其の二十: 金剛阿修羅[6/4?域怦?]

 たけるが敵の本拠地ほんきょちに辿り着く、その少し前。

「武の血を頼りに転移てんいしてきたはいいけどさあ。ホントにここなのか?守ノ神もりのしん

清森きよもりいぶかしむ。

厳密げんみつに言うと、このビルの地下のようだがな。これ以上入り込むのは無理だ」

言霊師ことだましたちの目の前には、今にも崩れそうなはいビルがそびえ立っていた。

「何か問題でも?強行突破きょうこうとっぱすればいいだけの話じゃない」

桜子さくらこが言った。

あねさんの言う通りだ。『入れてもらえないから帰ります』が通用するのは吸血鬼ヴァンパイアまでだぞ」

武もそれに便乗びんじょうする。

「でも、どうやって……」

清森の質問は金属製のドアがひしゃげる音にさえぎられる。

「決まってんだろ。“マスターキー“だよ」

肩に蛮刀アルティメットハイパーブレードかついで、武はニタリと笑った。


 ドアを破り、壁を壊し、一行いっこう最深部さいしんぶへと向かう。

「こんなバンバンぶっ壊しちゃっていいのかな」

「いいんじゃねーの?どうせ壊すんだろうし」

清森と武が軽口を叩き合う。

「静かだね」

桜子が言った。

「ああ、静かすぎる」

守ノ神が答える。

「確かに。本拠地ラスダンにしてはサクサク進めすぎている気はするな」

武が雑魚ざこモノノケを切り捨てる。

「そろそろ中ボスが出てきそうな……」

武の言葉が止まる。先頭を走っていた守ノ神が急に立ち止まったからだ。

「誰かいる」

「一般人じゃないのか?」

霊力れいりょく量がけた違いだ。あれが一般人だとしたら、火村屋敷ほむらやしきにスカウトしたいくらいだな」

小柄こがらな長髪の青年が立っている。目をおおうほどの前髪のせいで、細かい表情までは読み取れない。

「おーや、おやおや。大勢ゾロゾロ連れ立って、こんな今にも壊れそうなビルに何のご用デスかぁ?ケヒヒッ」

男は首を左右に揺らしながらゴニョゴニョと言った。

「貴様、何者だ」

守ノ神が青年を問い詰める。

「人に名前を聞く時は、先に自分から名乗るのがマナーだと思うんデスがねぇ?うん?」

青年がイラついた声色こわいろで答えた。

「……“五行家ごぎょうけ“の“水面みなも“、とだけ名乗らせてもらおう」

「そうデスか。なら、ボクもそれにならわせていただきましょうか」

青年が粘着質ねんちゃくしつな笑みを浮かべる。

「ボクは“サバイバーズ・ギルド“の“飛車ひしゃ“。霊者れいじゃを不当に抑圧よくあつする“五行家“をほろぼし、迫害はくがいされし霊者を解放するモノ、デスよ」


「『サバイバーズ・ギルド』……?」

守ノ神と桜子が訝しげにつぶやく。

(リンが入ってる組織か。ただの親殺し少年の集まり、ってだけじゃなそうだな)

この中で“サバイバーズ・ギルド“の存在を知っているのは清森だけだ。

「いえいえ、あなた方が知る必要はありませんよぉ」

飛車がうつむきながらそうらした。

「『お前らに明日はない』、ので……」

飛車が顔を上げる。髪が持ち上がり、顔がむき出しになる。

「なあ!ケヒャヒャヒャヒャヒャーッ!」

野暮やぼったい黒縁メガネの奥のひとみを限界まで開き、青年は狂ったように高笑いした。

「何⁉︎二重人格?」

桜子が身構える。

「自分に言霊ことだまを使ってバフ盛ってるんじゃないの?あねさんの得意分野では?」

「そりゃそうだけど……。でも、ここまで豹変ひょうへんするなんて、金崎かんざきの人じゃ見たことないって!」

武と桜子が議論している。

「ケヒャーッ!キサマらにボクの戦法を教える必要性なんざ何一つ無ぇんデスわ!この“龍王りゅうおう“がキサマらをことごと惨殺処刑ざんさつしょけいして差し上げマスのでねぇ!」

先ほどまでとは打って変わり、青年はフロア中に響き渡るほどの声で朗々ろうろうと話している。

「『顕現けんげんせよ』ッ!『金剛阿修羅コンゴウアシュラ』ァッ‼︎」

龍王が叫ぶ。彼は強い霊力を身にまとった。

「うわっ!」

霊力はまばゆい光となって言霊師たちの目をくらませる。

[さあ、殺戮パーティ開始だァ!]

