第6話:どこにもいなくて、どこにでもいる[4/8(日)]

 家に帰ってきた。

「ちょっとたいちゃん、どこ行くの!」

階段を上がる。背後から樹花じゅかの声が飛んできた。

「いいのよ、少し休ませてあげなさい」

母さんがなだめる声が聞こえた。


 二階の、俺と泰樹しんじの部屋に戻ってきた。窓はぶっ壊れてるし床には本やら何やらが散乱している。

「片付けなきゃ……」

床に落ちたものを少しずつ手に取っていく。

これは読書感想文コンクールの賞状。図工の授業で作った彫刻。これは小学校の頃の落書きノート。これは動画の見よう見まねで作ったアルミ玉。これはチョコのキレイな包み紙。

「うっ、うう」

俺は床に倒れ込んだ。ハードカバーのカドが突き刺さった。景色がにじむ。

「うぅ……ぐっ……」

声を押し殺して泣いた。立ち上がる気力もなく思い出に埋もれていた。このまま透き通って消えてしまいたかった。


 葬儀会社の人が来て、色々な準備をしているらしい。下から足音がたくさん聞こえる。

「……そうですか。ありがとうございます」

一樹かずきにい、お葬式の人なんて言ってた?」

「うん。泰樹しんじについてなんだけど」

「エンバーミングっていう特殊な処置があって。それやると元のきれいな顔になるし、手を握ったり触ったりしても大丈夫になるんだって」

「そーなの?」

「でも、専門の施設で処置するから2時間くらい家から離れるらしいんだ。それに料金も追加で1万くらいかかるらしいし」

「お願いしよう」

「いいの?父さん」

「泰樹に何もしてやれなかったから。せめて最期くらい、きれいな姿で見送ってあげたいしな」

反対する人は誰もいなかった。


 エンジン音が聞こえる。窓から道路を見下ろす。泰樹はバンに乗せられて行ってしまった。

「ごめんくださーい!」

誰かがドアを叩いた。

「俺、行ってくるよ」

アルミサッシの引き戸を開ける音がした。

「こんにちはー。私、町内会長の真路まじと申します」

「あ、こんにちは」

「この度は本当にお悔やみ申し上げます。お父さんかお母さんいる?」

「あ、ちょっと待っててもらっていいですか」

足音。

「すいません、お忙しい時に……」

「いいのいいの!いつきちゃんの方がよっぽど忙しいでしょ。上がっても?」

「はい。ずいぶんと散らかってますけど……」

「気にしないで。うちよりよっぽどキレイじゃないの」

「お茶どうぞ」

「あら一樹くんありがとうね。はい、こっちレンちゃんのね」

真路さんの他にも誰かいるらしい。

「郵便局の人たち、後でお悔やみ持ってくるってさ。夕方には青鳥クリーンの人たちもお線香あげにくると思うし」

母さんは郵便配達と清掃員の仕事を掛け持ちしている。

圡太はんたくんのご実家は宗派なんだっけ?」

「その……。僕もいつきも施設出身で。実家とは絶縁状態なので、宗派とかは何も……」

「そうかい。ごめんねぇ、立ち入った話しちゃって」

「いえ、構いませんよ」

「じゃあお葬式とか、納骨はどうするの?」

「おこつは家に置いておこうかなと。葬式の方は、まだ特に決まってなくて」

「なら普通のお葬式でいいんじゃないの?アタシ、あそこのお寺の住職さんに連絡してみるからさあ……」

色々な段取りの話をしているみたいだ。難しい話はよくわからない。


 部屋のドアがノックされる。

「太樹。具合悪いの?」

(大丈夫だから、気にしないで)

返事をしようとした。声が出ない。

(声、どうやって出してたっけ)

「太樹?そこにいるの?太樹!」

母さんがドアを開けた。

「太樹、大丈夫⁉︎」

母さんが心配そうに叫ぶ。

「下で休みなさい。寒いでしょう、こんな所じゃ」

体に力が入らない。

「立てないの?」

俺は小さくうなずいた。

「待っててね。今父さん呼んでくるから」

父さんに抱えられて下に降りた。


 祭壇が設置されるのを横目に、毛布をかぶって横たわる。

「火入れの日取りなんですですが、早くても火曜日のお昼になりますね」

「このお花ってどこに置けばいいんですか?」

「あー、それはここだね」

みんな仕事をしている。『何かしなくちゃ』という気持ちはあるけれど、体はそれに追いついてくれない。

「あ……、だ、大丈夫……?」

知らない女の人が話しかけてきた。マスクをつけているから声がこもって聞こえる。

「あ。わ、私、真路です。覚えてない?おなクラだと思うんだけど、多分……」

言われてみれば、そんな人もいたような。

「ろ、廊下でぶっ倒れたって聞いたからしんっ、心配してた、んだよ」

さすがに『ぶっ倒れた』は言い過ぎ。俺は首を横に振った。

「あっ、えっ……」

真路さんは小さなタブレット端末を取り出した。

「こ、これ。古いスマホだけど、メモ帳とかは全然使えるから。だから、あの……」

つまり『文字を打つのはできそう?』ってことなのかな。

『ありがとう』

スマホを受け取ってメモ帳アプリに打ち込んだ。

「えっ、いや。しんどそうなら、無理しなくてもいい、けど」

『マジさんは手伝わなくていいの?』

「いや、私が行っても。カエデちゃんが仕切ってるから、ね?」

『カエデちゃん?』

「あ、うちのおばあちゃん、です。ハイ」

『そうなんだ』

首と手は動かせるまでは落ち着いてきた。みんなの手伝いをするのはまだ無理そうだ。

(昨日のバケモノ……。一体何だったんだろう)

少しでも気を紛らわせたくて昨日のバケモノを描いてみる。手を動かしていると少し気分が楽になった。

「『リョウメンスクナ』……?」

真路さんがつぶやいた。俺は顔を上げて彼女の顔を見た。

「あっいや、なんでもない、です……」

『コイツを知ってるの』

「知ってるというか、なんというか……」

『教えて』

真路さんと目を合わせる。

『手がかりが欲しいんだ』

「……『リョウメンスクナ 洒落怖』で検索」

『リョウメンスクナはカタカナ?』

「そう。そ、そこに書いてある以上の事は。私も知らない、ので」

『ありがとう』

どうして泰樹はバケモノになってしまったのか。それが分かるのなら、どんな怪しい話でも構わない。

「レンちゃーん!買い物行くから手伝ってー!」

「わかった!」

真路さんが立ち上がった。

「じゃあ、私、ちょっと出かける、ので」

『うん。気をつけて』

彼女は玄関に小走りで向かった。

『リョウメンスクナ 洒落怖』

わずかな望みをかけて、検索ウィンドウにそう打ち込んだ。

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