第3話:入学式-朝-[4/8(日)]
「太樹!大丈夫か!」
父さんに抱きしめてもらったのなんて何年ぶりだろう。俺は訳がわからないくらい泣いた。小さい女の子に助けられた自分が情けなかった。知らない人にめちゃくちゃ説教されたのにムカついていた。いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、涙が止まらなくなった。
「太樹。今日はリビングで寝よう。みんなで一緒に寝よう」
「うん、うん……!」
その夜はリビングに布団を持ってきてみんなで寝た。父さんと母さん、
訳のわからないバケモノに、それをやっつける謎のヒーロー。マンガやアニメみたいな出来事が目の前で起こって、不謹慎かもしれないけどちょっとワクワクした。
(あの女の子、また会えるかな)
まぶたが重くて開けていられない。俺は静かに目を閉じた。
いつの間にか寝ていたみたいで、気づいたら朝になっていた。
「今何時⁉︎」
飛び起きて時間を見たら朝の5時だった。
『高校の入学式』
カレンダーアプリの通知が画面に表示されている。
「あ、制服」
制服は二階の俺の部屋に置いたままだ。取りに行かないと。
案の定俺の部屋はメチャクチャになっていた。本棚はひっくり返っているし、ベッドはひしゃげている。本や机の引き出しが飛び出して床に散らばっていて足の踏み場がない。
「ここから探さないとなんないのか……」
本をかき分けてようやく暗い赤のブレザーを探し当てた。ビニールに包まれてハンガーにかかった制服はなんだか平凡すぎて、今の状況では逆に異質に見える。
「えーと、持っていくものは、と。スクールバッグに指定のシューズ、それからノートに筆記用具……」
この中から探さなきゃならないのか。
「はぁ……」
思わずため息が出た。
一階に降りると母さんが誰かと電話していた。
「はい、はい……。そうなんです、昨日の夜までは家にいたんです。それが……。はい、夫と二人で探したんです。どこにもいないんです……」
やっぱり泰樹はいなくなっていたんだ。
(じゃあやっぱり、昨日見たバケモノって)
母さんと目が合った。
「探していただけるんですか!ありがとうございます!……はい、どうかお願いします」
電話が終わった。顔を上げた母さんの目は赤く腫れていた。
「おはよう太樹。入学式楽しみで寝れなかった?」
明るくとり繕っていたけど、涙ぐんだ声だった。
「うん、そんな感じかな」
よく見ると目の下にクマが出来ていた。もしかして、俺たちが寝てからずっと泰樹の事を探していたんだろうか。
「待っててね。いま朝ごはん作っちゃうから」
「俺も手伝うよ。何をすればいい?」
「うーん。じゃあ、味噌汁温めてもらっていいかな」
「分かった」
冷蔵庫から味噌汁の鍋を出してコンロにかける。焦げないようにおたまでかき混ぜて温まるのを待つ。隣では母さんがハムエッグを手際よく焼いている。
「太樹。入学式なんだけどさ……」
「俺、行ってもいいの?」
「なんで?」
「だって家メチャクチャになってるし、泰樹もいなくなっちゃってるし。入学式なんかよりもっと、なんか、やる事が」
母さんが俺の頭を撫でた。目線の先で爪先立ちをしているのが見えた。
「そんな事気にしないの。太樹はまだ子供なんだし、ね?」
「でも……」
「そういう難しい事は私たち大人に任せちゃいなさい。学校で勉強したり友達と遊んだり、あなたたちには今しかできない事が山盛りなんだから」
焼き上がったハムエッグが3枚。ミックスサラダと一緒にお皿に盛り付ける。
「あっ、でも入学式の動画はどうしよう?パパもママも一日ずっと忙しいし」
「俺が代わりに行くよ」
話し込んでいるうちに兄さんも樹花も起きてきていた。
「あらそう。じゃあ一樹に任せちゃおっかな」
「任せてよ母さん。太樹の晴れ姿、バッチリ撮ってくるから!」
「ちょ、いいよそんなに張り切んなくて」
「もう太樹ったら照れちゃって」
ご飯と味噌汁とハムエッグ。朝ごはんが3セット、行儀よくダイニングテーブルに並べられる。
「良いじゃないの。高校の入学式は一生に一回なんだから」
「それは、そうだけどさあ……」
それぞれの席に座る。
「父さんと母さんは?食べないの?」
