第15話:太樹、怒りのカフェランチ[5/8(火)]
古民家カフェのドアを開けると、不健康そうな男が叫び声を上げた。
「アンタ、あの時の……!」
『現実ナメんな!アニメやマンガじゃないんだ、ただの人間が易々とバケモノと意思疎通できると思ったら大間違いだからな!』
全てが変わったあの夜、俺の前に立った男。
「ちょうどよかった。アンタには言いたいことがメチャクチャあるんだ!」
俺は男の元に向かって歩いていった。
……なぜ、こうなったかというと。
今日のお昼、急に午後からの授業が取りやめになった。
「最近、都内で中高生が行方不明になってるのは知ってるな?」
担任の
「うちの生徒が被害にあった。先生たちはこれから会議を開くから、午後の授業は中止だ」
「じゃあさビマ先、もう帰っていいのー?」
『ビマ先』っていうのは、設楽先生のあだ名『
「帰ってもいいが必ず二人以上で帰る事。それと、寄り道しないでまっすぐ帰るんだぞ」
「はーい」
先生が教室を出ると、急にみんながざわつき始めた。
「いなくなったの、2年のセンパイなんだって」
「知ってる。23区から来てる人でしょ?」
「女の子しか失踪してないんだろ?なんかヤベー犯罪に巻き込まれたんじゃ……」
「じゃ俺らは大丈夫じゃね?帰りシャンゼ寄って夕方まで時間潰そうぜー」
「金持ちと金もらってヤってたりしてたって聞くよ」
「オッサンと首絞めやって死んだんじゃね?自業自得だよ」
不確かなウワサが教室を満たす。
「あの……。
「
すごく顔色が悪い。
「ちょっと……こういう空気、苦手で……」
「うん。俺もそう」
廊下を通ってレンさんがこっちに来た。
「ね、ねぇ……。もう、かっ、帰ろ……」
彼女も顔色が悪い。元々白い顔がさらに真っ白だ。
「あの、失踪事件……。女の子ばっかり、ね、狙われてるって……」
「大丈夫だよ。俺たちは車で登下校してるんだから」
車に揺られている間、ずっと頭がモヤモヤした。
(俺は安全。でも
「……で……から……」
(父さんか母さんに迎えを頼む?それか兄さんに……。いや、でもみんな忙しいしな)
「ねえ、聞いてる?」
レンさんが俺の肩を叩く。
「えっ?ごめん……もう一回言ってくれる?」
「だから。今日のお昼、うちで食べていかない?って……」
「そっか。レンさんのおうち、おばあちゃんがいるんだっけ」
父さんの仕事が在宅ワークメインだから、うちに帰っても一人ではないんだけど。
「う、うん。そ、それに……。うち、カフェやってるから」
「え、そうなんですか?」
手奈土さんが目をキラキラさせる。
「いや、カフェって言ってもそんな、オシャレな感じじゃないし?ほとんど使ってなかった
「最近はやってますもんね、古民家リノベ」
「ウワーっ逆効果」
「それじゃあ、
運転手さんが言う。
「あっはい、お願いします……」
レンさんがゴニョゴニョと返事をした。
至る、今。
「なんで……なんで
返事は返ってこない。
「レンさん……
「ちょっと、落ち着いて……」
「説明しろよ!なんで泰樹を見殺しにしたのか!なんで泰樹があんなになったのか!全部、全部……!」
「俺は!」
男が立ち上がった。
「……俺は、5歳の時、父さんと母さんをモノノケに殺された」
「だからなんだっていうんだ!」
「なる前ならまだ救える。一度モノノケになってしまったら、もう殺すしかない」
「なに意味わかんない事言ってるんだよ!なんで泰樹を助けられなかったのか聞いてんだよ俺は!」
叫びが止まらない。
「だいたい、『悪魔の胎児』の事だって何にも解決してないじゃないか!犯人必ず見つけるって言ってたくせに!大人なんだから約束守れよ!できないことの約束なんかするなよ!」
「それは……」
「なんで……なんで、泰樹は死ななきゃいけなかったんだよ……」
声がふるえる。
「……謝るか?」
首を横に振る。
「俺を殴るか?」
首を横に振る。
「『天災に遭ったようなもんだ。諦めろ』……これで満足か?」
首を横に振る。
「じゃあどうすればいいんだよ俺は!」
急に逆ギレしてきた。
「勝手にキレ散らかしてんじゃねぇよ論点まとめてから文句言いに来い!」
「うるさいうるさいうるさい!」
俺は耳をふさいでうずくまった。
「わかんないよ!なんにもわかんないよ!」
どうして泰樹は死んだのか。どうして真路さんは助かったのに泰樹は助からなかったのか。
「だって、誰も何も教えてくれない!みんな俺の知らないところで知らない話してる!俺を置いてかないでよ、教えてもらわなきゃわかんないよ!」
うずくまって泣きまくる。
「やかましいよ!ほら、ご飯食べるんだったらちゃっちゃと席に座る!」
肩をつかんで引っ張り上げられた。
「ちょ、カエデちゃん⁉︎ダメだよ、よその子なんだから……」
「ほら、3人とも席に座りな」
カエデさんに案内されて、俺と手奈土さん、それとレンさんは一番キッチン側の席に座った。
テーブルにトレイが置かれる。
「はい、こちら卵焼きと
「ほら、あの、ご飯来た、よ……?」
「あ、はい……」
箸を持ってご飯を食べる。卵焼きは少し甘かった。
(やっちゃった……。人前であんな、ガキみたいに泣き喚いちゃって……。絶対ウワサになる。父さんと母さんの近所付き合いが、俺一人のせいでメチャクチャだ……)
「ちょっといいですか?」
着物を着た女の人が声をかけてきた。
「私、
彼女は深々と頭を下げた。
「いえ、こっちこそ、あの、すいませんでした……」
「構いませんよ。武があなたくらいの頃はもっと酷かったですから」
「は、はぁ」
「……武はね、あなたの事をすごく気にかけてたんですよ」
「俺を?」
「ええ。あなたに昔の自分を重ねているみたい」
火村さんが少し笑ったように見えた。
「昔から人と話すが苦手な子で、強い言葉を使ってお友達を傷つけてしまう事が多かったから。誤解されやすいけど、責任感が強くて優しい子なんですよ」
「……」
「あの子を、信じてあげてください」
そう言って彼女はもう一度、深く頭を下げた。
「お代は私が払います。ご迷惑おかけしたお詫びです」
彼女は伝票を持ってレジに行き、そして帰っていった。男――武さんもいつのまにか帰っていた。
「……同情なんて、しないからな」
俺は大きく口を開けて焼きおにぎりにかぶりついた。
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