婚約破棄されましたけど、全く問題ございませんわ!
Omeme
第1話 婚約破棄
「フィオラ!君の行動には散々目を瞑ってきたが、もう我慢できない……。本日を持って婚約を破棄する!」
ラムト王国第二皇子、クリス・リステア・ヴィエントはそう高らかに告げた。本日は第二皇子の誕生日パーティー。輝かしい金の髪に優しげな緑の瞳。彼の姿を一目見ようと多くの人が訪れているパーティーで、その主役である彼に睨まれているのはフィオラ・ヴォンセント・グレース、彼の婚約者である。いや、元婚約者と言うべきか。たった今、彼女の王妃としての未来は絶たれたのである。
「そして……紹介しよう。俺の新しい婚約者は……」
クリスは険しい表情を一変させ、優しく手招きする。現れたのはピンクの髪をフワリと揺らし、困ったように笑う少女だった。可愛らしいドレスを揺らして、彼女は嬉しそうにクリスへと近づき、フィオラに向き直る。その黄色の目には勝利の喜びがありありと浮かべられていた。
「俺はアジェリーと婚約を結ぶことにした」
公衆の面前でクリスはそう宣言した。フィオラは王の方をチラリと見るが、驚いたり動揺しているといった様子はない。つまり、もう場はできあがっているのだ。あとは
はぁ……とフィオラはため息をつき、顔をあげる。その表情には怒りも悲しみも現れていなかった。堂々と彼女は目の前の二人を見つめ返す。艶やかな金の髪をなびかせ、アメジストのような紫の瞳をゆっくりと細めた。貴族らしい上品な笑みを浮かべ、彼女は口を開く。
「理由を、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
「理由だと!?この期に及んでシラを切るつもりか!」
クリスは青筋を立て、激昂した。
「貴様はアジェリーを自分より劣っているからと苛めたではないか!物を隠し、陰口を叩き、常に付きまとって精神的に追い詰め………挙げ句、湖に突き落とした!俺が見つけていなかったら溺れ死んでいたかもしれないんだぞ!」
ここでアジェリーは耐えきれなくなったというように涙を溢した。クリスは慌ててその背中を撫でる。周囲の人間はヒソヒソと何やら話し合い、侮蔑の視線がフィオラへ向けられる。
フィオラは目の前の二人を黙って見ていた。
(何を言っているのかしらこのアホは)
アジェリーはフィオラの妹である。なるほど、確かに同じ家に住み、同じ学校に通っているフィオラならば四六時中彼女を苛め、精神を参らせることは可能だろう。だが、彼が今叫んだ内容は全て真っ赤な嘘なのである。フィオラはアジェリーを苛めていないし、湖に突き落とすこともしていない。むしろ、アジェリーこそフィオラを目の敵にし、嫌みばかりを言ってきていたのだが……この状況では何を言っても信じないだろう。
(そもそも、婚約者である
まあ、彼の怒りようからして、アジェリーに惚れているのでしょう。何を言っても無駄ね……)
「クリス様、
「なんだ?この状況でまだしらばっくれるのか」
「婚約破棄を受け入れます」
クリスはすんなりフィオラが了承すると思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。が、それは一瞬のことですぐに険しい顔に戻り、凍るような視線をフィオラへ向ける。それに物怖じせず、フィオナは一つ礼をすると、会場の出口へと足を進めた。
用意されていた馬車に乗り、自宅へと帰る。ぼんやりと景色を眺めているとあっという間に家に着き、メイドに軽く挨拶をして自室へと戻った。堅苦しい赤のドレスを脱ぎ、ベッドへ寝転がる。天井を眺め、フィオラはフーッと息をついた。
「………ふふ」
うふふふふっと笑いが込み上げてくる。笑い声は徐々に大きくなり、フィオラは(彼女にしては珍しく)口を開けて笑った。
「あはははっ………はー、まさか……婚約破棄をされるとは……。あのめんどくさい役職を変わってくれるなんてありがたい話ですこと。彼のことを愛していたのなら涙の一つでも流すのでしょうけど、残念ながら彼にそう言った感情はありませんし……」
クリスとの婚約は政治的なものだった。王家との関係を強くしたい公爵家と強い貴族の後ろ楯が欲しい第二皇子。利害は一致していた。
しかし一つ問題があった。
当時、第二皇子は狂っているという噂が流れていたのだ。そんな皇子の元へ可愛い娘はやれないとアジェリーではなく血の繋がっていないフィオラが婚約を結ばされることとなった。そう、フィオラはこの公爵家において唯一血の繋がっていない存在であり、現当主であるアジェリーの父親はフィオラの叔父にあたる人物である。元はフィオラの父が当主であったが、落馬が原因で亡くなってしまい、母はまだフィオラが幼い頃に病によってこの世を去っている。そこでまだ家を継げないフィオラの代わりに叔父がこの公爵家を引き継ぐこととなったのだ。
(妹が婚約をすれば公爵家は安泰、
この婚約破棄、まったく問題ございませんわ!
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