閑話:その女の言うことには[5/11(金)]

 「進捗は如何いかがですか?」

廃墟の地下室。スーツの男が女に問いかける。

「あ、桂馬けいまくん♡」

女が甘ったるい声で返事をした。

「絶好調♡見て?この一週間で女の子材料がこーんなにたくさん!」

異様な光景だった。部屋の壁をぶち破り、みっしりと薄く光るゼリー状の物体が広がっている。物体の中に制服を着た女子生徒が何人も閉じ込められているが、いずれも意識はなさそうだ。

「今まではわたしのお腹にある分の『材料』――卵子しか使えなかったし、この前使い切っちゃったからね。若いコならいっぱい『材料』が取れるから……フフフ」

女が気色悪い笑い声を漏らした。

「お腹の中にこのゼリー状に固まった霊力を流し込んで、卵子が脊髄ができるまで育ったら周りの霊力と一緒に取り出して成形。ここまででだいたい2〜3日くらいかな。普通の女の子だと……5回くらいかな?何度も取り出してると霊力にあてられて気が狂っちゃうけど、『悪魔の胎児』作りに影響はないから大丈夫!安心してね」

「なるほど。ところで、こちらは一体?以前お見かけした際よりも大きくなっているようにお見受けしますが」

桂馬が壁に収まっている赤黒いかたまりに視線を向ける。

「これ?これはねぇ、成体オトナになったモノノケちゃんたち♡」

女の目が目に見えて輝きを増す。

「このコたちが完成するのに必要な霊力れいりょくはちょうど人間の魂一人分。どこで成体オトナになっても、タマシイはここにバックアップされる。ここさえ、モノノケちゃんたちのおうちさえ壊されなければ何度でも活躍してくれるの」

「そうなんですか。それは画期的ですね」

女の語りはどんどんエスカレートしていく。

「匿名性と繋がりやすさによってインターネットは混沌に成った。その混沌は時に、とっても凶悪キュートな怪異を生み出すの。そんな怪異ちゃんたちが画面から飛び出して現実で暴れ回ってくれたら最高じゃない?だいたいなんで世間様はフィクションを下に見るの?なんで物理法則とか法律とか自分の体験に作品を押し込めようとするの?実在してるのがそんなに偉いの?自分の知ってる世界が全世界だと勘違いしてるバカ共になんで私たち作り手が合わせてやんなきゃならないのよ!わからない単語が出てきたら検索エンジンの検索窓にコピペすればいいじゃないの!あんたらが持ってる端末は公共の場で下品でくだらないダンス動画を撮ったりくだらない話を無料通話で延々とくっちゃべったりするためだけの機械だとでも思ってんの⁉︎

 桂馬くんもそう思うよね?ね?」

「ええ、私もそう思います」

桂馬は適当に相槌を打った。中年女の聞く価値もない喚きに割く記憶容量はない。

「そうでしょそうでしょ!みんな素晴らしいコなのよ♡」

女が恍惚とした表情で壁をなぞる。

「このコーナーにいるコたちは

このコは『リョウメンスクナ』。胴体と足は普通だけど右腕と左腕がそれぞれ2つずつ、さらに背中合わせでついている頭はうなじの部分でくっついているっていうファンキーな見た目だね。日本書紀に出てくる岐阜県にいた怪人『両面宿儺』の名前がついてるけど、実際は畸形のシャム双生児を蠱毒にぶち込んで生き残ったコを即身仏にした、災害を呼ぶ超ヤバい呪物じゅぶつ!ま、モノノケに成ったスクナちゃんは自分で災害級に大暴れしちゃうけどね?

こっちのコは『猿夢』。夢の中に出てくるお猿さんが運転するミニ電車。だけど、これに乗ってる時にアナウンスが鳴ると、四人の小人にアナウンスの通りにグロく殺されちゃうの。夢の中で殺されちゃうと現実でも心臓麻痺で死んじゃうんだって♡モノノケに成った猿夢ちゃんは人間の魂を自分の中に引き摺り込んで惨殺しちゃうの。惨殺された魂は猿夢ちゃんのゴハンになるの、ステキでしょ?」

「おや、『猿夢』の完成は五行家ごぎょうけの連中に阻止されたのでは?」

「あ、その件とは別の宿主の方で完成したの」

女はサラッと言った。

「他にも色んなコがいるのよ。『ヤマノケ』、『八尺様』、『くねくね』、『トロピカル……」

桂馬が手をあげて女の話を制止した。

「申し訳ございません。もう少し見学していたいのはやまやまなのですが、この後別件が入っておりまして」

「あらそう……。じゃ、しょうがないわ。また来てね」

「ええ、では失礼いたします」


 地上に出た桂馬を巨漢が待ち受けていた。

「いいモンあったか?」

「実戦に使えそうな練度のモノノケが何体か。香車きょうしゃの好きそうなものはあんまりなかったが」

「ふーん。なあ、オレがやった『コインロッカーベイビー』は?元気でやってたか?」

「いや、あの拠点には居なかった。地上で人集めに使っているようだ」

「なんだ、つまんねーの」

リクルートスーツ姿の桂馬と派手な黄色いスーツの香車。威圧感のある並びだ。

「そう言う香車は最近大人しいな。手奈土てなづち 唄羽うたはを殺すんじゃなかったのか?」

「あん?殺すぜ、フツーに」

香車が明日の予定を聞かれた時のように軽く答えた。

「アイツのいるガッコーに『悪魔の胎児』を持ってるヤツがいてさ。ソイツに聞いたら、来週の日曜日になんかデカいイベントがあんだとさ」

香車が桂馬に顔を寄せる。

「だから、そこで殺す!ニンゲンいっぱい巻きこんで、ドカーン!だ!」

香車は心底楽しそうに叫んだ。

「声が大きい」

桂馬は呆れたように肩をすくめた。

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