其の二:初陣[4/7(土)]

 荷解きと食事、それから入浴。ようやく眠れたのは日付が変わる少し前だった。布団に入り目を閉じた瞬間、土蔵のそばに設置された半鐘がけたたましく鳴った。

「モノノケですか?」

唄羽は桜子に尋ねる。

「ええ」

屋敷に緊張が走る。

 幽霊、妖怪、怪奇現象。それらは全て引っくるめて『モノノケ』と呼ばれている。それは常人には見ることすら出来ない。モノノケを無力化できるのは言霊師や、それに類する力を持つ一部の人間だけだ。

「場所は住宅街の真ん中か。被害が出る前に速攻を掛けるか」

守ノ神が何かの紙を見て作戦を立てている。紙には墨字で地図が描かれていた。これにモノノケの出現した地点が記されている。

「了解。唄羽ちゃん、守護刀まもりがたなは持ってきてた?」

「はい。持ってます」

清森に言われて唄羽はバッグから小刀を取り出した。つばが無く、刃もつかも真っ黒な小刀だ。

「よし。じゃあ守護刀を、刃先を地面に向けて持って、と」

清森が守護刀を構える。刃先を地面に向けて両手で柄を持つ。

「『祖より下りて鳳凰ほうおう麒麟きりん四神しじん八方はっぽう五行ごぎょう。我は西より来たりし木戸の言霊師。宿せし気はもく、授かりし名は清森なり』」

口上を名乗り終わると立ち所に清森の服が変わった。

 赤い襦袢じゅばんに緑の小袖こそで浅葱あさぎ色の袴。足には黒い脚絆きゃはんを巻き、履物は足袋たび草鞋わらじになっている。顔は雑面ぞうめんで隠されていて、面には木戸の家紋が書かれている。

「これがモノノケ調伏ちょうふくに使う装束を出す口上。一応これでフルサイズな。短縮も出来るんだけど……」

「こらこら。先輩風吹かせたいのは分かるけど、今は調伏が優先でしょ」

清森が桜子に注意される。周りを見てみると、もう唄羽以外は装束に身を包んでいた。

「準備出来たら行くよ」

「は、はいっ」

京都にいた時に調伏の手順などは一通り教わっていたが、実戦で使うのはこれが初めてだ。

「そ、『祖より下りて……』」

唄羽は緊張した面持ちで口上を名乗った。現れた装束は白い襦袢に黄色い小袖。袴が緋色で赤い脚絆を巻いている。

「できましたっ」

「よし、じゃあ行こっか!」

五人の言霊師たちは夜の闇を縫って現場へと向かった。彼らの長い夜が始まろうとしている。


 モノノケの眼前に言霊師たちが降り立った。この家の住人だろうか。芝生に座り込んでいた少年が呆然とこちらを見ている。

「一樹、樹花、母さん。家の中に入っていなさい」

男性(恐らく父親)が残りの人々を家の中に避難させる。呆然と座り込む少年と唄羽の目線が合った。――ように見えた。

「だ、誰だよ、アンタら!」

少年は訝しんだ。無理もない。モノノケに襲われかけて、目の前には顔を隠した和服の集団。不安に思わないほうがどうかしている。

「武と私で抑えられるか。清森、念の為援護を頼む!」

「了解!」

武と守ノ神が前線に立ち清森がその後ろで呪符を構える。

「桜子!結界を!」

「了解。唄羽、手伝って!」

「は、はいっ」

守ノ神からの指示を受け、桜子と唄羽はモノノケの射程範囲外まで下がる。

『我が手に有るは白金しろがねの扇、そのめい蝋梅ろうばいとす!』

桜子が口上を叫ぶ。すると銀色の鉄扇が二枚、彼女の手元に現れた。

「私が呪符をアイツの上まで飛ばす。唄羽は結界が展開したら、この補助呪符を四方に配置して」

「はい、わかりました」

渡された呪符は四枚ちょうど。失敗する訳にはいかない。

「『舞い上がれ』!」

風が吹き上がり、呪符はモノノケの真上まで飛んだ。

「『開け』ッ!」

 結界が展開しようとしたその時だった。

「アぁあーッ!!!!」

モノノケが頭上の呪符を睨みつけ、咆哮を上げた。窓ガラスが揺れるほどの爆音だ。音圧で呪符が吹き飛ばされ、展開しかけていた結界も打ち破られる。

「ウソだろ⁉︎」

清森が驚愕した。結界を破る強力なモノノケは稀にいる。しかしこのモノノケはそれほど強力ではない。加えて、結界が展開する前に呪符を弾き飛ばしていた。しかも呪符を認識した上で、だ。

「かなり知性がある。『変生へんじょう型』か?」

「かもな」

武と守ノ神が互いに目配せする。敵がどうであれ、被害を出す訳にはいかない。

 モノノケが脱兎の如く走り出す。その延長線上には少年がいた。

「『逃げて』!」

唄羽が少年に叫ぶ。しかし少年は座り込んだままだ。

「唄羽、その子を頼む!『我が手に有るは弓一張、銘を瑞穂みずほとす』!」

口上を唱えると、守ノ神の手元に黒い和弓が現れる。

「『こっちに来い』!」

背後を取って威嚇射撃を浴びせる。しかしモノノケは振り向きすらしない。少年のいる方を目掛けて猛突進を続ける。

「クソッ、外野はお呼びじゃないってか!」

このままでは犠牲が出る。そう判断した武が咄嗟に少年の前に躍り出た。

「来い!アルティメットッ、ハイパーァブレーーード!」

「あ、アル……、何??」

武の絶叫に、少年は困惑の表情を浮かべた。

 少年を跳ね飛ばす寸前でモノノケが止まる。人間の二、三倍はある大きさのモノノケを、武は刀一本で食い止めている。その刀も尋常なものではない。刀身は赤く、持ち手だけが山吹色。そして長さは武の背丈ほどもある蛮刀だ。それを逆手に持ち、切っ先を地面に刺して斜めに構えている。

「……『アルティメットハイパーブレード』。クソデカい剣も、悪くないだろ?」

武が決め台詞を放つ。最も、当の少年はそれを聞く余裕はなさそうだったが。

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