第24話:捨て身の口喧嘩[6/4?域怦?]

 目を覚ますと、あたたかい暗がりにいた。

(ここは……。俺は確か、手奈土てなづちさんを助けようとして……)

よく見てみると、何か水のようなものに体が包まれている。

(なんだろう、これは……。すごく安心するけど……)

丸まってウトウトする。

(ずっとこのままでいたいな……)

そんなふうに思っていると、急に地面に叩きつけられた。

「うっ!」

後ろを振り返る。

「な、なんだコレ⁉︎」

思わず変な声が出た。

「ゼリー?なんかブヨブヨしてる……」

大きな地下室にみっしりと詰まっているソレがぼんやりと光っているおかげで、明かりがなくても部屋の様子がわかる。

「っ、ぁ」

わかって、しまった。

『「イイ」でしょ〜?若くて元気で可能性に満ちあふれた女の子たちが、「胎児たいじ」を産み落とすためのパーツとして消費されていくの!幸福しあわせ微睡まどろみの中で、消費されていることにも気づかずに衰弱すいじゃくしてゆっくりと死んでいくの!』

どこからか、女の人のガサガサした声が響く。ずっと声を張り上げているような話し方だ。

『ねえ見て!今「胎児」が産まれるから!』

にごった黄色いゼリーの中で、眠っている女の子の周りに何かが浮かんでいる。

「あれは……」

ゼリーの色、生まれた『胎児』の形。俺はコレを知っている。

「……『悪魔の胎児』!」


 『アクマの……?ああ、なんかそんな感じの名前付けてスキャッターでばら撒いたっけ。今思い出した、アハハ!』

声は心底どうでも良さそうに言った。

「……お前が」

『うん?何?』

「お前が、『悪魔の胎児』を作って、ばらまいたのか?」

『そうだよ』

「コレが何を引き起こすか、わかっててやったのか?」

『当然!』

その後に、信じられない言葉が続いた。

『だって、最低限のネットリテラシーもないアホガキなんてどうせろくな人間にならないじゃん!だったら、そのアホガキの分の霊力を、カワイイカワイイ怪異モノノケちゃんたちにゆずってあげたほうがよっぽど有益ゆうえきじゃない?』

「……は?」

何かが、ブチっと切れたような感覚がした。

「ふっざけんじゃねえ!人間を、命をなんだと思ってるんだ!」

ありったけの息を吸って叫んだ。声が地下室に響く。

「お前に、死んでもいい人間を決める権利なんかないだろ!何様だよ!」

返事は返ってこない。

「人が死んでるんだぞ!たくさん死んでるんだぞ!みんな苦しんで死んで、残された家族だって……」

『うるせえーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

腕の形をとったゼリーのグーパンチが俺の腹に直撃する。

『キーキーキーキー騒ぐんじゃねえクソガキ‼︎耳障りなんだよ‼︎黙れ‼︎死ね‼︎パパとママの稼いだ金でぬくぬく飯食って遊び歩いてるるくせに‼︎たかだか15年かそこらしか生きてないくせに‼︎世の中の事全部わかってますってツラで正論ぶった事吐かしてイキってんじゃねえよこのドブカスが‼︎』

しゃがみこんでいる間にも、どんどん拳が飛んでくる。

『だから‼︎私が‼︎社会のゴミガキどもを‼︎犯罪者になる前に‼︎掃除してやってるんでしょうが‼︎』

殴られたところがジクジクと痛む。心臓の音が高鳴るのと一緒に、頭がカッとなった。

「黙れよ!ヒキョー者!」

攻撃こうげきが止まる。

『卑怯者?誰が?』

「アンタだよ」

立ち上がった。体重が足にかかって、刺すように痛む。

「さっきから、姿も見せないで一方的に殴ってきてさ」

それでも。どれだけ痛くても苦しくても立ち上がらなきゃならない。

(何としてでも、コイツを一発ぶんなぐる!)

地面に手を付いたままじゃ、パンチを入れられないから。

「まさか、こんな”クソガキ”一人を相手にビビってるのかよ?」

俺は、できるだけ生意気なまいきに聞こえるように言ってみせた。

『あぁん?』

声は明らかにイラついている。

「隠れてないで出てこいよ、”クソババア”!」

アニメに出てくる不良みたいに、俺はトドメのセリフを叫んだ。


 『……ぁ』

(さすがにちょっと言い過ぎちゃったかな)

そんな考えが頭に浮かんだ、そのすぐ後の事だった。

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーっ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』

耳が痛くなるほどの絶叫が響いた。

『ゔぁーーーーーーーーっ‼︎ガァーーーーーーーーーーーっ‼︎』

声ですらない。腹の底から吹き出てくる空気を、そのまま口から吐き出しているような叫び。

「やばっ……」

その叫びと同時に、俺をつぶすように攻撃が飛んでくる。

(あ、これ、死……)

逃げられない。全方向からの攻撃に押しつぶされた。

「……⁉︎」

ゼリーの中に閉じ込められる。

(息ができない、痛い、苦しい)

からだ全体が押しつぶされているような感覚。

『水圧でアンタの身体を押し潰しながら、たましいを吸い尽くしてやる‼︎オレンジをジューサーにかけて、オレンジジュースを作るみたいに‼︎』

涙が出てくるくらいに痛む。全身からミシミシと音がする。

『アンタが苦しみ抜いて死んだら、魂は地面に吐き出して、落っことしたアイスクリームみたいにこの世から消滅させてやる‼︎こんなクソガキの魂を取り込むなんて、ぞっとしないからね‼︎』

(タマシイ……ショウメツ……。ああ、俺、死ぬんだ……)

身体が悲鳴をあげているのに、意識は他人事ひとごとみたいに落ち着いている。

(お葬式そうしきのお金、俺のぶんまで払ったら、お金無くなっちゃうよな……)

視界の端っこが黒くぼやけてくる。

(ああでも、死体が残らなかったら行方不明になるのかな……。じゃあせめて、死体が残らないようにしてほしいな……。そうすればお葬式あげなくてすむし……)

「……!……!」

誰かが呼ぶ声がする。

李下りのした太樹たいじ!」

(俺の、名前。誰かが呼んでる)

ふっと意識が戻る。

 その瞬間、視界が真っ二つに開けた。

「よくえたな」

俺の目の前には、クソでかくて真っ赤な刀を構えた男がいた。

「……火村ほむら、さん」

紙のお面で顔は見えないけれど、声と態度でなんとなくわかる。

たけるって呼んでくれ。……火村はいっぱいいるんだよ」

武さんが俺をおんぶする。

「おそらく脱出条件はモノノケを倒す事だ。振り落とされるなよ」

火村さんの背中は、広くてあたたかい背中だった。

「はいっ!」

俺は必死でその背中にしがみついた。

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