第4話 出会

「あら……どちら様でしょう」

フィオラが問いかけると馬車の後ろにいるナニカの影が動いた。

敵意は感じないが油断は禁物だ。剣を携え、慎重に馬車の裏を覗き込む。

そこには少年が震えながら座り込んでいた。年は11、12ほどだろうか。怯えと疑念の目をこちらへ向けている。おそらく、わたくしが敵か味方が探っているのだろう。体の至る部分に擦り傷があり、切り傷も数ヶ所ある。それもたった今できた傷ではなくて日常的につけられたものだ。黒の髪はボサボサなっており全身が土にまみれている。その中で、彼の金の瞳がやけに輝いて見えた。

(せっかくの綺麗な顔がもったいないわ……)

一歩踏み寄ると少年はびくりと体を震わせ目を閉じた。そのまま彼のをガシリと掴む。

「え……?」

少年は予期しなかったフィオラの行動に声を漏らした。

「───────le」

祝詞を唱えると彼の首枷は切れ、ガシャンと音を立てて地面へと落ちた。彼はこの男達も奴隷……もしくは商品だったのだろう。血まみれの男達を見たとき、彼の目には驚きと安堵があった。見ない振りをすることもできたが、母の言葉が頭に響く。

『美しき心を持ち、弱者を助けなさい』

(ええ、そうですわよねお母様……)

父の教えと母の教え……

『強く、気高く、美しい女性』こそフィオラの目指す理想だ。それは心身ともに当てはまるものであり、ここで傷ついている少年を放っておくのは自分のポリシーに反する。


わたくしはあなたの敵じゃないわ。治療してあげたいのだけれど、ここは人が通る可能性があるから……ちょっと待っててね」

フィオラは倒れている男達に向き直り、再び祝詞を唱える。

「──ke───lu──lm──」

周囲の木が蠢き、男達の死体を片付けた。土を軽くかけ、見える血の量を減らす。

祝詞……これは神に愛されたものだけが使える魔法を行使するためのまじないだ。

一部の限られた人間しか使えないが、この国の貴族ならば大抵の者が使える。

なぜなら今の貴族は『神に愛された者』同士の家系で成り立っているから。そのため多くの貴族が通うアカデミーでは当たり前のように『魔法学』があり、魔力───魔法を使うためのエネルギー───がない貴族は馬鹿にされた。


フィオラももちろん魔力を持ち合わせており、その魔力量はこの国の中でもトップの方に位置づけられている。

証拠の隠滅が終わると、フィオラは少年の方へ振り返り、手招きをした。少年は素直に後をついてくる。

周りから見えない場所まで来ると、フィオラは片膝をつき、「失礼」と言って少年の顔に触れる。

「la───j──v」

フィオラが回復の祝詞を唱えると、少年の傷はみるみるふさがった。

「もう大丈夫よ。………でも一応病院には行っておきましょうか。お家はどこかしら?

あ、自己紹介が遅れたわね。わたくしはフィオラ」

「あ、あの……」

おずおずと少年は口を開いた。

「助けてくれて、ありがとうございます。僕はレイリオって、言います。な、なんで助けてくれたの?」

フィオラはパチパチと瞬きをした。少年……レイリオにとっては重要な質問のようで、真剣にフィオラを見つめていた。

「困っている人を助けるのは当たり前のことですわ」

フィオラはにこりと笑いかける。レイリオは目を見開き息を飲んだ。

「じゃあレイリオ君」

「レイリオです!」

「?」

「あ……レイリオって呼んで欲しい、です……」

「……ふふっ、分かったわレイリオ。もう時間も遅いし、ここは猛獣出るかもしれないから、町に行きましょう?」


当初、レイリオはフィオラに手を引かれ、大人しくついてきていた。が、目的地が病院だと分かった途端、抵抗を始めた。

「嫌です!病院はいや!」

「そうは言っても……今は平気でも後から体調に異変が出たら大変でしょう?」

「僕は大丈夫です!お願いします……病院は嫌です……」

ポロポロと涙を溢してレイリオは懇願する。そのあまりの切実さにフィオラが折れた。

「分かったわ……でも体調か悪くなったらすぐに言うのよ」

「はーい!」

フィオラが諦めたことが分かると、レイリオは上機嫌に返事をした。







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