光が収まる。

「な、なんだアレ⁉︎」

清森がすっとんきょうな声を上げる。

 そこには、機神きじんがいた。

 天井に頭が付きそうなほど大きく、その姿は合体ロボと言霊師の装束しょうぞくを掛け合わせたようなデザインだ。胸部に付いているかざりには”サバイバーズ・ギルド”の刻印こくいんが光っている。

「何アレ、バカじゃないの⁉︎」

桜子があきれたように言う。

「ロボ……?いや、霊力を直接身に纏っているのか!」

守ノ神が叫ぶ。

「パワードスーツ‼︎勇者シリーズの風を感じる、良い顔だ」

武の声色がワントーン明るくなる。

[フーン……]

龍王が言霊師たちを見下ろす。

[火村のは許しマス]

金剛阿修羅が武を掴み、地下へと続く階段に投げ下ろす。

[だがそれ以外は殺すッ!自律式ユニットロボ操縦式ユニットメカの区別も付かねえ奴等は生きてる価値ナシ!ましてや人の趣味しゅみを笑うなど論外デス!]

「いや、その理論だと俺とばっちりじゃね⁉︎」

清森が反論する。

[木戸きどのはようキャの臭いがプンプンしやがるから殺すッ!善良ぜんりょうなる学徒がくとの敵、即ち陽キャ!滅ぶべし!]

「俺も善良な学生なんだけどー!」

もはや話し合いの余地は無い。

[『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』ーッ!]

金剛阿修羅のパンチが次々と床に亀裂きれつを作る。

「くそっ、あんなん食らったら一撃でお陀仏だぶつだろ!」

けなさい!」

「無茶だぜ姐さん!」

部屋中くまなく飛んでくるパンチの雨。とても反撃はんげきできる状況ではない。

「武!」

守ノ神が叫ぶ。

「下へ!お前だけが頼りだ!」

「ああ。……死ぬなよ!」

武が階段を降りていく。

(武一人で対処たいしょできるモノノケなら良いのだが……)

守ノ神は不安げに、その背中を見送った。


 [余所見よそみ無駄むだ話、注意散漫さんまん随分ずいぶんと余裕があるようデスねぇッ⁉︎]

金剛阿修羅の拳が守ノ神を狙う。

「くっ……!」

圧縮あっしゅくされた霊力が守ノ神の右腕みぎうでを切り裂いた。

(この腕では弓を引くのは……)

右腕は血を流しながら力なく垂れ下がっている。

(いや、この程度で引き下がる訳にはいかない!)

「『瑞穂みずほ』、『戻れ』!」

黒弓が小刀の形に戻った、その直後。

「ぐはぁっ!」

機神の拳が守ノ神を押し潰した。

「シンくん!」

桜子が悲痛ひつうな叫び声を上げる。

[ケヒャアッ!わざわざボクにやられる為に、自分からすきを作ってくれるとは!おめでたい頭の奴デスねぇ!]

守ノ神ごとかべに押し付けた拳を念入りにひねつぶす。

「がっ、はっ」

にじみ出した血がコンクリの破片と交じる。

「やめて!もうやめてよぉ!」

「行っちゃダメだ!」

泣きながらけ寄ろうとする桜子を清森が制止する。

[こちらに来て頂いても一向に構いませんよぉ?宮城県産と福岡県産リア充、二匹まとめて”逢引あいびき”肉にして差し上げてマスから!ケヒャ!]

「ッ、この野郎!」

清森が薙刀を構える。

[やかましい!]

金剛阿修羅が清森を振り払う。

「ぐあっ!」

[”金克木キンはモクに克つ”。五行ごぎょう相克そうこく相生そうしょうは暗記必須だと思うのデスが?]

「う、る、せぇ……」

壁に叩きつけられた清森が息も絶え絶えに言った。

(”火克金カはキンに克つ”。この野郎、難癖なんくせ付けて相性不利な武を遠ざけやがったな)

清森が顔を歪める。

めやがった、な……」

[ハマる方がアホなんデスよ]

金剛阿修羅に乗り込んだ龍王が、足元の言霊師たちをせせら笑った。


 拳が離れて、壁にへばり付いていた守ノ神がずり落ちた。

「シンくん!」

桜子が駆け寄る。

「嫌!死んじゃやだぁ!」

装束が解けた守ノ神は、桜子が呼びかけても力無くうなだれたままだ。

[水面のは瀕死ひんし!火村のは階下かいかの”アレ”を倒せない!残るは雑魚ざこ二匹!貴様らはここで終わりデスよォ!ケヒャヒャヒャヒャヒャ!]

「倒せない……?どういう、事だ……」

清森が言う。

[知る必要は無ぇデスよ!『お前らに明日はない』んデスから!]

そう言い放つと、青年は再び俯いた。

「『戻れ』、『金剛阿修羅』」

機神が光になって姿を消す。

「ハァ……。いけませんネ。”龍王”が出ると、ついやりすぎてしまいマス」

青年――飛車が気だるげに言った。

「ここはもう片付きましたし、次のタスクに取り掛かるとしマスか」

飛車が顔の刻印に触れる。

[業務連絡。”清掃”完了デス。回収タスクのヘルプに向かいマス]

血と肉で汚れた室内に顔をしかめ、青年は部屋を後にした。

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