第25話:ダブスタ仇打ち[6/4?域怦?]

 足元にバケモノが転がっている。

『痛いー‼︎痛いぃ‼︎』

鳥の体に女の人の頭が付いた、さっきまで『泰樹しんじを殺した女』だったバケモノ。

「はぁ、はぁ……」

目の前には手奈土てなづちさんが立っている。手に持った丸い手裏剣しゅりけんは、バケモノの首に向けられている。

『やめて‼︎殺さないで‼︎』

羽がバキバキに折れていて、もう動くことすらできない。それなのに口だけはよく動く。

『親の庇護を受けてぬくぬく生きてるくせに‼︎労働で体と心をボロ雑巾みたいにすり減らした事も無いくせに‼︎なんで私を殺すのよーっ‼︎』

キンキンとした声で怒鳴り散らしている。

『私は弱いの‼︎障害持ってて、旦那も子供もいなくて、非正規で社会の底辺で搾取されて生きてきたのっ‼︎なのになんで‼︎アンタみたいな上級国民に、無様に殺されなきゃならないの‼︎ありえないありえないありえないー‼︎』

「た、倒さなきゃ……倒さなきゃ……」

そう言う手奈土さんの手はふるえている。さっきからずっとこんな感じだ。

『呪われちまえこのクズどもめ‼︎お前も、お前もお前も‼︎』

バケモノが叫ぶ。手奈土さんを。火村ほむらさんを。そして、おれを見て。

『人でなし‼︎人でなし‼︎お前らみんな人でなしだーっ‼︎』

「……は?」

何を、言ってるんだ?コイツは。

「お前……」

手奈土さんの手から手裏剣を取る。

「お前ーっ‼︎」

両手で手裏剣をにぎって大きく振りかぶる。が食い込んで痛い。けどこんな痛み、泰樹の苦しみに比べたら、ほんのちっぽけな痛みだ。

「お前だけは、、お前だけは絶対に!」

『やめてーっ‼︎イヤーッ‼︎』

「何が『やめて』だ!あんなにたくさんの人を傷つけたのに、あんなにたくさんの人の命をうばったのに!自分の命は見逃してほしいだなんてそんな……そんな理屈りくつが通るかよ!」

手からうでに向かって何か液体が伝ってくる。これは汗だろうか、それとも。

『やめてー‼︎誰か助けてー‼︎人殺しーっ‼︎』

床を転がるバケモノの羽根を足で踏みつける。

『ギャーッ‼︎』

大勢の命を奪ったくせに自分はのうのうと生き延びようなんて許せない。ここまで被害が大きくなるまで、誰も何もできなかった事が許せない。何よりここでコイツを逃したら、俺はこの先一生いっしょう、今の俺を許せない。コイツだけは必ず、俺がこの手で。

「……殺す!」


 結論けつろんから言うと、俺はあのバケモノを殺す事はできなかった。


 足音が階段を降りてくる。信じられないくらい大きな体で、バカみたいに黄色いスーツ。

香車きょうしゃ、だっけ?どうしてアンタがここに……」

『ああ、ああ‼︎アタシを助けに来てくれたのね‼︎』

質問は足元の声で中断された。

『ねえ、もう一度アタシに力をちょうだい?地獄の淵にいたアタシを”サバイバーズ・ギルド”に引き摺り上げてくれたあの時みたいに。そしたらアタシ、もっと戦うから‼︎いっぱいいっぱい非霊者ひれいじゃ殺して、五行家ごぎょうけ言霊師ことだましもみんな殺してみせるから‼︎お願い、ねえ……』

