其の十二:三者三様青春生活[5/7(月)]

  実行委員を決めた日の放課後。

「さっ、食べて食べて〜!」

和・洋・中、パンにスイーツ。家庭科室のテーブルには料理がずらっと並んでいる。

「部活でコンテストに出すレシピの試作品!キタンのない感想お願いねっ」

手戸てどが胸を張る。

「これ、全部一人で考えたんだ……すご」

恋天使れんじぇるが壁際でつぶやく。

伝承研でんしょうけんのメンバーだけでは不足かと思いまして。助っ人を呼びました」

ボーケンこと内房うちぼうが胸を張って言った。

「よっ、唄羽。さっきぶりだな」

ポニーテールを揺らすそばかすの少女と、浅黒い肌の少年が座っている。

「ラカムさんと、たしか、竜石たついしさんやったっけ」

「うん。クラス委員長の竜石だよ」

竜石がほほえむ。

「アタシは射撃部だし、コイツは姉貴の後輩でフェンシング部だし。メシ食うのは得意だぜ」

「ほな安心ですね」

「うん。私もそんなに食べれるわけじゃないから……」

唄羽うたはも恋天使もかなり少食なほうだ。

「本当は3年のセンパイも呼びたかったんだけどね〜。みんな1年いない組だからピリピリしてて」

「そういや、アタシらの学年から2クラスに減ってんだっけか?大変だな」

「まっ、とりあえず食べてみてよ」

手戸が手を叩く。

「それもそうですね」

全員で手を合わせる。

「いただきまーす!」


 「これ、んまいな」

「ホント⁉︎ありがと〜!」

「そっちのお皿取ってもらってもいいですか」

「これですか?」

「いや、その右隣のやつ」

「これですね?」

「そうそう」

各々おのおのが賑やかにテーブルを囲んでいる。

「あ、そういえば」

恋天使がつぶやいた。

「この前、コラボスタンプラリーに行った時、変な夢見たんだよね」

「変な夢、ですか?」

唄羽が聞き返す。

「うん。電車の中にいてね。それで、なんかめっちゃグロい感じになって、着物の人たちに助けられたの」

「えっ」

唄羽は動揺した。先日の『猿夢』調伏ちょうふくの様子と良く似ていたからだ。

「それで、私を助けてくれた人がバーニング☆サムライバニサムそっくりの声だったんだよね」

「いや、それは……」

「ま、夢だしね!声だけでも推しが夢に出てきてくれてガチ悪夢が相殺そうさいされた、って話」

「……それは、良かったですね」

そう言って唄羽は胸を撫で下ろした。

「そういえば部長。先日お借りした本、拝読はいどくさせていただきました」

「あっ、『語られざる日本の信仰』?」

「ええ、それです。天皇家を対象とした現人神あらひとがみ信仰に触れている一方、諏訪大社すわたいしゃ大祝おおほうりにはノータッチなんですよね。何というか、全体的に素人の浅知恵をひけらかされているような印象を受けました」

