じゃない。正真正銘しょうしんしょうめいの人質』

スライム状の塊がうごめく。

『お前が何よりも人命を重んじる“サムライ“である限り‼︎お前に出来る事は何も無い‼︎』

スライムが武に飛びかかる。

「『太樹』!『下がれ』!」

太樹が壁に向かって放り出される。

「武さん!」

その直後、武の上半身がスライム状の塊に呑まれた。

「がぼっ」

『アハハ‼︎これでもう何も出来ないねぇ‼︎』

武の足が床を離れる。スライム状の塊が武の体を宙に持ち上げたのだ。

『“五行家ごぎょうけ“最強格の男の霊力れいりょくを全部食べたら‼︎一体全体どこまで強くなっちゃうのかなぁ⁉︎アハハーッ‼︎』

武の霊力が為す術なく吸い取られていく。

「ど、どうしよう……」

声の主の注目は、完全に武に向いている。

(そうだ。俺と一緒に引きずられて来たなら、きっと手奈土てなづちさんもこの中にいるはず!)

太樹が走った。

「手奈土さん!」

黄色く濁った塊の向こうで、唄羽うたはが静かにひとみを閉じている。

「起きてよ手奈土さん!」

太樹が塊の境目に両手をつけて、必死に呼びかける。

「このままじゃ、みんな死んじゃうよ!俺じゃどうしようもできないよ!」

この叫びが届いているかなんてどうでもいい。太樹に出来る事は、応えてくれるかもわからない彼女に呼びかけ続ける事だけだ。

「お願い……。助けて……みんなを助けてよ……」

涙のしずくが塊に落ちて、中身に混じって溶けた。

『キャハハ‼︎何?悲劇のヒロインにでもなったつもり?バッカじゃないのお⁉︎』

声が笑う。

『はー、クッソウザ。お前も死ね‼︎』

塊が太樹を取り込もうとした、その時。

[ダメ]

唄羽の目が、開いた。


 誰かが、呼んでいる。

(ああ、でも。こっから出るのはやなぁ)

ずっと逃げていたい。

(だって、外はな事ばっかりやもん。出てったって、なあんもぇ事ないし)

跡目あとめ争い、親戚しんせき付き合い。まぶたの裏でイヤな事が踊り狂う。

『また逃げるの?』

れんさんの声や)

幻聴げんちょうが聞こえる。

『そうやって「嫌だ嫌だ」で逃げたって、いつか必ずツケを払う日が来るんだから。いつまでも逃げ続けられるなんて思うんじゃありません』

厳しい修行に耐えかねて、隠れて泣いていた幼い頃。師匠である伯母おばの蓮は、そう一喝いっかつして唄羽を修行に連れ戻した。

(そうや。いつまでもここにはるわけにはいかん)

唄羽は目を開けた。

[ダメ。ここから出なきゃ]

黄色く濁った塊の中に、唄羽の呼びかけが響く。

[外は苦しいけれど、つらい事もたくさんあるけれど。……それでも、ここでずっと眠っているよりは、きっと良い事だと思うから]

優しい声だった。

[だから、お願い。みなさん、目を開けて。眠る事をやめて、私たちの世界に帰りましょう]

閉じ込められていた女性たちが次々と目を開ける。

『駄目、やめて』

声が訴える。スライム状の塊がしぼんでいく。

『私、頑張ったのに‼︎恋も家族も何もかも諦めて、一所懸命やって来たのに‼︎』

李下りのしたさん」

塊の中から唄羽が手を伸ばした。

「手奈土さん」

太樹の指が、唄羽の指先に触れた。

『やめろーっ‼︎』

まくが破れる。塊は破裂はれつした。


 囚われていた女性たちが床にへたり込む。

「ここは……?」

解放された人々はあたりを見回している人と力なく倒れている人とが半分ずつくらいのように見える。

「たけさん!」

唄羽は倒れている武に駆け寄った。

「大丈夫ですか⁉︎」

唄羽が武の肩を揺さぶる。

「う……」

朦朧もうろうとしている武の近くに、赤く光るゼリー状のものが落ちている。

(これ、たけさんの霊力とちゃうやろか)

唄羽はゼリー状のものを両手ですくい、武の口元に持っていく。

「う、た、は……?」

塊が武の体に吸い込まれていく。

「はい。うちです、唄羽です」

「良かった……。無事で良かった……!」

武は涙を流して唄羽の手を取った。

「唄羽!」

階段を降りて来る足音がした。

守ノ神もりのしんさん!清森きよもりさん!無事やったんですね!」

「無事、って感じじゃないな」

清森が苦笑する。

「『点睛てんせい』が長物ながもので良かったぜ、全く」

装束しょうぞく余力よりょくもなく、薙刀一本を杖代わりにしてなんとか立っているような有様だ。

桜子さくらこさんは?」

「私の背中だ」

守ノ神が言った。彼も清森同様に満身創痍まんしんそういだ。

「生命に関わるギリギリまで、私に霊力を渡してくれた。桜子がいなかったら、今頃私は三途さんずの川を渡っていただろう」

守ノ神に背負われている桜子は、浅い息でぐったりとしている。

「太樹君、桜子を頼む」

守ノ神が太樹に桜子を預ける。

土生金ドはキンを生むだからな。少しは回復するだろう」

「えっ、でも。だったら手奈土さんに任せた方が……」

「いいや、君に任せる」

守ノ神が塊がいた方を見る。

「どうやら、まだ終わっていないようだからな」


 部屋のすみに、やつれた女がうずくまっている。

「ああ、ああ、私のカワイイ、カワイイ……」

先ほどから響いていた声の主は、どうやら彼女のようだ。

「こんな小さくなっちゃって……」

女が黄色く濁った塊にいよる。中には『胎児』が何個か入っている。

「大丈夫。死なせないから……!」

女は塊を両手で掬い、一気に飲み干した。

「うぐ、おごぁ」

女の体が変化していく。

「あ、アがぁー!」

腕から羽が生えて、足が変形して鉤爪かぎづめになっていく。

「やべ、変生へんじょうしてる!」

清森が言った。

『KYAAAAAAー!』

女だったモノノケが、甲高い鳴き声をあげて羽ばたく。

「『姑獲鳥うぶめ』か……!」

守ノ神がモノノケ――姑獲鳥を見上げて呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る