閑話:闘いの陰で

 廃ビル地下1階。階下で姑獲鳥うぶめ唄羽うたはたちが交戦こうせんしている頃。

「ほら、サッとやってパパッと撤収しマスよ」

サバイバーズ・ギルドのメンバーは、『悪魔の胎児』の最深部にいた。

香車きょうしゃの能力で、成体せいたいに成った新興しんこうモノノケを回収。手駒てごま拡充かくじゅうするのが今回の主目的デスからね」

「ええ、承知しょうちいたしておりますが?」

桂馬けいまがうんざりした顔で返事を返す。

「承知致してるんだったら、もう少しペースを上げられないもんデスかねぇ?ボクが”一仕事”終わらせてきたって言うのに、全然進んでないように見えるんデスが?ンン?」

飛車が片眉を上げて嫌味いやみを飛ばす。彼は、ついさっき言霊師ことだましたちを蹂躙じゅうりんしてきたばかりだ。

「だーっ!後ろでゴチャゴチャうるせーんだよ!黙れー!」

香車きょうしゃ怒鳴どなる。

「ええ、ええ。全く以って香車の云う通りです。そもそも、モノノケを指環ゆびわに封じる秘術ひじゅつは香車にしか扱えないのですよ?我々に出来る事など、高が知れていると云う物でしょう」

