第26話:顔を上げて、前を向いて[6/4(月)]

路肩ろかたに大きい車(こういうのをバンって言うんだっけ?)が止まっている。

「やあ、お久しぶり」

車の中にはいろんな機械やモニターが積まれていた。

「どうも。えーっと……」

「まずは手当。ほら、座って」

反田そりたさんが救急箱を取り出す。

「どうしてこんなところに?お家からは大分だいぶかかるだろう」

「そういうおおとりさんと北岡きたおかさんこそ」

切り傷を消毒、ガーゼを巻いて上から包帯を右手にくるくる。

「ほら、左手も出して」

「あ、ありがとうございます」

慣れた手つきだ。刑事さんってケガが多いんだろうか。

「……我々われわれがここに来たのは」

おおとりさんが口を開く。

五行ごぎょう家の子たちから通報を受けての事だ」

そこまで言って、鳳さんはため息をついた。

「逆を返せば。我々は今に至るまで……ショッキングな場面を度々たびたび目にしてきたきみを巻き込んでさえも、『悪魔の胎児』の製造せいぞう拠点きょてんを特定できなかった、というわけだ」

確かに。ここを見つけられたのは、たまたまあんさんのお姉さんが巻き込まれたのを。たまたま手奈土てなづちさんが聞いていたからで、つまりは全くの偶然ぐうぜんだ。

「ここまで被害が拡大したのは我々の責任だ。申し訳ない」

そう言って、鳳さんは深々と頭を下げた。

「そんな……そこまでしなくたって。頭を上げてください」

「我々は何もできなかった。治安維持ちあんいじ機関の一員として……いや、一人ひとりの大人として不甲斐ふがいない」

鳳さんはくちびるんで頭を下げたままだ。

室長しつちょう

スーツを着た女の人がバンのドアを開ける。鳳さんの知り合いだろうか。

「どうした?」

「本庁の捜査官そうさかんが面会を求めています」

「本庁……警視庁の?」

「はい。雷谷らいやと名乗っていて。少年事件課所属なので、本件とは関係ないはずなのですが……」

雷谷さん。泰樹しんじが中学校で暴れた時に担当してくれた刑事さんだ。

「会わせて下さい」

太樹たいじ君」

「その人。俺の……俺たちの、知り合いなんです」


 車を出る。繁華街はんかがいのネオンがギラギラと光っている。

「やあ、久しぶり」

「久しぶりって、この前会ってから一ヶ月と少ししか経ってませんよ」

「そうか……。うん、確かにそうだな」

雷谷さんが目を細める。

「申し訳ない。大人になると、どうも時間感覚がバカになる。君たち兄弟と初めて会った時の事は、昨日のように思い出せるんだけどな」

「……もう2年も前の事ですよ、それは」

 中学2年生の時、泰樹が学校の壁を壊した。ついでに周りにいた人たちも何人か殴ったらしく、父さんと母さんはあちこちに謝りに行っていた。

『だってアイツら、俺と太樹を間違えたから』

泰樹はそう言っていたけど、本当はそんな理由じゃない事は何となくわかる。自分と『片割れ』の区別をつける事をあきらめられるのはものすごくイヤな事だって、そんな事は俺も知っている。

 「太樹くん、つらくはないかい?」

雷谷さんが聞いてきた。

「……何が、ですか」

「きょうだいを失った事」

雷谷さんはしれっとそう言った。

「昔から、君は優しくて思いやりのある子だったから……。ここできみが見つかったと聞いて、俺は正直心配したんだ」

「俺を?」

「うん。二人ともすごく仲良しだったから、自暴自棄じぼうじきになって、その……」

雷谷さんが言葉を濁した。

「……とにかく、生きていてくれてよかった。それだけなんだ」

それだけ言って雷谷さんはうつむいた。目元にネオンの光が集まって揺れている。泣いているのだろうか。

「大丈夫ですよ、雷谷さん」

俺には友達がいる。死んでほしくない人がたくさん出来たし、その人たちもきっと俺に死んでほしくないと願っている。

「俺はもう、大丈夫です」

だから俺は、自分の命を捨てたりしない。自分の人生を投げたりしない。どんな理不尽りふじんも飲み込んで、俺は生きていく。

「そうか。年寄りの要らん心配だったな」

「年寄りって、雷谷さんまだ30行ってないじゃないですか」

「ははは……」


 足元に黒いポメラニアン?が駆け寄ってくる。

ちもべにごー!おはなち終わったかー?」

「カヴァス」

遊園地で出会った謎のふわふわだ。

「どうしてここに?」

ちもべ貴様きちゃまを呼んでたぞ」

カヴァスが短い尻尾を振る。『呼んでた』という事は、あのバンの中にいた誰かだろうか。

「早くもどってこないとおいていてくぞ!」

「あ、ああ」

俺は雷谷さんの方を向いた。

「あの、雷谷さん……」

「俺は家に戻るよ。行ってらっしゃい、太樹くん」

「はい。ありがとうございました」

振り向いて、前を向いて歩く。

「戻ろう、カヴァス」

「さっきからそう言ってるのだ!」


 バンに戻ってきたら、大人たちは難しい顔をして話し合いをしていた。

「……保管されていたであろうモノノケの核は?」

「それらしきものは何も。突入前に持ち去られたものかと」

「持ち去ったのは被疑者ホシの協力者でしょうか?」

「いや……、おそらく逆だろう」

おおとりさんが刑事たちの話を止める。

「被疑者は何者かに指示されただけの実行犯だ」

「証拠は?」

「何も。だが彼女のSNSなどを見ると、ある時点で急に思想が変化しているように見える。何者かの介入があった可能性はあり得る」

「ビジネスライクなパートナーシップでは?大規模な誘拐ゆうかいは単独犯では難しいでしょうし」

「その可能性も否定は出来ないが……」

ちもべ!連れてかえったぞ!」

カヴァスが誇らしげに吠えた。

「おお、戻ったか。残党ざんとうさらわれたかと、心配してたんだぞ」

北岡さんがカヴァスを抱き上げる。

「ちょうど良かった。彼女について、君の意見を聞きたい」

鳳さんが言った。

「彼女?」

「ああ……『姑獲鳥うぶめ』の事だよ。直接会ったのは言霊師ことだましたちを除けば、君だけだ」

「あの人……」

彼女の言動を思い返す。

「……無茶苦茶で、自己中な人でした。俺が会った時にはもう、おかしくなっていたみたいで」

「そうか。何か協力者について口走っていないかと思ったが」

「すいません。お役に立てなくて」

「いいや、こちらこそ引き留めてしまって申し訳ない。他を当たってみるよ」


 通りからクラクションが聞こえる。

「ん?」

窓から外を見ると、見覚えのある車が止まっていた。

「お迎えにあがりやしたよ」

開けた窓からおきな能面のうめんが手を振る。

薬研やげんさんだ」

「知り合いかい?」

「はい。送り迎えしてくれてる人で」

もう夜中の2時を過ぎている。

「じゃあ、帰ります」

ドアを開けて、鳳さんたちに言う。

「うん、気をつけて」


 俺の人生で二番目に長い夜は、ここでおしまいだ。夜が明けたら、またいつも通りの日々が始まるのだろう。

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