第3話 襲撃
うっそうと木が生い茂る、閉鎖的な一本道。
そこで急に馬車が止まった。いや、これは無理やり止められたというべきか。状況を確認しようと御者の方へ身を乗り出した瞬間、ドアが赤で染まる。赤黒く、ドロリとした液体。一瞬でそれが血だと理解できた。
外を見ると何人もの男が馬車を取り囲み、中を伺い見ている。それぞれが武器を持ち、何人かのそれは血で染まっていた。
(これはただの野盗?それとも……)
嫌な予感が脳をよぎる。だが、いずれにせよ、やることは変わらない。御者の状態は分からないが、この血の量……良くて瀕死だろう。家を追い出された身だ。当然護衛もいない。助けがくる確率は絶望的だ。
ならば自分の腕で切り抜けるしかない。幸い、家を出るときに剣を一本と、小型の斧を一本持ってきていた。
(杜撰な持ち物検査で助かりましたわ……)
素早く外の様子を確認する。暴漢の数は両手で数えられるほどだった。乗っているのが貴族だからか、大して戦えないだろうとたかをくくっているのが見てとれる。
「舐められたものね……」
ポソリと呟き、剣を外から見えないように握る。暴漢は馬車に女一人しかいないのを確認すると、攻撃の体勢に入り、近くにいた一人がドアを開けた。
そこを、刺した。
「がぁ………!?」
ドアを開けた男の喉元から剣を引き抜き、暴漢達が動揺している隙にもう一人の胸を切りつける。
「なんだこの女!?」
「殺せ!殺せぇ!」
やっと危機感が追いついた男達がそれぞれの剣で切りつけてくる。
それをヒラリと交わし、再び近くにいる男を下から切り上げる。男達は大した武装をしておらず、体に容易く剣を届かせることができた。
「なんでこいつ、ドレスでこんなに動け……!?」
フィオラは極めて冷静に剣を振るい、さらにもう一人を仕留めた。
「4人目………あと、5人」
背後から気配を感じ、振り向こうとした瞬間剣を持っている右手首を掴まれた。掴んだ男の方を見れば、してやったというようにニィィと笑った。
「手こずらせやがって。これで終わりだぁ!」
反対側にいる男が剣を振りかぶる。右手は依然としてがっしりと抑えられ、動かすことはできない。
「………ふっ」
フィオラは空いていた左手で隠し持っていた小斧を振るう。それは暴漢の肩を大きく裂いた。
「申し訳ありませんが……
「なんだ、なんなんだこの女はあああああ!!」
1人2人と敵を倒し、十数分後、立っているのはフィオラだけになった。
「……何者だ……お前……」
辛うじて息をしている男は呆然と呟く。それに歩みよりフィオラは男の喉に剣を沿わせる。
「あなたこそ何者なのでしょうか。誰に雇われて
「誰に言われて……?そんなの、知らない!俺たちは関係ない!」
男は怯えながらも首を横に振った。
「ふぅん……?」
躊躇なく、フィオラは剣を振り上げる。その迷いない様子に、男は必死に口を開いた。
「俺たちはただ、いつものように貴族の車が通ったから金目のもんを盗もうと思っただけなんだ!!本当だ!」
ピタリとフィオラの動きが止まる。
「いつものように……ね。貴族の間で度々議題として取り上げられておりましたわ。町へ行く途中で馬車が襲われるって話。だから貴族の馬車は特別な場合を除いてこの、薄暗い森を通らない」
(嫌な予感……当たらずとも遠からずといったところかしら……?)
叔父も当然この道が危険なことを知っていたはずだ。それなのにこの道を選んだということは……あわよくばフィオラが殺されることを望んだのだろう。
「なぜお前はあんな動きができる……!?貴族ってのは温室育ちのやつばっかのはずなのに……あれは、傭兵の動きだ!」
「あら、貴族たるもの武術くらい嗜みますわ。女性で剣を持つのは珍しいらしいですが、
男は怪訝そうに眉をひそめる。
「『気高く強い女になれ』。父は生前、
「グレース……?もしかして、お前、フィオラ・ヴィンセント・グレースか!?」
男は目を見開く。現在、グレースという名がつく女性は彼女しかいない。この国の人間ならば一度は名前を聞いたことのある、才色兼備、文武両道の完璧令嬢。しかし最近、その正体は人を虐げることに快感を覚える極悪非道の人物であると言われている。
さらに……グレース家の騎士団と言えば帝国内でも屈指の実力を誇る騎士団だ。特に団長は隣国にも名前を轟かすほどの実力を持つ。
俺はなんという相手を襲ってしまったのだろうか。
「さぁどうします?まだ戦いますか?それならば
「ひ、ひいいいい」
男はすっかり戦意を失くしたようで足をもつれさせながら逃げていった。
「さて……これからどうしましょうか」
用意された家に行くための馬車は壊れてしまった。いや、あの叔父のことだ。本当に家を用意しているかも怪しい。
どう行動するべきか迷っていると、馬車の後ろでガタリと音がなった。
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