第27話:僕らはヒーローなんかじゃないけど[6/5(火)]

 次の日の朝。教室に入るとクラスのみんなが俺を中心に集まってきた。

李下りのした、お前やるじゃん!」

「地味だと思ってたけど、意外と勇気あるんだね」

「見直したぜ!」

「え、何⁉︎何⁉︎」

俺が知らない間に何があったんだろうか。

「よう、李下太樹たいじ姉貴あねきが世話になったみてえだな!」

あんさん……?」

少し考えて、俺は昨夜の出来事を思い出した。

「あ!杏さんのお姉さんも確か……」

「おう。お前、うちの姉貴を助けてくれたんだってな。ありがとう」

杏さんが深々と頭を下げる。

「い、いや、俺は……」

助けたのは俺じゃない。俺は何もできなかった。

「またまた〜。ケンソンしちゃって〜」

「いや違うんだ手戸てどさん、本当に違くて……」

みんなが俺を見ている。違う。その尊敬そんけいを向けられるべきなのは俺じゃない。

「こらお前ら、チャイム鳴ってるぞー」

先生が入ってくると、みんな何事もなかったように席に戻っていった。

 となると当然、俺も席に戻らなきゃいけないワケで。

「……手奈土てなづちさん、おはよう」

「はい。おはようございます」

俺の右となりの席は手奈土さんの席だ。

(本当に評価されるべきなのは、俺じゃなくて手奈土さんじゃないか)

入学式前夜、大型連休、体育祭……それに、昨日だって。手奈土さんは巨大なバケモノに俺より小さな体で立ち向かって、そして勝った。なのに、その行動が認められる事もめられる事もない。

(手奈土さん……何を思っているんだろう)

