第2話:人生で一番騒がしい夜[4/8(日)]

 そう。あれは、日付を跨いでからしばらく経った頃だったと思う。ベッドが大きな音を立てて揺れ始めて、その音で目が覚めたんだ。

「な、何⁉︎」

大きな地震か何かだと思って、とにかくベッドから降りようと下を見て。

「え?」

そしたら、床一面にバケモノがいた。

 ソレはミイラみたいな見た目だった。脚が2本に胴体1つ、そこに腕が4本と頭が2つくっ付いていた。手足が異様に細長くて、なのに胴体は丸々と太っている。暗がりで床を這いずり回っている様子は巨大な昆虫に見えた。

「……秦樹?」

秦樹が下で寝ている。危ないのは俺よりもアイツの方だ。

「秦樹!秦樹!返事しろよ、秦樹!」

返事は返ってこない。聞こえるのはバケモノの呻き声だけだ。

(どうしよう、床に降りたら確実にあのバケモノにやられる!出るなら窓しかない!)

二段ベッドのフレームを伝い降りて窓を開ける。風が顔に当たって、白昼夢のような気分から一気に現実に引き戻された。

(まだ夢を見ているんじゃないか?今振り返ったら何もいないんじゃないのか?)

恐る恐る振り返ってみる。

「アぁぁぁ!」

バケモノが唸り声を上げて襲いかかってきた。

「うわーっ!」

(やっぱり夢じゃなかった!)

バケモノはベッドに引っかかってもがいているが、ベッドのフレームが嫌な音を立てて軋んでいる。

「やるしか、ないのか!」

ここから飛び降りるのかと思うと脚がすくむけど、命には代えられない。

「アぁぁぁ、イぃぃぃい!」

バケモノの唸り声がすぐ後ろに聞こえた。俺は窓枠を蹴って飛んだ。

 体は鈍い音を立てて庭に叩きつけられた。いくら下が芝生とはいえ、痛いものは痛い。

「太樹!どうしたの!?」

異変に気づいて起きてきたんだろうか。母さんがリビングの窓を開けて叫んだ。後ろには父さんと兄さんもいた。

「母さん!俺の、俺の部屋にバケモノが……!」

俺は部屋の窓を指さす。リビングから二階は見えないので、母さんたちも庭に出てきた。

「バケモノ?」

「見えないの!?ほら、窓から……」

「何もいないじゃない」

「……え」

耳を疑った。バケモノは窓から身を乗り出し、今にもこっちに襲い掛かろうとしている。なのに、それが、見えない?

「母さんの言うとおりだ、太樹。バケモノなんていないよ」

「に、兄さん?」

「何なの?太ちゃんまでおかしくなっちゃったの?」

「樹花?」

じゃあ、あのバケモノは、俺にしか見えていない?

「太樹、もう寝なさい。明日早いんでしょ?」

バケモノが窓から這い出してくる。

「きっと、夢と現実がごっちゃになっちゃったんだな」

バケモノは壁を伝ってこっちに来る。

「違うんだ兄さん、ホントにバケモノが……!」

バケモノが母さんのすぐ後ろまで迫ってくる。

 その時、バケモノと俺たちの間でものすごい音がした。


 正直、何が起きたのかよく分からなかった。バケモノがこっちに来て、ものすごい音がして……。

「――――。――――?」

一番わからないのはこの人たちだ。

(なんか、バケモノ見えてるっぽいし。そのうえ、武器持って戦ってるし。ていうかどこの誰なんだよこの人たち!?)

頭の中が聞きたいことだらけになる。それなのに全然声が出てくれない。

 女の子が駆け寄ってきた。顔が紙のお面?で隠れているから表情とかはよくわからない。けど、俺より背が小さいから大人じゃないとは思う。

「あ、あの……」

話しかけようとした次の瞬間、衝撃波で吹き飛ばされた。顔を上げると、バケモノと組み合っていた男が剣を振りぬいていた。地面に激突しそうになった瞬間、何かに受け止められる。

「大丈夫ですか!」

受け止めてくれたのはさっきの女の子だった。

「な、なんとか……」

宙に浮く丸い手裏剣の輪っかに尻がハマっている、というだいぶマヌケな姿勢だけど。

「なぁ、アレは何なんだ?アンタたちにもアレが見えてるのか?」

「あれは……。手ぇ出したらあかんものです」

そう言う彼女の後ろでは、バケモノが戦っている。剣で斬られ、背中には無数の弓が刺さっている。

「せやから、『早く逃げて』!」

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が「ここから逃げなきゃ」でいっぱいになった。

(そうだよな。逃げなきゃ、ここから逃げなきゃ……)

後ろを向いて走り出そうとした、その時だった。

「タぁ、いィ、じィぃー!」

バケモノの悲鳴が、そんなはずはないのに。

『太樹』

「秦樹……?」

アイツの声に、聞こえてしまったんだ。

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