「だとしても、撤収てっしゅう作業くらいは手伝えマスよねェ?」

痕跡こんせきなど残しませんよ。貴方あなたのように派手に暴れ回る訳では無いので」

「はぁ〜〜????」

飛車の髪が逆立つ。

「暴れないで下さいね。内輪揉めで全滅なんて御免ごめんですから」

桂馬はそう言い捨ててその場を後にした。


 「『我が下僕しもべとなれ、我が手中しゅしゅうに来い』……」

香車は、赤黒い塊でおおわれた壁の前に立っている。

「ええと、コイツ、なんて名前だっけ?」

「“猿夢さるゆめ“」

飛車をいなしてきた桂馬が、すかさず香車をアシストする。

「あー、そうだそうだ。『我が手中に来い、“猿夢“』」

『ァあアああぁ』

壁に収まっていたモノノケのかくが引き剥がされ、香車の手に吸い込まれる。

「はあ、はあ……。これで最後だ」

額に汗を滲ませて、荒く肩で息をしている。

「全部でざっと……50体ぐらいか」

香車の手には大きな石が付いた指輪がはまっている。これこそが彼の扱う秘術、モノノケを封じて使役しえきするリングである。

「だいぶ手持ちも増えましたネェ。糖質弱者女性のワガママに付き合った甲斐がありましたよ、ケヒヒッ」

飛車が大量のリングを両手ですくいあげる。

「さて、とっとと拠点おうちに帰りまショ」

壁に張り付いた赤黒い塊がボロボロと崩れていく。霊力れいりょく供給源きょうきゅうげんである女性たちと、指令を出すあるじを失ったからだろう。

「そうしましょうか」

倒壊とうかいした入り口から、かすかにサイレンの音が流れ落ちてきている。

「厄介な公権力こうけんりょくが駆け付けているようですからね」

彼はそのまま、いま項垂うなだれたままの巨漢きょかんを見下ろした。

「香車は如何どうするんだ?」

「ここにいる。下も気になるし」

「了解した。捕まるようなヘマはするなよ」

桂馬があたりを見回す。

「所で……角行かくぎょう何処どこです?」


 コンクリ張りの地下室に、轟々ごうごうにごった水が渦巻うずまく。

『アハハー!早く地上うえに出ないと、おぼれて死んじゃうよー?』

天井からってくる声。言霊ことだまによる見えない水。濁流だくりゅうの鳴る音だけが響いている。

「イヤー!」「どいて!」「押さないで」「痛い!痛い!」

パニックになった女性たちが我先われさきにとせまい階段に殺到さっとうする。自主的に避難誘導ひなんゆうどうをしていた人々は真っ先に見えない水で溺れた。

 所謂いわゆる“地雷系“の女が一人、き出しの鉄骨に座ってそんな光景を見下ろしている。

『いやはや、全くもって愉快ゆかいな光景だね角行かくぎょう

右手が動き、左側のスピーカーから男声だんせいの合成音声が鳴る。

『ホント!みじあわれ!龍馬りゅうまもそう思うでしょ?』

左手が動き、右側のスピーカーから女声じょせいの合成音声が鳴る。

『ハッハッハ!』

『アーハハハ!』

ネオンカラーのツインテールをらす。背中に背負った巨大なスピーカーから、無機質むきしつな高笑いがステレオで出力しゅつりょくされる。

『アハ……は?』

テンキーを打つ手が止まる。

『え何?うそ、なんで?』

渦巻く水の音が徐々じょじょに小さくなっていく。

『なんで水嵩みずかさが減ってんのー⁉︎』

足音が3つ、階段を登ってくる。

「『龍神りゅうじんしずまりたまえ。けがれしからだきよめ、荒ぶるうねりを収め給え』」

りんとした声が地下室に通る。

『アンタ……』

「いかにも」

守ノ神もりのしん見得みえを切る。

「え?ウソ」「あれって……」

女性たちがどよめく。

ながれ 龍之介りゅうのすけじゃん⁉︎」「なんでこんなトコに⁉︎」

「ああ、『私がここにいる事は気にしない』でくれ。それよりも避難ひなんを。慌てないで、落ち着いて」

「はいっ!」

守ノ神の冷静れいせいな指示のおかげで混乱こんらん収束しゅうそくしつつある。

(なんで五行家ごぎょうけ一軍いちぐんサマがこんなトコにいるワケ⁉︎しかもアンタ人気演歌えんか歌手でしょ、こんなトコにいる場合じゃなくない⁉︎)

角行がつめむ。

『あーあ、気分悪い。帰るっ』

ひらりと鉄骨に飛び乗った爪先つまさき薙刀なぎなたの刃がかすめる。

「待ちやがれ、“サバイバーズ・ギルド“!」

階下かいかに続く階段を、清森きよもり鬼気きき迫る表情で登ってきている。

『ヤダ、怖ーい』

角行はパンプスの爪先で、青いをコツンとった。

『ハハハ、待てと言われて待つ馬鹿ばかはいないよ』

龍馬があきれたようにてる。

『じゃーねー』

『さらばだ諸君しょくん!』


 空間に開いたけ目と共に、女の姿が消えた。

「清森、民間人の避難はおおかた終わったぞ」

「あ?ああ、うん、サンキュ」

清森は薙刀のさったかべをぼんやりと見つめている。

り、逃がした」

「構うものか。市民の命が最優先、だ……」

守ノ神が崩れ落ちる。

「あーあー、まだ回復しきってないのに無茶するからだよ」

「……ファンの方々に、弱った姿は見せられないだろう?」

守ノ神が笑う。冷や汗がダラダラとしたたり落ちている。

「下に向かった方が良いだろうか」

「大丈夫。たける唄羽うたはもいる」

清森が階段に引き返す。

あねさん、もう大丈夫そうか?」

桜子さくらこの手を引いて歩く。

「うん。大きい霊力れいりょくは無いし」

「じゃあ、ほぼほぼ鎮圧ちんあつできたって事でいいのか?」

「うん。被害者ひがいしゃの心のケアとかも残ってるけど……」

「それは……俺らの仕事じゃないよ」

清森がポツリとつぶやく。

「そうだな。私達わたしたちでは、そこまで手が回らないしな」

守ノ神が清森の言葉を補足ほそくする。


 繁華街はんかがい喧騒けんそうに混じってサイレンの音が聞こえてくる。

「警察?」

「それと救急車もだな。かなりの大所帯おおじょたいだぜ」

「大量失踪しっそう事件の被害者ひがいしゃが見つかったわけだしな」

言霊師の仕事は終わった。ここからはは司法しほう医療いりょうの出番だ。

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