「タブレット以外は机に出さないように」

試験は予定通り行われる。昨日、あんな騒動そうどうがあったとは思えない。

「では、始め」

延々えんえんと続く日常。あの戦いの事は、きっと誰も知らないのだろう。


 今日の分の試験が終わった。

「じゃ、また明日ー」

試験は明日が最終日。玄関には「テスト範囲の復習をする」と話す人もいれば、「諦めて遊び歩く」と話す人もいる。

「レンはん、この後はどないしはります?」

「あ……。ちょ、直帰ちょっきでいいかなぁ……。テス勉しときたいし」

「わかりました」

手奈土さんとレンさんが話しているのが聞こえてくる。

「李下はんは?」

「俺も帰ろうかな」

「ほな、薬研やげんさん呼んでしまいますね」


 車が坂道を登っていく。駅前の少し寂れた市街地を過ぎると、後は山と畑と田んぼしかない。

「あ、お、降りるね。じゃ、サヨナラ」

「うん。さようなら、レンさん」

古民家カフェの前でレンさんが降りて、車には俺と手奈土さんだけが残る。

「お家の前で良いですかい?」

運転手さんが聞いてきた。

「あ……」

何となく、家にはいたくなかった。

「いや、コンビニで降ります」

「ほな、うちも降ります」

手奈土さんが言った。

「よろしいんですか?唄羽うたはお嬢ちゃん」

「はい。お買い物したいんで」

運転手さんが少し考え込む。

「……まあ、良いでしょう。気をつけて帰ってくるんですよ」


 車がコンビニの駐車場に止まる。駐車場はコンビニの倍くらいの広さがあるし車も全然いないから、ドアを思い切り開けてもどこにもかすりもしなかった。

「じゃ、あっしはこれで失礼しやすね」

車は坂道を登っていった。

「何かうて帰るんですか?」

「い、いや……」

店に入る気にもなれず、バカみたいに広い駐車場をうろうろと歩いて回る。手奈土さんはRPGの連れ歩きキャラみたいに俺についてくる。

「な、何でついてくるの?」

俺は手奈土さんに聞く。

「あー、えーっと……」

手奈土さんがしどろもどろになる。

「お、お話……したくて」

「何を?」

「昨日の、夜の事」

そう。昨日の夜の事について、手奈土さんに聞きたい事があるんだった。

「何で、言わなかったの?」

「へ?何がですか?」

芽亜里めありさんを……いなくなった人たちを助けたの、俺じゃないって」

バケモノを倒して、連れ去られた人たちを助けたのは手奈土さんたちだ。俺は何もできなかった。泰樹しんじかたきを討つ事すらできなかった。

「あの時みんなにめられるのは、絶対に俺じゃなかったよ」

言い切った俺は、おそるおそる手奈土さんの顔を見た。

 彼女はポカンとしていた。

「だって、当たり前やし」

「はあ?」

腹の奥から、グラグラと何かが湧き上がってくる。

「当たり前って……。何度も何度も死ぬような目にあって、感謝もされなくて、存在すら認知してもらえなくて……」

一度は納得したように思えたけれど、俺はやっぱり手奈土さんから答えをもらいたかった。……俺に都合のいい答えを。

「手奈土さんはそれでいいのかよ⁉︎」

「はい」

返事はまっすぐな声で返ってきた。

「これがうちらのお役目やって、うちらにしかでけへん仕事やって。ずうっと、そう教わってきましたから」

「誰にだよ」

「母に」

一番聞きたくなかった答えだった。

「じゃあ何だよ……。親の言うことだったら何でも聞くのかよ!親が『死ね』って言ったら死ぬのかよ⁉︎」

手奈土さんが足元を見る。

「……はい」

「ふざけんな!」

俺は彼女のブラウスをつかんだ。

「そんな、そんな事」

(これが、あの夜俺を助けてくれた彼女と同じ人か?)

つかみかかった体は拍子抜けするくらい小さくて軽かった。

「手奈土さんが、そんな弱いひとだとは思わなかった……」

ヒーローの背中が崩れ落ちた。


 「うちは……」

手奈土さんが口を開いた。

「うちは、あんさんが思うてはるような人間やないんです」

「え?」

「何をしてもお姉ちゃんと比べられて、そのたびにガッカリされて。せやから、大人の言う事聞いて、自分で選ばんようにして、責任から逃げてるだけで」

つかんだ手に水滴が落ちる。

「うちが……うちが連れてかれてたらよかったんや。あの日、祇園ぎおんのお祭りで、お姉ちゃんやのうて、うちが……」

泣いていた。手奈土さんの両目から涙がダラダラと流れ落ちて、それがほっぺとアゴを伝って俺の手に落ちていた。

「あ……」

――俺が死ねばよかったんだ。泰樹しんじじゃなくて、俺が……――

ケリをつけたことにしていた思いが、ブワッと頭の中で蘇った。

「ご、ごめん」

俺は手を離した。手奈土さんは静かに後ずさった。

「すみません、すぐ止めますから……」

手奈土さんは涙を手で拭う。ぬぐったそばからボロボロと涙がこぼれ落ちていく。

「いいよ、いいんだよ」

ずっと勘違いしてた。彼女はヒーローなんかじゃなかった。俺と同じ痛みを抱えて生きている、普通の高校一年生だったんだ。

「いいじゃんか、泣き止まなくったってさあ」

そう言った声が情けなくうるんでいた。

 俺はしゃがみ込んで、手奈土さんの肩を抱いて、そして二人で泣いた。大きな赤ちゃんみたいに。


 どれだけ泣いていたのだろうか。

「どうしたんだ?」

肩を叩かれた。

木戸きどさん」

「なんかあったのか?ケンカか?」

「そ、そんな感じ、ですかね……?」

俺の返事を聞いた木戸さんは、少し困ったふうに頭をかいて空を見上げる。

「そっかそっか。ま、泣くほどケンカできんのも今のうちだからな。大人になると色々めんどくさくなるし」

木戸さんが両手をこちらに向かって伸ばす。

「ほら、帰ろうぜ。唄羽も太樹くんも」

手奈土さんの方を見てみると、うるんだ目と視線が合った。

「はい。帰りましょ」

「……うん。そうだね」

俺たちは差し伸べられた手をとって立ち上がった。

「……手奈土さん、俺も手奈土さんの事、名前で呼んで良いかな」

「はい、大歓迎です」

「手奈土はいっぱいいるけど、唄羽は唄羽だもんな」

三人でくだらない話をしながら、坂道を一歩ずつ登っていく。

「ありがとう。う……唄羽、さん」

「どういたしまして、太樹たいじはん」

雲が切れて、太陽の光が差し込んでくる。なんて事のない昼下がりの事だった。

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