其の十:白昼夢攻略戦[5/3(木)]

 調伏装束ちょうふくしょうぞくを着た清森きよもりが入場ゲートの屋根に飛び乗る。

「あの辺りか!」

お化け屋敷の周辺に人だかりが出来ている。

「おー、やっと来たか」

「なんでたけるが俺より先に着いてんだよ」

あねさんもいるぞ」

武は桜子さくらこを指し示す。二人も同じように装束を着ている。

「いやそういう事じゃなくて」

無駄口を叩いている場合ではない。意識を失った人たちが呼吸も止まっていたとしたら、事は一刻を争う。

「まあいいや。状況は?」

「倒れた人たちはみんな呼吸は正常だったから、私と武の二人で搬送はんそう止めさせて様子見」

「まあ、もし現場から離して取り返しのつかない事になったらまずいもんな」

「そう。今守ノ神もりのしんが調べてくれてる」

「あれ、アイツ連休中はずっと巡業じゅんぎょうじゃなかったっけ?」

〈今は移動中だ。形代かたしろをそっちに飛ばしているはずだが〉

霊器れいきを通した念話ねんわが聞こえる。

「なるほどね。それで?現状どんな感じなわけ?」

〈意識、というよりはたましいが体から引き剥がされてどこかに隔離かくりされているようだ〉

「それで意識がないのか」

〈ああ。今は無事だが、仮に魂が破損はそんした状態で肉体に戻ったとしたら……〉

「何かマズいのか?」

〈魂が受けたダメージが肉体に反映される〉

「うんうん。つまりどういう事?」

〈魂の状態で致死ちしのダメージを受けているならば、魂を肉体に戻した瞬間に現実でもショック死する〉

「……やばくない?」

守ノ神の話を聞いていた武・清森・桜子が口を揃えた。

〈そうだぞ。だからモノノケを調伏ちょうふくする前に魂を修復するのを忘れないようにな〉

「んな事言ったって、まだモノノケのツラも拝めてねえだろうが」

清森が苛立いらだった声色こわいろでつぶやく。

「まあまあ、魂とか霊とかは守ノ神の専門分野だし。任せておいてもいいんじゃない?」

「でもモノノケの居場所わかってないのは事実だし」

〈これも全て私の未熟さゆえだ。本当にすまない……〉

「武!」

める武と守ノ神をよそに、清森は倒れている人たちを日陰ひかげに移動させている。

(みんな、無事でいてくれよ)

唄羽うたはとその友人はもちろん、たくさんの名前も知らない人たちも。誰一人として死なせるわけにはいかない。


 霊器を通じて唄羽の声が聞こえてきた。

〈うちです、唄羽です。聞こえてはりますか?〉

「唄羽⁉︎無事なのか!今どこにいるんだ!」

武が叫ぶ。

〈今は、ええと……。電車の中におります〉

動揺どうようしているのだろうか。声が断続的に途切れる。

「電車か……。他に何かわかるか?」

車掌しゃしょうさんの服着たおサルさんがおりました〉

「猿に、電車。となると『猿夢さるゆめ』か?」

武がポツリとこぼした。

〈学が浅い故存じ上げないのだが、サルユメとは一体何なんだ?〉

守ノ神の質問が飛んでくる。

初出しょしゅつ匿名とくめい掲示板。スレッドの題名スレタイを略して『洒落怖しゃれこわ』って呼ばれる作品群の一つ」

〈つまり?〉

「フィクション。架空。作り話!」

〈なるほど。明確にフィクションとわかっているなら、普通モノノケとして顕現けんげんする事はほとんどあり得ないはずだが?〉

「そう。だから、何者かが手を加えているとしか思えないんだよなぁ」

〈っ、すんまへん!いっぺん抜けます!〉

武と守ノ神が話していると、焦った声で唄羽が叫んだ。

「ちょ、唄羽⁉︎」

そのまま念話は途切れてしまった。

「向こうで何かあったのかな」

桜子が心配する。

「だろうな。クソっ、せめて向こうの様子が分かれば……!」

清森が悔しそうに言う。

 武が不意に顔を上げる。

「守ノ神」

〈ああ。お前もか〉

「オイ、どうしたんだよ二人とも」

〈今、強い霊力の揺らぎを感じた〉

「揺らぎ?俺は何も感じなかったけど……」

『フン!この吾輩ワガハイが、彼奴きゃつ風穴かざあなを開けてやったのだ!』

言霊師たちの頭に直接声が響いてくる。

〈貴様、何者だ!〉

守ノ神が叫んだ。

うるさいぞ人間!四の五の言わずさっさとこちらに来い!吾輩だけでは手に余る!』

「よしわかった、いこう」

武が即答した。

〈正気か武!敵の罠でない確証は……〉

「この話に乗らなきゃ、多分、取り込まれた人はみんな死ぬ」

守ノ神が言葉に詰まる。

「罠かもしれないけど、この話に乗ればその人たちを助けられるかもしれない。なら、乗るしかないだろ?」

〈しかしだな……〉

「それに。仮に罠だったとしても、俺と守ノ神お前がいて負けるハズないしな」

〈……そうだな。お前がいれば大丈夫だ〉

「はい決まり。俺と守ノ神で『猿夢』に入る。二人は現実こっちかなめになってほしい」

「了解」

桜子が頷く。

「えっと、『金生水キンはスイをしょうず』だから姐さんが守ノ神の方だろ。んで『木生火モクはカをしょうず』だから俺が武の担当か」

五行相生ごぎょうそうしょうの関係は霊力れいりょく授受じゅじゅ――回復や能力強化バフをかける際に重要になってくる。相生関係にある属性が一番馴染なじみやすい。

「そうだね」

清森が武の背中に手を当てる。

「後は任せる」

「言われなくても」

桜子が守ノ神の形代を手に持つ。

「気をつけてね、シンくん」

〈うん。行ってくる〉

武の体が崩れ落ちる。

「おっと」

清森が武を倒れないように支える。

「うん、ちゃんと意識が向こうに行ったみたいだね」

シャンと自立していた守ノ神の形代もへにゃへにゃとくたびれている。

「待ってる俺らは何も出来ない、ってのはちょっと歯がゆいな」

「なに言ってるの。帰りを待つのも立派な仕事でしょ」

「はいはい。胸やけするくらい良い夫婦だぜ、全く」

よく晴れた連休初日。人知れず、戦いが始まった。

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