其の二十二:姑獲鳥[6/4?域怦?]

 姑獲鳥うぶめ。中国の妖怪ようかいである姑獲鳥こかくちょうと、死んだ妊婦にんぷの妖怪である産女うぶめなどが混同されたモノノケ。様々な姿で語られるが、妖鳥ようちょうとして現れる姑獲鳥は「赤子を連れ去る」と言われている。

『許さない許さない許さない‼︎』

地下室を人面鳥が飛び回っている。さっきまで女だったモノだ。

「くっ……!」

体高は150cmほど。翼を広げるとかなりの大きさになる。

「羽ばたいてるだけでこれか。まるで近づけん」

守ノ神もりのしんは飛び回る人面鳥――姑獲鳥をにらみ付け、苦い顔で吐き捨てた。

射抜いぬけるか?」

たけるが問いかける。床に胡座あぐらをかいて座っているが、そのひたいには脂汗あぶらあせにじんでいる。

「出来る、とは思う。ただ……」

守ノ神が壁に寄りかかる。

「打てて一射いっしゃ、だな」

「外したら?」

の矢を継ぐなら、恐らく私の命と引き換えだ」

守ノ神も肩で息をしている。体力的には二人とも限界に近い。

「マジか。なら……」

「うちがやります」

鈴の鳴るような、しんのある声が聞こえた。

唄羽うたは……」

部屋着にしているワンピースのすそひるがえる。

「うちに、やらせてください」

唄羽は手に持った守護刀まもりがたなを強く握りしめた。

「飛び回ってて近づけへんのやったら、うちの秋桜こすもすで落とせばええだけです」

(他の人らはよう動かれへん。うちしかあのヒトを止められへんのや……!)

守護刀まもりがたなを両手で持ち、胸の前で構える。

「『よりくだりて鳳凰ほうおう麒麟きりん四神しじん八方はっぽう五行ごぎょう』」

黄金こがね色の光の粒になってき上がる。

「『われみやこより来たりし手奈土てなづち言霊師ことだまし。宿せし気はさずかりし名は』……」

光をまとい、言霊師の装束しょうぞくみ上げる。下ろしたロングヘアがポニーテールになる。

「……『唄羽なり』!」

赤い襦袢じゅばんに黄色の小袖こそでと緋色のスカートタイプの袴。足には白い脚絆きゃはんを巻き、履物は足袋たび草鞋わらじ。顔は和紙のような雑面ぞうめんで隠されていて、その面には手奈土家の家紋が書かれている。

「行こう、『秋桜コスモス』!」


 唄羽がフリスビー大のチャクラムを構える。

「『秋桜コスモス』!『飛んで』!」」

チャクラムが姑獲鳥に向かって飛ぶ。白い持ち手、金色の刃。それが白くかぜまとう。

『やめて‼︎』

しかし姑獲鳥はそれをかわす。

『そうやってみんな、寄ってたかって私をいじめて‼︎』

室内を旋回せんかいしながら、チャクラムの追尾ついびを突き放す。

『私はやりたい事を自由にやりたいだけなのに‼︎ありのままで、自分を偽らず生きていきたいだけなのに‼︎』

「でも。あなたがそうする事で困る人が、傷つく人が、ぎょうさんおるんです」

唄羽が冷たい声で言い放つ。

『知らない知らない‼︎なんで私が世界に合わせなきゃならないの⁉︎』

一度目の攻撃が外れる。

『なんで私が世界に気を遣って擦り減らなきゃならないの⁉︎』

二度目の攻撃を躱す。

『世界が私に合わせてよ‼︎』

姑獲鳥が叫んだ。

「ほな、アンタは人間とちゃいます」

唄羽の手にチャクラムが戻る。

「自分の事しか考えられへんのなら人間やない。ただのけものや!」

『うるせぇ〜〜ッ‼︎このクソガキが‼︎』

姑獲鳥の視線が助け出された女性たちの方を向く。

『クソ〜ッ死ね‼︎醜い享楽のために我が子を地獄この世界に産み落とす、その前に‼︎』

身体をすぼめて、もうスピードで人のかたまりめがけて突っ込む。

「っ……!」

唄羽がとっさに周囲を見渡す。

(射ったら誰かを巻き込む、剣の間合いに入るのも間に合わん!)

