其の十一:悪夢凶夢則猿夢[5/3�域惠��]
攻撃が飛んでくる。
「『守って、
チャクラムが黄金の刃を光らせて飛び回る。
「ああっ!」
死角から黒いもやの攻撃が直撃する。傷口にもやがまとわりついて、身体がうまく動かない。
(うちがみんなを守らんと……!)
もやがこちらを攻撃している間は、他の乗客への攻撃の手が止まる。
「戦えるのはうちだけなんや。ここにおるみんなを守れるのはうちだけなんや!」
そう叫んで自らを奮い立たせる。
『ブチ殺シテやるゥーッ!』
黒いもやが
「か、かかって
震える足で必死に立つ。この攻撃を
(うちなんか死んでも
覚悟を決めたその時だった。
『ガァーッ⁉︎』
影がもやに飛びかかった。影はもやを噛みちぎり、吸い取り、飲み込んでいく。
「夢の中で
影はもやを取り込み、名状しがたい四つ足の存在となった。
「カヴァスさん」
異形は勝ち誇ったように遠吠えをあげる。ソレがあのポメラニアンだと、唄羽は直感で理解した。
[ヲ客さま、ペットのお持込みは〜ご遠慮ください〜]
アナウンスにノイズがかかる。
『
「あ……」
『どうした?人間。吾輩の
「ありがとう、ございます」
唄羽が頭を下げた。
『フン!礼なら吾輩でなく、そこの人間に言え』
「
『吾輩はあの人間との
カヴァスが通路の突き当たりを向いた。
『増援が来るぞ』
電車が線路を走る。
「お猿の電車って在来線だっけか」
「まあ、我々が産まれるだいぶ前に
車内はひどい有様だった。血と肉と内臓、そしてその中身の混ざった臭い。飛び散った血肉が車内に飛び散っている。
[お客サマ困リマすオ客様、困ります困ります〜]
アナウンスが不気味に音割れする。
「たけさん!
「
唄羽の顔には切り傷がいくつも付いている。レモンイエローのドレスワンピースも、血の染みとダメージでボロ切れのようになっている。
「うちの事は
[オoお客さま〜?
フードを被った影を引き連れて、サルが通路を歩いて来た。
「あれが本体か」
「ああ、そのようだな」
二人が武器を構える。
[運賃ちょうだい致します〜]
サルがウエストポーチに手を置く。
「あそこに被害者の魂が入ってるな」
「まずはあれを
守ノ神が
「……『我が手に有るは
弓から水の矢が放たれ、ウエストポーチを狙う。
[ちょうだい致します〜]
しかし、矢はポーチに届く前にほどけて消えた。
『
「
武が頭を掻いた。
[次は〜、終点〜。成りかわり〜、成りかわり〜]
黒い影が
「ひっ……!」
「危ない!」
武が床を蹴って飛んだ。
「
空中を飛びながら、武は自らの
「コイツめ!」
着地と同時に大剣をふりかざす。
『キーッ!』
斬撃が影を切る。黒い影が甲高い悲鳴をあげた。
「大丈夫か?」
「あ、あ……」
武が恋天使を背中でかばうように立つ。
「やっぱり、物理攻撃は効くみたいだな」
「そうか。なら私は文字通り無用の
守ノ神が弓で影を薙ぎ倒しながら言う。
「どこがじゃい」
武のツッコミが入った。
「しかしこれでは
「あのポーチを、取ればええんですね」
唄羽が立ち上がりチャクラムを構える。
「秋桜!『みんなを助けて』!」
チャクラムが孤を描いて飛ぶ。
[お客様〜。車内でのフリスビーはご遠慮ください〜]
影がチャクラムを撃ち落とそうとするが、その攻撃も次々とすり抜けていく。
「今!」
刃がウエストポーチを切る。
「ありがとさん、秋桜」
そのポーチを下げて、チャクラムが唄羽の手元に戻って来た。
「これを開ければええんですね」
「ああ」
『開けるのは彼奴を倒してからだぞ!さもなくば今までの努力が水の泡だ』
守ノ神と唄羽の間にカヴァスが割って入る。
[あア後少しあと少し。
モノノケが叫ぶ。車内が歪み、色彩もデタラメになっていく。
「そろそろ片をつけないとマズそうだな」
武が本体を攻撃しようと踏み込む。しかしその大剣が届く事はない。
「走っても走っても、モノノケとの距離が縮まらない……!」
武が全力を出せばものの数歩でたどり着くはずだ。
「もしや、空間が歪められているのか」
守ノ神がモノノケを見て言った。
黒い影が標的を変えた。言霊師たちを
「この!」
唄羽がチャクラムを投げる。空間が歪み、チャクラムは唄羽の背中に帰って来た。
「きゃあ!」
[返すものか!渡すものか!全部、全部我のモノだァー!]
車内の空間がどんどん狭くなっていく。
「このままやと
「しかし、武の斬撃も唄羽のチャクラムも届かない上に私の攻撃は吸収されてしまう。こんな盤面で果たして打つ手などあるのか?」
守ノ神が頭を抱える。
『自らの内側で押し潰して無理矢理にでも取り込むつもりか』
カヴァスはそう呟き姿を消した。
『
[キサマ。どこから……!]
『
カヴァスがモノノケの首に噛み付く。
[ヴぅー!こいつ……!]
『今だ、やれ!』
「んな事言われても……」
武は一歩踏み込んだ。
「近づける。守ノ神!唄羽!」
「はい!」
「心得た」
三人が一斉にモノノケに切りかかる。
「『消えろ』!」
守ノ神と武が同時に叫んだ。
「『消えて』!」
唄羽が叫び、攻撃を浴びせた。
[クソっ!せめて、この娘だけでも……⁉︎]
モノノケが黒いもやで唄羽の手首を掴む。
「汚ねえ手で唄羽に触るな!」
武の大剣が炎をまとう。
「灰になれ!」
斬撃がモノノケを両断する。炎がその残骸を焼き尽くす。
[われハ、タダ……完成、したかっ、た、ダケ、なの、ニ……]
モノノケの断末魔が車内に響いた。
「せめて、安らかに」
唄羽は目を閉じて静かに手を合わせた。
空間が崩れ落ち始める。
「唄羽と武は先に帰っていなさい」
「守ノ神さんは?」
「
守ノ神が唄羽の額に右手を当てる。
「武。頭を」
「ん」
身をかがめた武の額に左手を当てる。
「では。『魂よ。
現実世界に引き戻されていく。
『人間。帰ったらあの貧弱な人間の持ち物を
カヴァスが唄羽の肩に顔を寄せる。
「レンちゃんの持ち物を、ですか?」
『うむ。面白いものが見つかると思うぞ』
「ありがとうございます、カヴァスさん」
意識が穏やかに遠のいていく。
「帰ろう、唄羽」
武が手を差し伸べる。
「はい」
唄羽は小さな手で、それを握り返した。
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