閑話:『サバイバーズ・ギルド』にようこそ

 「あーっ!失敗した失敗したっ!あともう少しだったのにーっ‼︎」

女が叫んだ。

「なんでジャマするの?あんなにカワイイ怪異あのコたちがこの世界に産まれてきてくれるのに」

ハリもツヤもない髪・肌・ボディ。顔面には小ジワとシミが浮かんでいる。

「ううーっムカつくムカつくムカつく!」

女は手当たり次第に物を床に叩きつける。

随分ずいぶんと荒れていますね」

背後から声が聞こえた。

「誰っ⁉︎」

女が振り向いた。そこにはハイティーンの男が立っていた。

「私は桂馬けいま貴女あなた、不思議な力を持っているようですね」

ボブカットの髪が横に広がっている。

「だから何だって言うの?」

「私の上司が、是非貴女に協力したいと申しておりましてね」

桂馬が薄暗い土蔵どぞうを見回す。壁を覆うように張り付いたスライム状の光。その中で赤黒い塊がうごめいている。

「貴女の作品……『悪魔の胎児Diaboli Foetus』、でしたか?材料が尽きたのではないのでしょうか」

「どうしてそれを……」

「作品譲渡じょうとの投稿が、一昨日を最後に急に途切れたからですよ。手元に作品がなければ渡す事もできませんからね」

女はうつむいた。

「我々は貴女に援助をする用意があります。魂と体を切り売りせずに作品を作り続けられるように」

「どうしてそこまでしてくれるの?私には地位も金も、家庭すらもないのに」

「全ての理解されざる霊者れいじゃたちに結束と活躍の機会を。それが、我々『サバイバーズ・ギルド』のモットーですので」

桂馬は仏像にも似た笑みアルカイック・スマイルを浮かべた。


 女との商談を取りまとめた桂馬が住宅街を歩いている。

『来い』

合成音声が頭に響き、桂馬の姿が消えた。

 次の瞬間、彼は古い日本家屋に立っていた。

「よう、商談はうまく行ったか?」

香車きょうしゃ

巨躯きょくの男が桂馬を見下ろす。

「オレの集めたモノノケを手土産にしたんだ。破談になるわきゃねぇよなぁ?」

浅黒い肌に、いかついチェーンネックレスと十本の指にはめた大きな石付き指輪が光る。胸元を開けたワイシャツに黄色いスーツと、まるで漫画に出てくるヤクザのような服装だ。

「交渉は二つ返事で成立した」

「の割にはずいぶんと遅いお帰りじゃねぇか」

「中年弱者女性の身の上話を3時間ほど聞かされた。全く、私の業務はメンバー勧誘であってホストではないのだが」

桂馬がため息をつく。

「キヒヒッ、営業職は大変でございマスね」

暗がりから青白い顔の小柄な青年が顔を出した。

「ドーモ、桂馬サマ。お久しぶりデス」

サイズが合わず萌え袖丈になっているパーカー越しに手を振る。

「ええ。召集しょうしゅうのタイミングが中々合わなかったものですから」

桂馬は少しかがんで飛車に目線を合わせた。

「おう、いたのか飛車ひしゃ。チビすぎて危うく蹴飛ばしちまうところだったぜ」

「ケッ、もしやおイヤミを仰ってやがるんでございマスか?」

丸メガネと前髪の奥に隠れた卑屈な視線が香車を睨みつける。

「だってホントの事だろ」

「いつの世も人を最も傷付けるのは事実でございマスよ。最も、香車サマのような男性ホルモンゴリゴリのマッチョマンは事実提示如きでは傷つかないでしょうがネ。ケヒヒ」

飛車は自嘲じちょう気味に笑った。長い髪と女性並みに低い身長が少女のような印象を与えるが、彼もれっきとした男である。

『ちょっと男子ィ、いつまでそうやっておしゃべりしてるつもり?』

女声の合成音声が鳴り響く。

金将きんしょう様とこのアタシ、角行かくぎょうが来てるのよ。あいさつくらいしてくれてもいいんじゃない?』

黒いゴスロリ衣装とワインレッドのコルセット、足元は黒いローファーとサイハイソックス。デコルテとソックス上の絶対領域はラバーのようなディスプレイに覆われている。

『すまないね諸君。今日の角行は少しご機嫌ナナメなんだ。このワタシ、龍馬りゅうまに免じて許してくれないかい?』

少女が背負った巨大な一対いっついのスピーカー。そこから男声の合成音声が響く。白い前髪を中心にグリーンとパープルに色分けされた、腰まで伸びたツインテールが揺れた。

「ケヒャヒャ!金将サマ、それに角行サマ龍馬サマご両名もお変わりなく」

『はぁ?お変わりないわけないじゃん。前に全員集まったのは一年前よ?』

いわゆる「地雷系メイク」の目元と黒いリップが歪む。少女の左手が忙しなくフィーチャーホン――いわゆる『ガラケー』――型のキーボードを叩いている。

「今のは『お元気そうですね』って意味だよ」

少女の隣にいた男が口を開いた。流行りの服を着た流行りの顔の男だ。

「金将。ヘソを曲げるたびに我々を呼び出すのはやめてくれないか?私は曲がりなりにも学生なのだが……」

五行家ごぎょうけ次期当主が五人、火村ほむら屋敷に揃った」

金将の言葉が桂馬の苦言をさえぎった。

「あ?だからなんなんだよ」

「香車サマは愚かデスねぇ。火村屋敷を吹き飛ばせばヤツらの戦力は大幅ダウン!デスよね、金将サマ?」

「違う」

『ワタシはわかっているよ?本家の連中が我々「サバイバーズ・ギルド」の邪魔をする確率が上がるという事さ』

「そうだよ」

「なるほど。『悪魔の胎児Diaboli Foetus』の制作者に改造した『コインロッカーベイビー』を預けたのは、香車の手駒てごまを増やすためか?」

「うん。香車の異能ちからは『モノノケを指輪に封じ込めて使役する』事。一つ失う代わりに大量の創作モノノケが手に入るなら、結果的にはプラスだろう?」

『金将様のおっしゃる通りですわ』

「それに、成立が浅いインターネット上の怪異なら、モノノケにした時に原典が特定しにくい」

『つまり対策しにくくなるのさ』

金将が深く息を吸う。

『この先、本家連中の妨害活動はより悪質に、より暴力的になっていくだろう。でも、我々「サバイバーズ・ギルド」は屈しない。屈してはならない』

金将の言葉は、体に刻んだギルドの刻印こくいんを通してメンバー全員に届く。言霊ことだまを含んだ言葉でしかできない離れ業だ。

『戦おう!我々霊者が社会に認められるその日まで!迫害はくがいと暴力に満ちた過去を、栄光で塗り潰すその日まで!』

「オーッ!」

空気を揺らす雄叫びは、メンバーたちの心の叫びだ。


 演説が終わった。

「では、私はこれで」

他の幹部も次々と帰っていく。

「待てよ」

香車の手が桂馬の肩をつかんだ。

「シメてぇアマがいるんだ。ついでにギルドこっちに引き込みてぇヤツもな」

「それは同一人物か?」

「ちげぇよ。だが、オレは話し合いは苦手だ」

香車の小さい瞳孔が開く。

「暴れさしてやるからよ。ちょっくら力貸してくんねぇか?」

「やれやれ。暴れたいのはそっちだろうに」

桂馬は肩をすくめたものの、提案を断ろうとはしなかった。

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