其の十四:丑三時密談義[5/9(水)]

 真夜中の繁華街をたけるが歩いている。

(うっすらとモノノケの気配はあるけど、場所を特定できるほどではない。嫌な感じだな)

くたびれたジャージに履き潰したランニングシューズ。背中を丸めて歩いている彼を通行人が避けて歩く。

「見えない探れない……『必ず見つける』と大見得きったのにこのザマとか。お笑いだよ、全く」

武は自嘲じちょうした。時刻は午前2時。いわゆる『丑三つ時』でモノノケにとってはゴールデンタイムのはずだ。

「この時間帯ですらコレなら、霊力れいりょくから探る方針は厳しいかもな……。右手さんの探知網にも引っかかってないし」

右手さんこと『筆化物ふでばけもの』とは火村ほむら屋敷の蔵で管理しているモノノケの事だ。武のいう『探知網』とは筆化物の持つ『モノノケの場所と種類を探知し記録する』能力を指す。

「都内にいないから引っかからない、って事でもなさそうだよな……」

考え事をつぶやきながら歩いていると、スーツの男と肩がぶつかった。

「あっ、すいません」

顔を上げると見覚えのある顔がいた。

おおとりの……」

たけるくんじゃないか!俺だ、ヤグルマだよ。覚えてないか?」

武の言葉をさえぎるように、男は彼の肩を抱き寄せた。

「……このあたりでは『ヤグルマ』で通ってるんだ。合わせてくれ」

男が武にささやく。

「偽名を使わなきゃならない事情でもあるんですか?鳳 大仁ひろとさん?」

武が揶揄からかうように名前を呼ぶ。

「ま、色々あってな」

大仁は武から手を離した。

「こいつも一緒に連れてっていいか?知り合いのとこのガキでな」

連れ立っていた女に質問する。

「んもう、特別ですよう?」

女は少し困ったように笑った。香水と酒の混ざった匂いがした。


 案内されたのは高級そうなクラブだった。店内ですれ違う人は皆、華やかに着飾った女性ばかりだ。

「奥の部屋に。お連れさんがお待ちですよう」

「ありがとう。はいこれ、道案内ぶんのお駄賃」

大仁が自分の端末から女の端末に送金する。

「えー、これだけですかあ?」

「勘弁してくれよ、後で指名してあげるからさ」

「約束ですよう?ヤグルマさん」

「はいはい。じゃ、また」

女をあしらい、大仁と武は奥の個室に入った。

「……スケベ親父」

武が大仁に軽蔑けいべつの視線を向ける。

「ここのスタッフが一番口が固いんだ。個室内は防音だし、店全体に盗聴対策が施されている。都内で一番密談みつだんがしやすい店なんだ、ここは」

「ふーん……」

個室のドアを開ける。壁沿いに設置されたコーナーソファには往年そうねんの男が二人座っていた。

「どうも」

「こんばんは。むさ苦しいオッサンばかりで申し訳ないね」

「あ……。こ、こんばんは……」

武はぎこちなく二人に挨拶あいさつを返した。

「まあ、座りなさい」

「あ、じゃあ、失礼します」

武は一番下座に座る。

「紹介するよ。眼鏡めがねをかけている方が法医学者の宍戸ししど。で、その隣が警視庁捜査一課の北岡きたおかだ。二人とも我々の『同業者』だよ」

(この二人も言霊師なのか)

「あ、どうも……」

「おっ、貴様きちゃまこの前のニンゲンではないか!」

黒いふわふわが武のひざに飛び乗る。

「カヴァス、やめなさい」

北岡がカヴァスの首元を掴み、自分の膝に置いた。

「北岡さんがカヴァスの飼い主なんですか?」

「逆だ!コイツがワガハイのちもべなのだ!」

火村ほむらくん、コイツの話は本気にしなくて構わないからな」

北岡とカヴァスの掛け合いが終わると、大仁が口を開いた。

「今日ここに集めたのは他でもない。特定霊具とくていれいぐ――『悪魔の胎児』についてだ」


 「それでは、僕の方から報告させていただきますね」

宍戸がタブレットを取り出す。

「特定霊具の解析結果です。ざっくり言うと、近くにあるものの霊力を吸い上げて羽化する……いわばモノノケの卵のようなものですね」

「周囲の霊力?人間の魂じゃなくて?」

武が質問する。

「はい。極論、その辺に置いておいても羽化します」

「それについては私から補足ほそくさせてもらう」

北岡がバッグからタブレットを取り出した。

「これと同型の霊具が、フリマアプリ『ウルカイ』に出品されていた際の画像だ。SNSの更新頻度から見るに、組織犯ではなさそうだ」

タブレットにはフリマアプリの出品画面のスクリーンショットが映し出されていた。

「『眠っているエナジーを呼び起こすパワーアイテム』『肌身離さず持っていると、あなたのエナジーが赤ちゃんのように成長していきます』……」

説明文を読んだ宍戸が頷いた。

「なるほど。携帯するように誘導する事で、常に霊具の近くに『人間の魂』という霊力のかたまりを置いておくようにしているんですね。考えるもんだなぁ」

「あの、続きを……」

武が申し訳なさそうに催促さいそくする。

「じゃあ、話を戻しますね。羽化の際、内部に封入ふうにゅうされている未分化みぶんか胎児たいじが核になってモノノケが形成されます。発生するモノノケは『洒落怖』などのインターネット上の創作物に似た特徴を持ちます。ただ、発生するモノノケの種類は『宿主』……つまり所持していた人間の記憶などにある程度影響されるみたいですね」

宍戸が説明を終えてタブレットを閉じた。

「これ自体に霊力を持っている訳ではない、っていうのが厄介な所ですよね。霊力から居場所を探知できない以上、人海戦術じんかいせんじゅつで探すしかない訳ですから。少数精鋭で全て回収するっていうのは、はっきり言って無謀むぼうです」

「そう、ですよね……」

武がうつむく。

「君が落ち込むのは筋違いだ。犠牲者が出ていたにも関わらず、手を打つ事すらできなかった我々に責任があるのだからな」

大仁がそう言って武の肩を叩いた。


 「ところで最近、10代の女性が失踪する事件が相次いでいる」

北岡が切り出した。

「事件現場は主に2か所。渋谷駅構内と、新宿駅西口地下街だ」

「……失踪事件それ『悪魔の胎児』これとに何の関係が?」

武が聞いた。

「特には。しかし、どちらも過去に嬰児えいじ遺棄いきの現場となっているのが気になっていた」

「赤ちゃんが捨てられてた、って事です?」

「そうだな。一連の事件の影響で『コインロッカーベイビー』なんて怪談も産まれた……らしい。その怪談に関連するモノノケがいたとしてもおかしくない」

「それを俺たちで調伏ちょうふくしろと?」

武が不機嫌そうに返した。

「いや、そういう訳ではない。ただ、気になっているだけだ」

「そうですか」

(モノノケを使って何かをしようとしている……?いや、そんな大規模な事を一人でできるものなのか?)

話を聞いている武の頭の中には疑念が渦巻いていた。

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