「ちょっとやる事があるから。後でね」
「そっか」
確かに父さんの姿が見えない。遠くまで探しに行っているのかもしれない。
「じゃあ、いただきます」
「はーい、どうぞ」
兄さんも樹花も、いつも朝早くから夜遅くまで部活をしている。きょうだい三人揃って朝ごはんを食べるなんて何年ぶりだろう。
(でも、食欲わかないな……)
昨日のバケモノはかなり傷を負っていた。あれがもし泰樹なら、たとえ見つかったとしても無事ではないかもしれない。
「太樹、食べないの?」
母さんが心配そうに聞いてきた。
「あ、いや。食べるよ。食べるってば」
ご飯を口に入れてもまるで味がしない。味噌汁でむりやり流し込んだ。
「ねえねえ、アタシも入学式行っていい?」
「確か入学式の案内メールスクショしたやつがあったはずだな。ちょっと待ってて」
兄さんが端末を操作する。
「あ、あった。えーと、『新入生徒1名につき、ご家族の方は2名までご参列いただけます。』だって」
「やった!じゃあアタシもついてくー」
「ところで、通学はどうするんだ?」
兄さんが俺に聞く。
「電車で。青梅で降りたらそこから直通のバスあるし」
「家から駅までは?」
「自転車で行くよ。それに、頑張れば歩いてでもいけるし」
「そうか。坂がキツいから気をつけて行くんだぞ」
「待って一樹にい、アタシたちはどうすんの?」
「あっ」
兄さんと樹花がフリーズする。
「考えてなかった」
「もー!しっかりしてよ一樹にい」
「あはは、ごめんって」
「それなら、タクシー呼べばいいじゃないの」
そう言って母さんがタクシー代を渡してくれた。
「3万あれば足りるでしょ。お釣りは三人で仲良く使ってね」
「えっ、いいよ。お釣りは返すって」
「もらっておいてよ。入学祝いってコトで」
母さんが首をかしげてニッコリ笑う。
「え、やったー!何買おっかなー」
なんでみんなこんな楽観的なんだろう。
「太樹、お皿片付けるぞ」
「あ、ありがとう……」
兄さんが俺の前に置かれたお皿を手に取った。
「泰樹の家出なんて今に始まった事じゃないだろ。またすぐに戻ってくるさ」
「いや、でも……」
兄さんが端末を手に取る。
「じゃあ、タクシー呼んでおくからな。太樹は忘れ物無いようにちゃんと準備しておくんだぞ」
「うん。ありがとう兄さん」
部屋に戻ってパジャマから制服に着替える。朝起きてすぐに必要なものは揃えておいたからら、あとは身支度を整えるだけだ。
「変なところ無いよな」
スタンドミラーに写った姿を確認する。
「ブレザーのエリはひっくり返ってない。ネクタイを留めるヒモも見えてない。シューズのヒモもキレイに結べてる」
全体的にサイズが大きめな気はするけど。まあ、卒業する頃にはちょうどいい感じになってるだろう。
「よし、カンペキ!」
スクールバッグを背負い、気合を入れるためにほっぺをバシッと叩いた。
「みんなの言う通りだ。俺は寝ぼけて夢でも見てたんだ。泰樹がいないのは単なる家出で、入学式が終わる頃にはきっと帰ってくるさ!」
俺は鏡に向かってそう言った。そうでもしなければ、どうしようもない不安で押しつぶされそうだった。
下に降りると、ちょうどタクシーが家の前に着いていた。
「おっ。制服、似合ってるな」
「ありがとう、兄さん」
タクシーの後部座席に三人で座る。助手席側から俺、樹花、最後に兄さんが乗った。
「どちらまで?」
「私立もりの高校まで」
「もりの高校?」
「えーと、青梅駅からちょっと行ったところにあるんですけど」
「うーん、ちょっと待って下さいね。私立、も、り、の……」
運転手さんがナビアプリを操作しているのが見える。
「お客さん、ここで大丈夫です?」
ナビアプリのピンは、これから俺が通う高校を指していた。
「はい、合ってます」
「じゃあ向かいますね。シートベルト締めて下さいよ」
今日から新しい生活が始まる。
「大丈夫。きっと、何もかもうまくいくさ」
「一樹にいの言う通りだよ!入学式なんだからもっと楽しそうにしてってば!」
「……うん、そうだね」
何も言い返せなかった。二人は何も間違っていないから。
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