其の六:調査依頼[4/8(日)]

 大通りから路地裏に入り、細い道路の交差点をいくつも曲がる。

「はぐれないようにな」

「はいっ」

武は少しも迷わずに複雑な道をすり抜ける。唄羽は小走りでその後についていく。

5分ほど歩くと店に着いた。

すし・小料理 きじま寿し』

扉の横に筆文字の看板が控えめに掛けてある。場所を知らなければ見落としてしまうような店構えだ。

「入ってええんですか?」

格子戸には「準備中」の張り紙がされていた。

「大丈夫だろ。わざわざ場所指定しておいて、営業時間を間違えるわけないだろうし」

武は戸を引いた。

「おう、いらっしゃーい!」

板前の元気な挨拶が店内に響く。カウンター席が6席、奥に六畳程度の座敷席。年季が入っている店内だが、不潔な感じは全くない。

「お客さん来てるぜ」

「座敷?」

「そうそう。まあ座んなよ」

「いやお前が招いたんじゃないだろ」

武は板前と雑談を交わしながら店の奥に進む。

「来たか」

座敷の障子の向こうにはスーツ姿の男が座っていた。


 武と唄羽が入り口側の席に座る。

「すまなかったな。急に呼びつけて」

男が口を開く。思わず姿勢を正してしまうようなオーラがあった。

「いえ、滅相もございません」

唄羽は三つ指を付いて礼をした。

「顔を上げてくれ。今日は内々の話だ。楽にしてくれ」

「しかし……」

「はい、日替わり特選盛りお待ち!」

ぎくしゃくした雰囲気を遮るように寿司が運ばれてきた。

「そうだな、寿司を食いながらでいいから聞いてくれ」

そう言って男は下駄に乗った寿司を頬張った。

「紹介があったとは思うが、改めて名乗っておこう」

お茶を啜り、唄羽と武に向き直る。

「俺はおおとり 大仁ひろと。宮内庁特定怪異対策室室長を務めている」

「お偉い方なんですね」

唄羽は話を合わせようと曖昧な笑みで相槌を打った。

「まあ、要はモノノケ絡みの事件を捜査する部署の親玉だ。大して偉くはないさ」

「ははは、ご謙遜を」

「ま、俺の話はどうでもいい。今日は少し頼み事があってな」

「昨晩のモノノケに関わる件ですか」

武が言った。質問よりは確認に近い口調だった。

「話が早いな」


 大仁が話を切り出した。

「実は、一ヶ月ほど前から民間人が突如モノノケに変化する事件が頻発している」

変生へんじょう型ではなくて、ですか?」

「そうだな。変生というのは普通、理性を失うほどの激情から起こるものだ。それこそ日常生活が危うくなるほどの」

「ほんなら、普通の人がいきなりモノノケに?」

「ああ。そしてそのモノノケを倒すと、元になった人間のむくろが残るらしい。精気を吸われて衰弱した骸がな」

「じゃあ『人間がモノノケに変化する』んじゃなくて『モノノケが人間に寄生して成長する』んじゃないんですかね」

「しかし、それぞれの事件には法則性がまるで無い」

机に置かれていたタブレットに捜査資料が表示される。

「発生場所は全国に点在している。犠牲者の性別・年齢・境遇、何もかもバラバラだ。加えて発生したモノノケの性質も統一性がない。唯一共通項があるとすれば……」

大仁は懐から小袋を取り出した。

「遺留品として見つかったこれだけだな」

中には奇妙なオブジェが入っていた。胴が透明なフィルムケース状の物体。中は濁った黄色のレジンで固められている。

「『悪魔の胎児』……」

唄羽はオブジェの底面に書かれた文字を読み上げた。

「手がかりはこの謎物体だけですか。これだけで犯人を割り出すのは流石に無理ですよ」

「もちろん、そんな無茶を強いるつもりは毛頭ない」

大仁の指がタブレットの画面をスワイプする。

「先ほど奥多摩山中で見つかったご遺体だ。彼をうちの監察医に診てもらった。すると一連の犠牲者と同じような衰弱の仕方をしている事がわかった」

タブレットの画面に解剖記録が表示された。

李下りのした泰樹しんじ……」

太樹たいじはん確か、あのモノノケのこと)

『あいつは俺の、俺の家族なんだ!』

この少年は彼の兄弟なのだろう。

「ご家族が火村屋敷のふもとに住んでいるらしい。何か手がかりを見つけてきて欲しい」

「それは、命令ですか」

「いや。個人的なお願いだ」

「そうですか」

武は湯呑をあおった。

「善処はします。その代わり、収穫ゼロでも苦情は受け付けませんので」

「ありがとう。よろしく頼む」

大仁が席を立つ。

「何かあれば連絡してくれ」

武と唄羽は彼の背中を見送った。

「お客さん、食べきれないならテイクアウトも大丈夫ですよ」

「えっ」

話を聞くのに夢中でほとんど箸が進まなかった。

「ほな、よろしゅうたのんます」

「はいよ!ちょっとお待ちくださいね」

こっそり武の方を見る。下駄も湯呑もすっかり空になっていた。


 屋敷への帰り道、山の麓の住宅街にさしかかった。

「あ、あすこ……」

李下家の駐車場に葬儀社のバンが停まっていた。

「たけさん」

「何、唄羽」

唄羽は寿司折の袋をグッと握りしめた。

「今夜、付き合うてもろたい所があるんです」


[解剖時刻:2040年4月8日11時30分

 執刀医:宍戸ししど あお

 検体氏名:李下 泰樹

 検体年齢:15歳

 死亡推定時刻:4月7日午前11時〜4月8日午前1時ごろ

 死因:重度の栄養失調による衰弱死

 所見:胃内に未消化の残留物あり。衰弱が飢餓状態に起因する可能性は限りなく低い。

                                     以上]

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る