第2話 激変

コンコン

「?」

ノックの音に体を起こす。

何かしら。これからもう寝てしまおうと思っていたのに。


「フィオラ様、旦那様がお呼びです」

(あー、婚約破棄の件ね。何を言われるのかしら)

気だるげに体を起こし、扉を開ける。呼ばれた場所へと向かうと現当主、ウィルバー・テリトン・アルビオが立っている。腕を組み、仁王立ちをしているが、そのふくよかな体と薄くなっている頭部のせいでいまいち迫力にかける。フィオラは人当たりの良い笑顔を作り、公爵へと礼をした。


「いかがいたしましたか、叔父様」

「ほぉー……心当たりがないと言うのか?」

「クリス様との婚約破棄の件でしょうか」

「それもあるが……」

ウィルバーはキッとフィオラを睨み付けた。

「お前はアジェリーをずっと苛めていたそうではないか!この家に住まわせてやってる恩を仇で返しおって!!」

「………」

「私の兄……お前の父親が死に、行き場を失くしたお前を追い出さず、ここまで育ててやったのはこの私だぞ?」

ズイッとウィルバーはフィオラに顔を寄せる。フィオラは眉一つ動かさず、「感謝しております」と答えた。

「そう、お前は私に感謝するべきだ。育ててやっただけでなく、第二皇子との婚約も結んであげたのだから」

(よく言いますわ)

フィオラは得意げに話すウィルバーを冷めた目で眺めていた。


"第二皇子が狂っている"という噂がなければ、ウィルバーは迷いなくアジェリーを婚約者としただろう。実際は、幼いクリスが後継者争いに巻き込まれないよう、第二皇子陣営が流した嘘だったのだが。彼が成長し、ある程度地位を固めて噂がなくなってからは、妹は手のひらを返してクリスにアプローチをし始めた。家でも「お姉様は良いですよね。クリス様と婚約できて」と何回も言われたものだ。アジェリーは人の物を欲しがる性格のようで、手に入らないものや気に入らないことがあるとすぐに涙を流した。その度に叔父と叔母は飛んできて、フィオラを叱った。罰としてご飯を抜かれることもあった。

「私はお前に完璧であれと言った。この家に迷惑をかけるなと」


(ええそうですね……。ですから、わたくしは必死に学んだのですよ?本来、王妃が学ばなくてもいい分野も全て頭に入れておけるように。叔父様はご存知ないでしょうけど)


「だがお前は私の娘を苛め、皇太子に幻滅され、この家の威厳を貶めた!」

「叔父様、アジェリーのことは誤解が生じている可能性が……」

無駄だとは思いつつ、物は試しだと口に出してみる。

「黙れ!お得意の舌で誤魔化すつもりであろうがそうはさせない!即刻、この家から出ていけ!!」

やはり無駄だった。

ウィルバーはフー、フーと肩で息をしており、興奮状態であることが見てとれる。他人の言葉は耳に入らないだろう。

(……なるほど、これはやられましたね)

おそらく、今回の件に関して王家と公爵家はグルである。皇子としては愛するアジェリーと婚約するのにフィオラが邪魔だった。対して公爵家も、元の当主であった父の娘が、この家にいるのは不安だったのだろう。さらにその娘は実子よりアカデミーでの成績は良く、運動もでき、評判も良い。いつ自分の地位を狙われるか、ウィルバーは心配が絶えないわけだ。そこでアジェリーの、わたくしがアジェリーを苛めているという発言に乗っかり、悪い噂を広めつつ、追い出そうというわけだ。


こうすればわたくしを自然な流れで家から追放できる。以前読んだ小説の悪役令嬢のように。

(きっと今日のために何ヵ月も前から準備していたのね。怪しい動きは把握しておりましたが……。それにしても一生懸命すぎますわよ。揃いも揃って台詞セリフ表情かおを作るのに必死なのがバレバレですわ……お可愛いこと)


『即刻』というのは例えではなかったようで、フィオラは軽く荷物をまとめさせられると、外に放り出された。バタンと閉じられた扉を後にして、用意された馬車に視線を移す。

王宮へ行ったときに乗ったのとは対象的なボロボロの馬車である。渡された地図を見ると、目的地は領地の端も端、発展が遅れている辺境だった。いつものようにエスコートしてくれる者もいないので自分で馬車に乗り込む。馬車は走り出し、荒い運転に荷物を抑えねばならなかった。

(大衆の面前で婚約を破棄され、家を追い出される……並みの令嬢でしたら、立ち直れないほどのショックを受けるかもしれませんが……)

フィオラは姿勢を正し、足を組んだ。

(わたくしはグレース家の一人娘、フィオラ・ヴィンセント・グレース。いつでも気高くあれという父の教えを胸に、これしきの状況で取り乱したりしませんわ)

フィオラは王妃教育とは別に、様々な分野の知識を身につけた。辺境の地で一人で生きていく算段は既に頭のなかになる。

(あの家は……常に周りの目を気にしなければならなかった。一人になりたいと何度思ったことか)

辺境でゆったりスローライフをするのもいいかもしれない、とフィオラが体から力を抜いた時だった。

強い衝撃と、何かがぶつかる音がして馬車が止まった。


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