「『秋桜コスモス』!お願い!」

チャクラムが飛んでいくが、間に合わない。

(ああ。間に合わへん)

―た、だすげ……ゔゔーっ!― ―ぁ、がアー‼︎―

唄羽の頭に、『七人ミサキ』となった少女の姿がよぎる。

(うちは、また)

そう思った直後。

『い、ダあぁー‼︎‼︎』

姑獲鳥の悲鳴が聞こえた。

「はっ!」

唄羽は声のした方を向く。

「……ふざけんな!」

少年のこぶしが、姑獲鳥の顔にめり込んでいた。

「ふふ。やったな、太樹たいじ

武が小さく笑った。


 少し前。

「早く上に!」

太樹と清森きよもりは救出された女性たちの避難ひなんを手助けしていた。

「ここは危ない。地上に」

清森が女性を案内する。

「あ、ありがとうございます……!」

自力で歩ける人たちは、先を争うように細い階段を登っていく。

「いいんですか?上に敵がいるかも……」

「大丈夫。奴らの目的は、この人たちじゃない」

清森が声を振り絞って苦しそうに言った。

「それより、動けない人たちをなんとかしなきゃいけない」

清森がふところから治療ちりょう護符ごふを取り出す。

「太樹くん、後ろ頼む」

「えっ⁉︎そんな、頼むって言われたって」

「なんかあったら“ヤバい!“って叫んでくれりゃ、あとは俺がなんとかする」

「でも、木戸きどさんも傷が」

明らかに声の出し方がおかしい。肋骨ろっこつが何本か折れているのかもしれない。

「俺は……いいんだよ。こんくらいの傷、肉食って寝りゃ治る」

清森はひたい脂汗あぶらあせを浮かべて笑ってみせた。

あねさんも休ませなきゃなんないしな。頼むぜ」

「はいっ」

太樹に背中を預けて、清森は治療を始める。

(ざっと見た感じ、20人くらいはいるな。……終わるまで保つかな)

「……いや、弱気になるな!『男やろ、強うなれ』!」

清森が顔を叩く。薙刀の師匠に言われてきた言葉が、自身を鼓舞こぶするキーワードだ。

「大丈夫、誰も死なせねえからな……!」


 清森が治療をしている後ろで、太樹は唄羽の戦いを見ていた。

「すごい……」

自分より小柄な唄羽がモノノケと対等に渡り合っている。

(アニメとかマンガみたいだな……。住んでる世界が違うんだ)

あまりにも現実離れした光景をぼんやりと見つめる。

『クソ〜っ死ね‼︎』

そんな非現実が、自分に向かって猛スピードで突っ込んできた。

「うわーっ!」

(このスピード、当たったら、死……)

―だから、もう少し生きてみないか?それでもって、黒幕を一発ぶん殴ろうぜ―

不意に、泰樹しんじ通夜つやで武に言われた言葉が頭に浮かんだ。

「そうだ。お前の、お前のせいで、みんな……」

強く拳を握りしめる。

「コイツ!」

太樹は震える声と足で、拳を前に突き出した。

 そのパンチは大した威力いりょくではなかった。しかし、殴られる側は猛スピードで突っ込んできている。

『い、ダあぁー‼︎‼︎』

柔らかいペットボトルだろうと高速で当たれば凶器になる。姑獲鳥の顔面にめり込んだ拳は、予想以上の反動とダメージを与えた。

「……ふざけんな!」

派手に後ろに吹っ飛んだ太樹は、『悪魔の胎児』の元凶である女に向かって吐き捨てた。

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