「いやでも、この本の評価されてる点はそこじゃなくて……」

恋天使はすっかり内房との議論に夢中になっている。

「唄羽ちゃん、食べないの?」

うつむいていた唄羽に、手戸が声をかけた。

「あ。ほな、いただきます」

しかし2、3口食べた所で箸が止まる。

「食べないなら自分が貰いますよ?」

「よろしゅう頼んます」

見れば、空いた皿はほとんど内房の前に積み上がっている。

「いやー、どれも美味しいですね!」

「も〜!それじゃ試食の意味ないじゃん!」


 「お帰り」

「はい。ただいま戻りました」

屋敷に帰ると桜子さくらこが出迎えてくれた。

清森きよもりはまた画竜がりょうの仕事?全く、いつ勉強してんだか」

二人で廊下を歩いていると個室のふすまが開いた。

「おはよう」

「おはよ、たける

夜型の生活をしている武は、たいてい夕方に起きて明け方に寝る。

「21時から配信するから」

「あらそう。じゃあお夕飯は一緒に食べるの?」

「うん」

桜子と武が話しているのを、頭一つ下で唄羽が聞いている。

「また、配信しよるんですか」

唄羽が不機嫌そうに言った。

「まあ、仕事だし……」

そう言いかけた武。桜子がその首根っこを掴んで引き寄せる。

「唄羽はアンタが目移りしないか不安なの。ちょっとは乙女心ってのを考慮こうりょしなさいよ」

桜子は小声で怒鳴った。

「じゃあ、なんて言えばよかったんだよ」

「それは……。こう、ギュッと抱きしめるとか」

「無理無理!潰すって絶対」

「ムリじゃない。アンタ将来あの子と結婚するんでしょ。今からそんなんでどうすんの」

「いや、それは、その……」

二人が小声で口論している所に、和服の女性が静かに歩いてきた。

「お夕飯、できましたよ」

彼女は有無を言わせぬほほ笑みを浮かべた。

「た、たまきさん……」

「今日のお夕飯はなんですか?」

「はいはい、今日はサワラの西京焼きですよ。ほら、冷めないうちにいただきましょう」

環の乱入で口論はうやむやになった。


「はい、殿とののみんなこんばんは〜。バーニング⭐︎サムライです。えー今日はね、CDACコラボを振り返りつつの雑談をしていきたいと思います。あ、『マジこい』さん早速スパチャありがとうございますー」

夜の21時。バーニング☆サムライ――武の配信を聴きながら、唄羽は宿題を解いていた。

「えーと、『初日に行きました!ブロマイドは自引じびきできなかったんですが、同行者が箱買いしていたのでダブった分を譲ってもらいました。』と言うことで。すごいね箱買いって。一枚500円で×50枚だから25,000円!頑張ったね、マジこいさんの同行者さん」

(えっ。それ、うちのことじゃ……)

宿題をやっていた唄羽がタブレットを投げ出す。

「殿の皆さんが僕のグッズいっぱい買ってくれるの、すごくありがたいんですけどね。破産しない程度にね!バニサムとの約束だぞ」

『バニサムのためなら余裕で破産できる』

「いやダメだって!課金は家賃までって言うじゃん」

『わたしバニサムと誕生日おそろ』

「そう、よかったね」

『コメント読んでコメント読んでコメント読んでコメント読んでコメント読んでコメント読んで』

「うわ圧が強い」

画面右側のコメント欄に次々とコメントがせり上がってくる。

(ここにおる人、みんなたけさんのファンなんや)

視聴者はすでに1000人を超えている。知名度のあるアイドルや女性のインフルエンサーも何人か彼のファンを公言している。

(うちなんかより、よっぽどキレイな人がいっぱい……)

唄羽と武の結婚も、所詮は家の都合で決められたものだ。

(もし、たけさんが他に良え人見つけたら。家を出て、その人と結婚したら……)

唄羽は常に、武に見限られるかもしれない恐怖に怯えていた。配信を欠かさずに見るのも、その恐怖からくる行動だ。

(なんで他の人が、うちの話でたけさんに構ってもらえるんやろか。何にもしとらんのに)

唄羽の胸に嫌な感情がくすぶる。

(いや、うちがたけさんに直接言わんのが悪いんや。他の人に責任押し付けたらあかん)

唄羽の目には涙がにじんでいた。


「……でも。あんまり『バーニング⭐︎サムライ』に夢中だと、嫉妬しっとしちゃうよ。俺」

武がつぶやいた。

『は?』

『そういうのやめてください』

『見栄はるな童貞』

『恋のおはなし?』

『ガチ恋ボイスたすかる』

「ヴエーッ⁉︎さっきの︎マイクで拾ってた⁉︎忘れろ、忘れてくださいマジで!!」

ふすま一枚を貫通して、隣の部屋から絶叫が聞こえてきた。

『本日の絶叫ノルマ』

『鼓膜ないなった』

ものすごいスピードでコメントが流れている。

「仕切り直し!仕切り直すから、ね⁉︎」


 ―あんまり『バーニング⭐︎サムライ』に夢中だと、嫉妬しっとしちゃうよ―

(さっきの。もしかしたら、うちに……?)

唄羽はひとり赤面した。心臓が高鳴っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る