香車がこっちに向けて手をかざす。

「うるせー」

それだけ言って、あとは何かブツブツと唱え始めた。

 そこからは一瞬いっしゅんだった。

『アあァーっ⁉︎』

バケモノが香車の手に吸い込まれていく。

『嘘、なんでなんでなんで⁉︎』

「あーん?なんでって。そもそもアンタに改造かいぞうモノノケだの何だの貸したのも、オレの手持ちを増やすためだしな」

香車がニカッと歯を見せて笑う。

「おかげさんで、だいぶ増えた!あんがとな!」

『エ……?仲間に入レてくれタんじゃナかったノ……?』

「うん!なんかあったら切るつもりだったけど、ついでだからオレの手持ちにしてやるよ」

『そ……ソン、な……』

言い切る前に、バケモノは影も形もなくなってしまった。

「じゃー、帰る!」

「……待ってくれ」

振り向く彼の背中に向かって、俺は振り絞るように言った。

「んー?なんだよ」

「ソイツ……苦しむのか?」

香車の手にはまっている指輪を指差す。なんとなく『あの指輪はさっきのバケモノだったものだ』と感じたからだ。

「他の人を苦しめた分だけ……ソイツもちゃんと、苦しんでくれるのかな」

なんだかよくわからないけれどなみだがボロボロと溢れてくる。

「苦しむと思うぜ?多分」

香車が指輪を見つめる。

「コイツはこの先、自分の考えとか関係なくシエキ使役され続ける。すり切れてボロボロになって自我がなくなって、チリになるまでな」

「そっか。……なら、良いんだ」

ここでパッとつかみかかって捕まえられたらカッコイイんだろうけど、残念ながら俺の力じゃ香車にはかなわない。

「残念だったな。そこの『黄色い』女がとっとと首を飛ばしてやんなかったせいで、コイツはエーゴー永劫苦しむんだ」

風が吹いた。手に持っていた手裏剣が、床に落ちて音を立てた。

「……ハッ!」

手奈土さんと火村さんが、居眠りから起きた時みたいに顔を上げる。

「なんだ今の。軽い催眠さいみんか?」

火村さんが頭をかく。

「逃げられた……。ま、被害の拡大かくだいは防げたから良しとするか」

火村さんが手奈土さんの背中を押す。

「唄羽、先帰っててくれ」

「え?でも、たけさんは……」

後始末あとしまつしてから帰るから」

「わかりました。ほな、お気をつけて」

手奈土さんが一礼して階段を駆け上がる。

 部屋には俺と火村さんだけが残った。

「その手。お前、姑獲鳥うぶめを――あの女の人を殺そうとしたのか」

火村さんが言う。

「だって、アイツは、俺の」

「家族のかたき。うん、わかってる」

「なら、どうして」

「お前に都合の良い理由があったら、ヒトを殺していいのか?」

「あ……」

そうだ。あのバケモノも元は人間なんだ。条件だけ見れば、今の俺はあの夜の言霊師と何も変わらない。

「今のお前はとんだダブスタ野郎だ。……自覚があってやってるなら、なおタチが悪いけどな」

火村さんは手裏剣を拾い上げて、地上への階段を登っていく。

(理由があったら、ヒトを殺してもいいのか?)

頭の中で火村さんの言葉がグルグル回る。手から流れた血が、足元に水玉模様もようを作っていた。


 誰かが俺の肩を叩く。

「……キミ、大丈夫かい?」

「えっ?」

目の前にお巡りさんが立っていた。

「こんなところに一人で……血が出てるじゃないか!大変だ!」

お巡りさんが心配そうに言う。

 部屋の中には警察の人がたくさんいる。ドラマとかで見る殺人事件の現場みたいだ。

「キミ一人かい?お家はどこ?」

「お、奥多摩おくたま、です」

お巡りさんに付き添われて階段を登って、地上に出た。全然気がつかなかったけれど、ものすごいサイレンの音だ。

「遠いね。一人で帰れそうかい?」

「はい。大丈夫です」

女の子が何人か救急車で運ばれている。

「その前にキズの手当てを……あ、お疲れ様です!」

お巡りさんが言葉を切って敬礼けいれいした。

「お疲れっす」

刑事さんだろうか。スーツを着た男の人が俺の方を見る。

「お久しぶり。その後、調子どう?」

「へっ⁉︎」

刑事さんが一瞬いっしゅん申し訳なさそうな顔をした。

「覚えてない?警視庁けいしちょう捜査一課そうさいっか反田そりたです」

そう言って警察手帳を見せてくれた。

「あ、ああ……。体育祭の時の」

「そうそう」

反田さんが俺の背中に手を回す。

「ま、立ち話も何だし。手当てついでに少し話そうか」

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