第26話:顔を上げて、前を向いて[6/4(月)]
「やあ、お久しぶり」
車の中にはいろんな機械やモニターが積まれていた。
「どうも。えーっと……」
「まずは手当。ほら、座って」
「どうしてこんなところに?お家からは
「そういう
切り傷を消毒、ガーゼを巻いて上から包帯を右手にくるくる。
「ほら、左手も出して」
「あ、ありがとうございます」
慣れた手つきだ。刑事さんってケガが多いんだろうか。
「……
「
そこまで言って、鳳さんはため息をついた。
「逆を返せば。我々は今に至るまで……ショッキングな場面を
確かに。ここを見つけられたのは、たまたま
「ここまで被害が拡大したのは我々の責任だ。申し訳ない」
そう言って、鳳さんは深々と頭を下げた。
「そんな……そこまでしなくたって。頭を上げてください」
「我々は何もできなかった。
鳳さんは
「
スーツを着た女の人がバンのドアを開ける。鳳さんの知り合いだろうか。
「どうした?」
「本庁の
「本庁……警視庁の?」
「はい。
雷谷さん。
「会わせて下さい」
「
「その人。俺の……俺たちの、知り合いなんです」
車を出る。
「やあ、久しぶり」
「久しぶりって、この前会ってから一ヶ月と少ししか経ってませんよ」
「そうか……。うん、確かにそうだな」
雷谷さんが目を細める。
「申し訳ない。大人になると、どうも時間感覚がバカになる。君たち兄弟と初めて会った時の事は、昨日のように思い出せるんだけどな」
「……もう2年も前の事ですよ、それは」
中学2年生の時、泰樹が学校の壁を壊した。ついでに周りにいた人たちも何人か殴ったらしく、父さんと母さんはあちこちに謝りに行っていた。
『だってアイツら、俺と太樹を間違えたから』
泰樹はそう言っていたけど、本当はそんな理由じゃない事は何となくわかる。自分と『片割れ』の区別をつける事を
「太樹くん、つらくはないかい?」
雷谷さんが聞いてきた。
「……何が、ですか」
「きょうだいを失った事」
雷谷さんはしれっとそう言った。
「昔から、君は優しくて思いやりのある子だったから……。ここできみが見つかったと聞いて、俺は正直心配したんだ」
「俺を?」
「うん。二人ともすごく仲良しだったから、
雷谷さんが言葉を濁した。
「……とにかく、生きていてくれてよかった。それだけなんだ」
それだけ言って雷谷さんはうつむいた。目元にネオンの光が集まって揺れている。泣いているのだろうか。
「大丈夫ですよ、雷谷さん」
俺には友達がいる。死んでほしくない人がたくさん出来たし、その人たちもきっと俺に死んでほしくないと願っている。
「俺はもう、大丈夫です」
だから俺は、自分の命を捨てたりしない。自分の人生を投げたりしない。どんな
「そうか。年寄りの要らん心配だったな」
「年寄りって、雷谷さんまだ30行ってないじゃないですか」
「ははは……」
足元に黒いポメラニアン?が駆け寄ってくる。
「
「カヴァス」
遊園地で出会った謎のふわふわだ。
「どうしてここに?」
「
カヴァスが短い尻尾を振る。『呼んでた』という事は、あのバンの中にいた誰かだろうか。
「早くもどってこないとおいていてくぞ!」
「あ、ああ」
俺は雷谷さんの方を向いた。
「あの、雷谷さん……」
「俺は家に戻るよ。行ってらっしゃい、太樹くん」
「はい。ありがとうございました」
振り向いて、前を向いて歩く。
「戻ろう、カヴァス」
「さっきからそう言ってるのだ!」
バンに戻ってきたら、大人たちは難しい顔をして話し合いをしていた。
「……保管されていたであろうモノノケの核は?」
「それらしきものは何も。突入前に持ち去られたものかと」
「持ち去ったのは
「いや……、おそらく逆だろう」
「被疑者は何者かに指示されただけの実行犯だ」
「証拠は?」
「何も。だが彼女のSNSなどを見ると、ある時点で急に思想が変化しているように見える。何者かの介入があった可能性はあり得る」
「ビジネスライクなパートナーシップでは?大規模な
「その可能性も否定は出来ないが……」
「
カヴァスが誇らしげに吠えた。
「おお、戻ったか。
北岡さんがカヴァスを抱き上げる。
「ちょうど良かった。彼女について、君の意見を聞きたい」
鳳さんが言った。
「彼女?」
「ああ……『
「あの人……」
彼女の言動を思い返す。
「……無茶苦茶で、自己中な人でした。俺が会った時にはもう、おかしくなっていたみたいで」
「そうか。何か協力者について口走っていないかと思ったが」
「すいません。お役に立てなくて」
「いいや、こちらこそ引き留めてしまって申し訳ない。他を当たってみるよ」
通りからクラクションが聞こえる。
「ん?」
窓から外を見ると、見覚えのある車が止まっていた。
「お迎えにあがりやしたよ」
開けた窓から
「
「知り合いかい?」
「はい。送り迎えしてくれてる人で」
もう夜中の2時を過ぎている。
「じゃあ、帰ります」
ドアを開けて、鳳さんたちに言う。
「うん、気をつけて」
俺の人生で二番目に長い夜は、ここでおしまいだ。夜が明けたら、またいつも通りの日々が始まるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます