第43話

一方、フーシィはハイリンと対峙している。

フーシィの方には彼の部下が何百と控えている。

対してハイリンは一人だ。

だがその兵の差は一瞬にして埋まることになる。

広場に国中の兵が一斉に駆けつけたのだ。

形勢は逆転する。

しかしフーシィに慌てる様子はない。これは想定内だった。

自身の部下が駆けつけてくれた時点で、フーシィとしては大助かりだ。

部下が未だにザリィバの手中に堕ちていないことは把握していたが、彼らが自分の身をなげうって助けに来てくれるかは賭けだったからだ。

その可能性を信じて、フーシィはフィオラに、広場に通じる門の破壊を頼んでいたわけだが。


曇天だった空からは日が差し込み、少々明るくなってきている。やや薄暗い昼下がりの午後、両者は向かい合う。

「殺せ」

ハイリンは低く、重く、命令をする。

彼女がすらりとした人差し指でフーシィを指し示すと、兵は一斉に彼へ襲いかかった。

フーシィを斬りつけようとした兵を、彼はなんなく捌いた。

かつての味方の骨を折り、肉を噛みちぎり、肌を切り裂く。

「お主、実力を隠していたのか……」

憎々しげにハイリンは呻いた。

「別に隠してたわけじゃないよ?全力を出す機会がなかっただけ。別に王座につきたいって思ってないし、あんたが繁栄させたこの国の、おこぼれを貰えれば充分だった。

だが………」

複数の兵がフーシィに迫る。彼は身体をひねり、兵の一人に裏拳を食らわせる。怯んだところに真っ直ぐに蹴りを放ち、あとから続く兵全員を巻き込んで、遠くへ飛ばす。

「この国がおかしくなるっていうんなら話は別だ。ちょっとは本気を出さねぇとな!」

フーシィは懐から小刀をいくつか取り出すと、狙いをつけて辺り一面に投擲する。それは見事に次々と兵を貫き、敵の勢いを弱らせるのに効果的であった。

実のところフーシィは一対一の勝負ではなく、一対複数の戦いにおいて真価を発揮するタイプだった。フィオラに見せてみせた落とし穴に、現在の状況を見極めた多様な武器での戦闘。フーシィは様々な手段を用いて場を混乱させた。

部隊のおさと思われる怪物けものが焦りを隠しきれずに叫ぶ。

「全体隊列を組み直せ ! 翻弄されるな!

このまま───」

そこへ激しい衝撃音とともに、何かが突っ込んできた。

それはざざざざざざっと地面を削り取るようにして静止すると、ゆらりと立ち上がり前を見据える。彼女─スイリン─は、目の前に迫るフィオラに対し、急いで剣を構え、防御した。

金属のこすれる音が響く。

「おかしいなぁ……聞いていた情報では、君は部隊長クラスの実力だと思っていたんだが?」

スイリンは苦笑いをする。その頬には冷や汗が伝った。

「申し訳ありませんが……わたくしの最も得意とする得物えものはこの剣でして……。もちろん、素手での戦闘も好みとするところでございますが」

にこりとフィオラは剣を構え、地を蹴る。

「ここを通してくださいませんか?」

「そいつはできない相談だね」

スイリンは再び羽を広げる。空へ行けば彼女の独壇場だった。人間は飛ぶことができない。魔法もかなりの体力を消耗すると聞いた。対して自分はいつでも好きに空へ飛ぶことができる。彼女の動きは確かに速いが、戦闘場所を空へ移してしまえば、たちまち無力になるだろう。


スイリンは足に力を入れ、真上に飛び上がる。羽の力も加わり、それはかなりの勢いを保っていた、はずだった。彼女の足首をフィオラがつかんでいる。そして流れるように、もう片方の手で持っている剣をスイリンへと迫らせた。それはまるで踊っているような滑らかな動きで、見惚れるほどだったが、スイリンは急いで仰け反り、スレスレで剣をかわす。しかしそれでフィオラが離してくれるはずもなく、続く第二撃をスイリンは受けることになった。

とっさに右手を上げ、首が跳ね飛ばされること は防いだが、スイリンの右手からはだらだらと血が垂れている。

スイリンはありったけの力を込めてフィオラから距離をとった。

スイリンがフィオラから離れると、彼女は自身の持つ剣をじっと見て、つまらなそうに剣についたスイリンの血液を指で撫でた。

「あらあら。腕から血が出てしまいましたね。その出血量………放っておけば命に関わりますわ。治療なさいまし。貴女が治している間、わたくしは貴女に危害を加えませんわ」

フィオラの提案をスイリンは鼻で笑う。

「はっ!そう言って、私が治療をしている間に、君はザリィバは追うんだろ?それはさせない。私はザリィバからここを任されたんだ!」

スイリンの目は爛々と燃え、騎士団長の威厳を感じさせる。彼女の責任感と忠誠心はやはり目を見張るものがある。きっとこれまでも、彼女は身を挺してこの国を守ってきたのだろう。

(どちらが悪者か分かりませんわね)

自嘲気にフィオラは笑う。

ふと、脳内に婚約破棄をされた時の映像が流れる。

(濡れ衣をきせられるのはこれで何度めでしょう………)

味方だと思っていた者はみなフィオラに後ろ指を刺し、没落する様を喜んで嗤う。

あることないこと囁かれ、孤立させる。

ならば。

(わたくしは、思うがままに生きるまで!)

フィオラはこれまでの人生を一度も恨んだことがない。そしてそれはこれからも変わらないだろう。

(それに今回は、わたくしを信じてくれる方々がいる)

それがどんなにありがたいことだろうか。

その期待に応えなければならない。

「さあ、始めましょうか!」

フィオラは再び、剣を構えた。



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