第23話:命を賭ける理由[6/4(月)]

 「手奈土てなづちさん!」

彼女の体が、赤黒いモヤモヤに吸い込まれていこうとしている。俺は必死で手を伸ばした。

「ぐっ……!」

引っ張り出そうとしても、どんどん引きずり込まれていく。

(この手を離すわけにはいかない!)

俺はそう思いながら手奈土さんにしがみついた。


 そこから少し前。

部屋で勉強をしていると、窓の向こうに人影が見えた。

(あれは……手奈土さん?)

なんだかイヤな予感がして、俺は家を飛び出した。

太樹たいじ、どこ行くの?」

「ちょっと、コンビニに」

サンダルを履いて部屋着の上からパーカーを羽織る。かなり雑だけど、これくらいならギリギリ見れる格好だろう。

(ずいぶん急いでるように見えたけど。何かあったんだろうか)

そんな事を考えながら走っていると、何かにぶつかった。

「むぎゅ」

「ああ、すまない」

どうやら、男の人にぶつかってしまったみたいだ。

(あれ?この人どこかで……芸能人かな?)

男の人の顔を見て、俺は少し立ち止まる。

唄羽うたはーーッ‼︎‼︎」

後ろからものすごい勢いで走ってきた人が俺に追突ついとつしてきた。

「ぐえっ!」

二人の間に挟まれる。

「ももも守ノ神もりのしん!唄羽が、唄羽が」

「落ち着けたける!……私もいや気配けはいを感じて戻ってきたんだ」

二人は俺を間に挟んだまま話しはじめる。

「モノノケの気配が強くなったり弱くなったり……とにかく何かヘンなんだよ」

「そんな事言われてもなぁ。行ってみない事には……」

後ろから誰かが走ってくる。

「武ー!一旦ストップー!」

「遅いぞ清森きよもり。運動不足か?」

茶髪の日に焼けたお兄さん。

(確か、送り迎えの時に一緒になる大学生の人だ。この人も手奈土さんと同じように戦ってたのか)

「武、守ノ神。……お前ら、なんで太樹くん間に挟んでんの?ジャマじゃね?」

「あ」

二人がハッとして後ろに下がる。

「申し訳ない、少年。熱中してしまって、つい……」

「いや、だ、大丈夫、です……」

押しつぶされるかと思った。

「何をごちゃごちゃやってるの?」

あねさん」

桜子さくらこ

俺以外はみんな着物みたいな服を着ている。制服みたいなものなんだろうか。

「それで?何があったの?」


 「新宿駅にモノノケ?」

「うん。何か心当たりは?」

みんなが首をかしげる中、木戸さんが声を上げた。

「もしかして、『悪魔の胎児』の……」

そこまで言った所で、焦ったような顔で口を押さえた。

「木戸さん、何か知ってるんですか⁉︎」

思わず胸ぐらにつかみかかる。

「い、いや。『悪魔の胎児』を作ってるヤツが、女の子を集めてるって聞いたんだよ」

「そうなんですか。……そういえば、23区内から通ってる女子生徒がいなくなってるって、先生が」

「あ……」

「ん?武、何か心当たりがあるのか?」

守ノ神さんが武さんに質問する。

「唄羽がいなくなる前、通話の音声が聞こえてきたんだけど。『お姉さんが消えた』って言ってた……気がする」

「場所は⁉︎覚えてるか⁉︎」

「うん。『新宿駅西口』、って」

その場にいた全員が顔を見合わせた。

「だから言ってるだろ、『唄羽が危ない』って‼︎」

武さんが叫んだ。


 どうやら大変な状況になっているようだ。

「早くしないとマズいんじゃないの⁉︎」

「どんだけ急いでも10分はかかるだろ」

「なんか無ぇのかよ、唄羽のトコまで一瞬で行ける方法」

「……無い、事はない」

守ノ神さんが口を開いた。

「マジかよ⁉︎じゃあそれで……」

「危ないんだ!研究途中の転送てんそう呪符じゅふだから無事で辿り着ける保証はないし、負荷ふかがかかりすぎると壊れるから五行家我々では使えないし……」

(手奈土さんを助けたい)

そんな思いが俺の背中を押した。

「……俺なら、使えますか」

「うん?」

「そのジュフ。俺だったら、手奈土さんの所まで行けますか?」

「まあ、きみくらいの霊力れいりょく量なら送れると思うが……」

守ノ神さんがそこで言葉を止める。

「無事でいられる保証は無いんだぞ。本当に良いのか?」

「はい」

ようやく分かった気がする。俺が手奈土さんに抱いていた、この感情の正体。

「だって。まだ、手奈土さんに助けてもらった命を返せていないから」


 守ノ神さんから、何か文字や模様もようが書かれた紙を渡される。

「これが呪符だ。少年、名前は?」

李下りのした 太樹、です」

「分かった。では、相手の事を強く思いながら『転移てんいの符よ、李下太樹を手奈土唄羽の元にみちびたまえ』と言いなさい。そうすれば彼女の所に送り届けてくれるはずだ」

「わかりました。えーと、『テンイのフよ』……」

「ごめん、一旦ストップ」

武さんに止められて、俺は呪文じゅもんを唱えるのをやめる。

「これ、持っていって」

そう言って、赤っぽいかたまりを渡された。

「なんですか、これ?」

「ティッシュ。俺の血を染み込ませてある」

「な、なんでそんなゴミ押し付けるんですか⁉︎」

「ゴミじゃないやい!追跡ついせきに使うんだもん!」

「追跡?」

「うん」

武さんがうなずく。

「仮に、最悪の事態になったとしても。『悪魔の胎児』をばら撒いてる奴らのアジトを特定してぶっ潰しに行くから」

武さんの目が、まっすぐ俺を見る。

「そういう事なら、持っていきます」

俺はもう一度呪符を持った。

「……俺も、手伝う」

武さんが俺の背中に手を当てた。

「言って。お前のペースに合わせる」

「わかりました」

深呼吸をする。

(手奈土さん。絶対、助けるから)

「『転移てんいの符よ、李下太樹を手奈土唄羽の元にみちびたまえ』!」

そう言い終わった瞬間、視界が真っ白に光った。


 飛ばされた先では、手奈土さんが壁に吸い込まれそうになっていた。

「ぐっ、うぅ……!」

(ダメだ、引きずり込まれる!)

「こっちだ!」

遠くから誰かの声がした。

(ごめんなさい。あとは、頼みます……)

足が地面から浮いた。俺と手奈土さんは、そのまま吸い込まれて行った。

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